館ルート3

「お前、歌手ならもっとド派手な格好したらどうなんだ」

広間でお館様のお子様たちに算数を教えていて、ほぼ無意識かつ気楽に鼻歌を歌っていたときにそんな声が背後のごくごく近くから聞こえたものだから、発声そのままに悲鳴へと滑らかに移行しつつ前のめりに倒れた。声から遠ざかりたかったもので。
とっさ過ぎて距離も力加減も声量も調整できず、だいぶ大声で叫びつつ膝を文机にぶつけたものだからそりゃあもう大惨事で、あーあーあーとぼやく声の主が落ちかけた硯やら筆やら文鎮やらを受け止めていた。腕太い。というか抱えられたので全身に感じる圧がすごい。

「わ、わたしは、ああああ、歌手とかじゃなくてですね」
「彼女は父上の慰問にきてくだすってるのです」
「家事も勉学も手伝ってくださるので、動きやすいのが好ましいのだそうです」
「そそそそそうです」
「ふぅん」

ぱっと解放されたのでできる限り距離を取りつつ安心するため、キリヤ様とくいな様にものすごくくっつく形になってから「いや私のが歳上だから守んないと」と我に返り前に出た。洋装の動きやすさを実践するためにも膝ごと足を前に出したけれども本当この時代のスカート長くてよかった。
向かい合うことで全貌が見えたそのひとは、前の『私』と比較にならないほどにアクセサリーをあちらこちらにつけているというのに音は立たず、視覚と情報が噛み合ってないみたいな状況にも脳が混乱する。
あら、隊服だ。しかもすごい改造してる。ということは。

「ええと、柱の……」
「ん、初対面だったか。監視ならしてたがな」
「かんし」
「経歴が派手じゃねぇが最近の動きがド派手なんだよお前。何かないか見とくだろ」
「はあ」
「ま、なーんもねえし確かに歌は上手いな。ますますもったいねぇ」

いつの間にか合格点をもらっていたらしい。いや監視ってどこまで見られてたんだろ……息抜きにあっちの『私』と駄弁るためにちょくちょく昼寝してたところとか見られてるだろうか。やだ恥ずかしい。あ、鼻歌とかも全部聞かれてるんだろうか。
ひとつの心配から芋づる式に不安が押し寄せ、んひぃと押し殺しそこねた悲鳴を上げつつ顔を覆った。
いややましくないけど。別に後ろめたいこととかしてたわけじゃないけど、もしかしたら音程の外れまくった練習だとか好き勝手ストレスをぶつけた替え歌だとか『私』との萌語りを思い出してにやけていたことだとか、そういう地味に恥ずかしいのをすべて監視されてたのではと、うん、きっと考えすぎだけれども考えちゃうわけである。
珍しくこちらの時代の人に歌を褒められたことに喜ぶような心の余裕もなく、そもそも聞かれたか見られたかしたのがこんな美丈夫というかなんか顔の圧とか筋肉の圧だとかがすごい人だというのもじわじわと効いてきてしまってますます顔があげられない。

「おいおい、なんだよその反応は。そっちが勝手に歌ってたんだろうが。それも旋律が派手でいいって話をしてやろうかと思ってたのによ」
「んぶぅあああ……」
「音柱様、先生は注目されるのが不得手なようなのです」
「はい、音柱様のような派手な服装をしたらきっと部屋から出てきてくださらないでしょう」
「んぐぅう……」

結構私を理解してくれているような、なんだか先生扱いをされているのかいないのか微妙に悪口を言われているかのような言いように傷心し床にくっつく。おやあらまぁんんと様々なお声を浴びながらそのまま冷静になるまで粘ろうとすれども、首が締まる感覚とともにグイと上に持ち上がってそれは叶わなかった。訳がわからないままに対面にいらっしゃったキリヤ様と目を合わせて首を傾げて、首元に手をやってようやく襟から釣り上げられているのを理解した。なにこれこわい。
とかなんとか怯えてればパッと手が離される感触がして、気づいたら花柱様の腕の中に居た。がっしり肩を支えられ……わぁ……たくましい……。

「大丈夫かしら?もう、宇髄さんてば雑なんだから、全ての女性が奥方たちみたいにお強いわけじゃないんですよ」
「おくがた、たち」
「そう!三人もいらっしゃってね、とーっても素敵な方たちよ」

怪我人のごとくそっと花柱様の腕から解放され、どうにか気になるワードを復唱して頭を整理する努力をする。してからいやなにそれとあらためて驚いた。

「……お館様も奥方をたくさんおとりに……?」
「いや首飛ぶぞお前。よくその首未だ引っ付いてるな」
「どうしてでしょう……?」
「いや知るかよ」
「彼女、先生は物知りですよ。英語だって歌で教えてくださるのです」

ちょい自慢げなくいな様のお言葉に素直にじんわり嬉しくなり、ウズイ様も如何でしょうかとダメ元で誘ってみた。花柱様は参加を即答してくれて、だからかウズイ様もまぁあいつらに聴かせてやったら驚くかななんて優しいお顔をして言う。あぁあいつらって奥方たちなのだな、すごく好きなんだろうなぁとほっこりして癒やされた。
でかいしムキムキだけどなんだか可愛らしく見えてきた、よし、次からは怖がらないように振る舞えるようにしなければ。首が比喩的にか物理的に飛んでしまっては困る。

「先生、今日はなんの歌になさいます」
「そうですねぇ……ABCのうたとかどうでしょう?」

首を傾げる面々に、もう慣れてしまったアカペラで説明がてら歌う。ほうほうと感心する声が聞こえたので調子に乗って続けざまに替え歌を歌ったら、教育に悪いと花柱様と音柱様から二倍お叱りを受けた。なんでや。
あと後日余り物だとかで派手過ぎる着物だとか小物がたんまりと手渡された。なんか……なんかすごい重い扇子とかあるけどもあれか、鍛えながらきらびやかに舞えるようになれということか……たしかに実力不足は感じていたけどもとちょっと納得して懐には入れるようにしたけれど、普通に生活に支障が出た。花柱様やしのぶ様が悪漢くらいは打ちのめせるようにと稽古が決まったりだとか、そういう方面で出た。いや鈍器だったのかこれ、なるほど。手伝うやつも戦えということか。なにそれこわい。





「なんか最近、派手なアクション物の漫画とかを純粋に楽しめないんだよね……参考にしなきゃいけない気がしちゃう」
「やば」

私より『私』の趣味は過激だったようで、謎夢空間の本棚も順調にそういうのが増えている。音楽はまんべんなくというかおすすめを漁ってるだろという感じだ。わかる。

「あー、カラオケ行きたい……」
「私すごい行ってる。こっちホント天国」
「進路決めた?」
「ばっちりモラトリアムる」
「『私』完全にそっちに向いてるんよ……」
「へへへ」

まぁデンモク無くとも聴きながらは歌えるじゃん?と当たり前のように友人みたいなことを言われたので気が抜けて、「そっちだって私より全然向いてるわ」と気楽に認めてもらう。まぁ確かに人が代わったようだと揶揄られることも多いしその殆どが好意的な雰囲気だし。

「それで『私』はどうするの、進路」
「シン…ロ……?」
「いやさっきまで話してたでしょう。まあ、こっちより選べないだろうけど」
「うーん」

正直環境に慣れるのと生き残るのに必死過ぎてそこまで考えてなどいられなかった。

「ま、嫁いだようなものよね。『私』の状況」
「まぁ……」
「ねぇ」

子を催促されるのだけは辟易していたけれども、たまに帰る分には静かで過ごしやすいご家庭である。
催促されていないからと言って『兄』の悲願達成を諦めたわけではないだろうし、なぁなぁにはなるだろうけれどもいつかはするのだろう。結婚。こちらの誰かと、私の意思がどの程度尊重されるのかわからないままに。

「『私』的に、奥さんが三人ってどう思う?」
「ないわー」
「ないかー」
「人間関係が複雑になりそうで無理だわー」
「あぁー……」

両親の様子じゃあ「強いひと」が条件になりそうで、そんなこんなで連想するのは直近で衝撃的だったあのやり取りなもので一応訊いてみたら納得の答えである。まぁどうせ私には選べないだろうけど。
強いひと、でもろもろ連想したりはしたけれど、どう思えばいいのか分からなくなって諦めて漫画のページを捲った。うん、恋愛もアクションも参考になるかわからない。『私』にとってはなりそうだけれど。


23.01.30
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