ドウマルート


何が気に入られたのか分からないけれど、あれからドーマ様がちょくちょく私を呼ぶようになった。
連れて行かれる先で儀式のために歌うこともあったし、なんの用もなくただ駄弁って行くこともあるし、ナキメ様の手によってボッシュートよろしく落とされてお仕事に向かわされることもあった。正直指さして笑いたかったけれどもそんなことをした瞬間に私の首が物理的に飛ぶだろうから笑えず、ふくらはぎを抓って耐えたものである。
それはさておき。

「うん、いいね」
「…………」
「あれ、気に入らなかったかな? じゃあこっちの着物にする?」
「いえ、あの、大丈夫です」
「んー、でも、他の子達と同じ着物だと間違って殺しちゃいそうだしなぁ」
「ははは……えと、ナキメ様のお着物と対になるようなもので」
「いいね、鳴女ちゃんもたまには来るかい?」
「無惨様の命がありますので」
「つれないなあ……ほんとう、君だけだよ、ここまで付き合ってくれるの」

気に入られている、というよりかは消去法らしい。
なるほどなぁと納得していれば広げられた反物の選別は終わったようで、ひとつをくるくるまとめて「他のは売ってきてもらっていいかなぁ、あんまり通うと怪しまれちゃうし丁度いいや」とおつかいを頼まれる。
彼と同じようにくるくる反物をまとめつつ「そんなに質屋にお世話になっているんですか」と意外に思いながら訊ねればうーんと冴えない返答である。ついでに壺をいくつか売って欲しいと言われて首を傾げた。

「今時金がないと困ることもあるからねぇ、売れるものは売ってるんだ。貰えるものも決まってくるしね。あ、食べ物とかはすごい困るな、気付くと腐らせちゃって」
「はあ……」
「食べたいものがあるなら言ってご覧よ。うちのに話は通してるから、祈祷師として良くしてくれるよ」
「……私が、祈祷師?」
「祈ってくれるような歌を歌ってるだろう?救われる人が増えたって評判だよ」

まるで私が先導してるみたいな言葉に、否定も肯定もできなくて下を向く。もうこの環境に慣れた気がしていたけれどもそうでもないらしい。視界に映り込む指は小さく震えていた。気付かれているだろうな。それともこんな些細な挙動どうでもいいのかもしれない。彼らくらいになればそうかもしれない。

「次はこれ着ておいで。汚れることはさせないよ。かわいいこにさせられやしないでしょ?」
「………、あ、は、い」
「気をしっかりね、救うのは俺と君なんだ」

綺麗に尖った爪が縋りやすそうな仕草でこちらに伸ばされる。反射のように反物を落として上げかけた手は、なにか掴む前に目の前の彼が視界から消えた。
ついつい隣を見れば、べべベンと小気味良く琵琶がなる。

「…………落としました?」
「いいえ、任務に行ってもらいました」
「強制的に?」
「時間に間に合わなくなる。お前は外に行くのか?」
「あ、ええ、はい」
「そこの反物と……壺は荷車ごと乗せてやる、あとは何とかしろ」
「はい、ありがとうございます」

そっちに立て、次の間に付いたら部屋ひとつ移動しろ、との指示通りに移動すれば重そうな荷車が畳の上に置かれていて、近くに寄ればエレベーターのような浮遊感が腹に来た。カタカタ壺が揺れているようだけれども割れないのか、割れてたら殺されないだろうか。
恐る恐る人目を避けるような仕草はなんだか高級品を売りつけに来たように見えたらしく、ムザン様からすらもお声がけをいただけるほどに褒められたのでまぁ、良かったのだけれども。


「貴女……、ねえ、ねえ、そこの!」

適当な店で夕食も済ませた帰り道、人混みの中でそんな声が聞こえてまるでドラマみたいなことが起こっているものだと思った。
人浮浪者すら少ない路地裏に足を踏み入れるまでその声が聞こえていて、いつもナキメ様に開いてもらっている寝かせた障子戸のような出入り口に足を踏み入れかけて、袖を引かれて、あぁ洋装で出るべきだったななんて考えながら振り向いて驚いた。いつもの服装でないといえ、顔見知りの隠だ。そういえばさっきの声も聞き覚えがあるような気もしていて、彼女だったのかと納得してつい足を止める。
近くまで来た彼女から懐かしく思える藤の花が匂って、あぁ、あちらのひとだと確信した。

「あぁ、よかった、生きてらした……心配していたのですよ、荷を乗せた馬車が野盗に襲われただなんて、そんな、家業から離れたところで……いえ、支えてもらっている身でこんなことを言うのはおかしいですね、ふふ、」
「はは、ちょっと、出歩けなくって。この通り元気なんで大丈夫です」

療養ついでに結構な雑談をしていたひとで、ないがしろになんてできなくて手荷物を足元の障子にバスケのパスばりに目立たない動きで突っ込んで背で隠した。
ここは他より発展しているとはいえ、早い時間でも私が知っている街よりも薄暗い。人通りも少ない鬼用のルートなので余計に見えづらいはずだ。それでなくとも鬼がただ人を攫うだけだなんて私は聞いたことがない。疑われようはないはずだ。大丈夫、誤魔化せる。
……どうして、私はこんなに焦ってるんだろう。
彼女についていけば、助かるのに。
ひとを殺す手助けなんてしなくて済むのに。

「……私はもう、大丈夫です。このあたりの店の方によくしてもらっているので。そのうちに家に顔を出し……あー、母様あたりに怒られますかね……」
「ふふふ、良ければお口添えいたしますよ」
「いやいや悪いですよ」
「それにしても、ああ、よかった」

入れ替わりの激しい組織だ、本当に心配してくれていたんだろう。
それじゃあ、と駅まで雑談しながら送って、ひとりになってからまた路地裏に戻る。よくもまああんなに滑らかに嘘が言えたものだなぁと自分で自分に感心しながら障子に落ちれば、雑に畳に体を打ち付ける前にぐいと引かれて誰かに支えられた。驚いて横を向けばドーマ様が柔らかく笑って立っている。救世主のようではない、そこそこ普通な格好だ。

「君、逃げないの?せっかく鳴女ちゃんに見張らせてたからさぁ、帰ってくれればあいつらの本拠地分かったかもしれなかったのに」

試されていた。
ひっ、と息を吸って先程の自分の言動を思い返して、何も変なことを言っていなかったか必死になって振り返って、もうすぎた事はどうしようもないかと急に力が抜けて座ろうとした。抱えられたままだから、ただ体重を預けるだけになってしまったけれど。

「……反物も壺も、良いものだと言われましたよ。ええと、包んでいたのをさっき投げたんですけど」
「うん。受け取って勘定してるところだよ。あの方が喜んでくださればいいなぁ」
「はい」

話しているうちに板間へと下ろされ、エスコートするように右手を取られる。どうしてだか腰にも手を回されていて、逃げ場がないことに諦めが身に沁みてきて笑えてきた。
さっき逃げれば楽になれてたろうか。どうせ罪悪感でどうしようもないだろうな。
それに、何も選ばない生活がしたくて、母に従っていた生活よりもここの生活はもっと選ぶものが少ない。
あれ、振り返ればここは思ってたより暮らしやすいのでは。

「ねえねえ、なにか歌ってよ。そうだなぁ、あれあれ、流行ってるやつ」
「流行り……疎いので……知ってればいいですけど」
「あー、あの道?」
「この道では?」
「そうそうそれそれ。歌えるかい?」
「歌えません」
「えぇー……じゃあ、あの子たちを送るようなの歌ってよ」

返事をする前に歌えども苦情はなかったのでそのまま続ける。
ゆらゆら、手を引かれながら迷わず歩く迷路のような城は改めて生活感がなく、何にも馴染める気がせず、出ていく気がなくなっていく。
ここから出たとして、なんの後ろ盾もなくこの世界で生きられるか分からないし、屋敷へと戻るのも怖くてたまらない。ここで暮らしているうちに殺されるか食べられるか知らないけれども悩みはない。
隣、よりは一歩先を歩く彼を見る。どうでもよくてここの人たちのことをろくに見ずにいたけれど、なるほど彼は見れば見るほどに人間らしくなくて救ってくれそうだ。私の歌程度で張り合える気なんてしないけれども、まあ、求められるうちは食べられないだろうし私も楽しいし。

「ん?どうかしたかい?」
「……いつか、ドウマ様に食べられるのかなと考えておりました」
「どうかなぁ、君を食べたら無惨様が聴く曲が減っちゃうからなぁ」
「あー、なら食費分は働かせていただかないと……」
「そうだね、一緒にたくさんのひとを救おう」

ご気分がいいらしいドウマ様が踊るような足取りで前を行く。踊りやすいよう拍子を付けて歌いながら、自分の足で奥へと歩いた。



22.08.22
K○mm, susser T○d
prev next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -