トミオカルート4



「……けて……たす……けて……」
「どうしたらいい」
「わかんない……」

ひんひん呼吸を浅くしつつ、水柱様に動かせる腕を差し出すもその手はただただ宙を掴むばかりである。そもそも私の意図を組んでくれているのかもわからない。

最近お偉いさんだと判明した、そんなに話した記憶はない彼女、蟲柱の胡蝶さんかがすっごい私を抱きしめている。
ほぼ知らない人にそんなことをされても恐怖しかないので、通りすがりの顔見知りに助けを求めた、んだけども人選間違えた感が凄まじい。誰かもっと助けてくれそうな……くれ……この屋敷にはいないかなぁ……。御館様も多分良かったねの一言で済ませちゃうだろう。喧嘩にならなければほぼ平和判定されるのがこの屋敷である。ほぼ争いの中にあるのだからむしろ穏やかなほうであろう。いやそれにしたって困った。
屋敷の中庭である。のんびりと鼻歌を歌いながら針仕事を手伝っていただけだったのに通りすがりの蟲柱様にお声を掛けられ、気がそれてぶっすり指を刺してしまったことにより包帯を巻いている蟲柱様に指先を手当してもらうという切腹ものの状況に発展し、平謝りしていればいつの間にか彼女の腕の中である。すごいいい匂いがする。いやそんなこと考えている場合ではなく。
同じく任務帰りであろう、ちょっと首とかにガーゼを貼った水柱様が通りかかったので声を掛けるも上のとおりである。むしろ水柱様に差し出した腕になんでか鴉が留まってしまったので今度は私の腕のスタミナが試される事態まで発展した。それにしてもいい匂いがするし背中をぽんぽんまでしてもらっている。

「ああ、落ち着きましたね。妹たちもこうすると大人しくなるんですよ」
「はわわぁ」
「うんうん。いい子ですねぇー」
「あああぁ……みずばしらさま……おたすけ……」
「何故だ」
「なぜ……なぜ……?」

腕の重りもとい鴉は水柱様担当だったようで、その懐へときゅっと回収された。うん確かに腕は開放されて助かったけれどもそうじゃない。この状況をどうにかして欲しいだけである嫌なんかじゃないけど、うん、対応に困って縮こまるしかできる事がない。まあ助けてもらう義理もないだろう。つくづく選択ミスを思い知る。

「あぁ、疲れた、今回の鬼はとても多くて……」
「ならこんなところでこいつに構わずに休んだらどうだ」
「まあ、短気は体によくありませんよ。それにちゃんと休んでるじゃないですか、ねえ?」
「ふぁい」
「脅迫することがお前の休息なのか」
「まぁまぁ冨岡さん、軽傷とはいえ貴方もお疲れでしょう。こちらに座って休んでから帰っても罰はあたりませんよ」
「…………」

どうして。
助けを求めて伸ばしていた手は鴉によってずっしり下ろされ、現状の左脇に蟲柱様をくっつけた状態にさらに左側に水柱様が追加でもたれかかってきた。どうして、どうして助けを求めたら不可解な方向に進展していくのか。
いや私は助けを求めたのであって、こんな、両手に花みたいな顔面偏差値に囲まれることを望んだわけではけしてなくて、あああ水柱様からはいっそ慣れてきた香りがする。消毒液と鉄の匂いと日に当たった匂いと、ちょっと汗の匂い。
あ、駄目だ恥ずかしくなってきた。

「んんんんぅー」
「ふふ、変な声」

はあ、と息を吐いた彼女が軽やかに立ち上がり、お邪魔しましたと一言置いて立ち去っていった。残る片側の彼は何でだかそのままで、いっそそういう像のように固い姿勢に安心して繕い物を再開する。
なんかもう、こういうことが最近増えてきたからこれくらいの距離感は慣れてきてしまった気がする。彼限定だけれど。
『あちら』でもこんなに親しく触れ合う異性なんていなかったから、こういうものにどう名をつければいいのか分からなくて戸惑ってるは戸惑っているのだけれど、嫌われてはいないだろうこととか無事であることの確認だとかができてしまうので望ましくないわけでもないというか、嫌じゃない。うんこれだしっくりきた。
嫌じゃなくとも疲れはする。それにただ寄りかかられまくった私なんかよりも任務帰りの彼が疲れているのは明白で、こんな椅子に座っての休憩のようなものじゃあ休めやしないだろう。
よし、ようやくそこまで考えられるくらいに混乱は収まった。手仕事はメンタルに効くのである。

「水柱様、お時間があるなら奥の部屋で休まれても……ね、寝てる……」

いやいやここは休むところじゃないよなあ、と思っても筋肉質な彼をどかせようもなく、いつの間にか聞こえてきた寝息……安定はしてるし、うん、寝息?のような呼吸音を背負ったまま手元を動かし、作業が終わればできることもなくぼんやり遠くを見て過ごした。
足が痺れて動けなくなるのを二周くらい耐えた頃、何事もなかったかのようにすっと姿勢を正して彼が何事もなく起き上がった。前触れのない動きにこちらがよろければ当たり前のように腕が差し出され、なんとなく納得出来ないまま礼を言って座り直す。

「では行く」
「あ、はい。ではお見送りを……」
「いい」
「はぁ……いってらっしゃいませ」

そうして下げた頭を起こす頃に前を見れば同じように頭を下げていた隠の方と目が合い、だから起きたんだなぁと納得していればその方がなんかすごい顔をして私を見ていた。

「あの、その、水柱様とはそのような……あ、いえすみません不躾でしたすみません」
「いやそんな」
「いえいえいえ口外いたしませんからそんな」
「いやいやいや本当にそう言うんじゃなくて」
「うふふふもう照れちゃって」
「や、本当に違、……足速いなー?」

日頃鍛えているであろう脚力で走り去られてはどうしようもなく、その夜にちか様とひなき様にごりごりに昼の出来事を話すよう強請られた。
絶対恋バナ判定されている。そんなんじゃないと否定すればするほどなんか喜ばれる。こちらの『母親』もそうだったしなんだこの世界、私と水柱様のフラグに全力すぎないか。いや噂話が好きなだけか、うん。有名人の話はもちろん、隠のあいつが昇格したとかゲスメガネがまたなんかしたとかそういう話題は私のところにも入ってくるし。そうに違いない。
うんうんとひとりで結論づけて、今度蟲柱様が来たら恋バナを振ってみようと決意した。ハグされると困るけれどもみんなだいすきな話題があればそれどころじゃなくなるだろう、怪我をなさっていたなら余計に関係のない話をたくさんしよう、水柱様とも……会話……成り立ったことはあまりないけれども、うん、そうしよう。たくさん話せば法則が把握できるかもしれないし。
周りの血の匂いが強くなってきたことをそんな意識で誤魔化して、黙々と手を動かす。それだけで私はここにいていい。幸せだろうと言い聞かせた。



22.05.31
蝶○結び
prev next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -