サネミルート1

いつものようにお手伝いさんの如く屋敷を走り回っていれば、いつもは長閑な雰囲気が崩れているのにふと気付く。稽古が終われば遊んでいる姉弟が真剣に走り、隠のひとも荷物を運んだりしているのか声が飛び交い、ひとり呼び止めて尋ねればどうにも病人が出たらしい。本来なら花柱様に診てもらうところどうやら彼女は不在なんだとか。

「それで、一晩熱が下がるまではこの屋敷で寝てもらうことになりまして……」
「あまね様……は、お出掛けでしたね」
「ええ、それでご息女様方にも手伝って頂いて」
「なにか手伝います」

とは申し出てみたものの住み込んで日が浅い私では諸々の仕舞われている場所も怪しく、勝手に持ち運ぶのも忍ばれ、それでも手伝うと宣言した手前なにかないかと探して見つけた手伝いは風柱様の介抱だった。
あのひとちょっと苦手です、なんてしょうもない理由で断れる状況でもなく、温まった手ぬぐいを額から取っては水桶で冷やしてまた乗せる。怪我は大したことないらしいが、どうにも切り傷が多く熱が下がらないらしい。あまりの高熱に一度声を上げたけれども柱ともなると体温を自力で調整しているのだと隠の方に教えてもらった。体温を上げて炎症を防いで一晩経てば動けるくらいに回復しようとしているのだとかなんとか。便利だと思うけれど、痛ましいとも思う。換えのきかない部品を擦り切るまで使おうとするような違和感がある。
紫外線照射装置欲しいなぁなんて思いつつ、苦しそうな風柱様の様子に心を痛める。苦手だけれども苦しんで欲しい訳なんてないわけで、どうにか休まって欲しいと思うけれども出来ることは結局少ない。だって私が居なくとも回復するものはするしそれに眠るのが一番だろうし。また手拭いをゆすいで冷やしてから、先程よりも斜めに傾いた額に乗せる。乗せてからその目が開いているのに気づいて、だいぶビビりつつ声を掛ける。

「おはようございます。医者か食べ物、飲み物ご入用ですか」
「…………」
「……あの……」

ぎょろりぎょろりと視線を彷徨わせた風柱様は、窓からの陽光を確認してから部屋を確認し、ふーっと息を吐いてから「水」とだけ答えた。先日の通りすがりの罵倒よりも弱々しく、恐る恐る捧げ持つようにコップに注いで差し出せば普通に起き上がって普通に飲んで普通にまた横たわった。

「寝るから、戻ってていいぞぉ」
「あ、いえ、あまね様もお忙しそうなので。私なんかですみませんが……あ、居ないほうが休めますか」
「いや……うん……」

熱が高いのか、はっきりしない返答にまぁいていいかなぁと判断し、一旦額に添えた手がやっぱり熱かったのでまた手拭いを乗せてみた。文句を言われなかったので安心する。ぬるくなった水を入れ替えて、ついでに手ぬぐいも替えて着替えも持って来ておこうかと立ち上がろうとすれば「行くのかぁ……」と掠れた声が聞こえたので、すぐに戻りますと宣言して部屋を出た。桶から水がこぼれないギリギリの素早さで歩いて戻れば風柱様は夢うつつを彷徨う有様だ。男性の着替えをひとりでできるはずもなく、急ぎ差し出し意識を現実に戻してもらうため「袖を!」「帯を!」「すそ入っております!」と声掛けしながら着替えてもらう。その拍子に血の滲んだ包帯が目に入り気まずくなりつつ服を受け取り、籠に入れて廊下に出せばミッションはほぼクリアである。あとは彼に安らかに眠ってもらえればコンプリートだ。あまね様のつなぎとしてはまぁまぁ動けたのではないだろうか。
動かしてしまったからか眠たげな風柱様の額にひえひえの手拭いを乗せる頃には勝手な苦手意識がこれまた勝手に薄れ、まぁ前だってちょっと絡まれただけだしなと開き直るくらいには認識が変わる頃。
浅いけれども安定した息を聞きながら、安心して息をするように鼻歌を歌う。下手と言われたことは……引きずっているけれど、出来ることなんてあんまりないし歌うためにここに居るのだし。せめて魘されませんようにと願いながら、小さく小さく歌った。









「お前、兄弟はいるのか」

一応は周りをちらりと見て、広間に居るのが私だけだとそっと確認していれば「お前に決まってんだろうがよぉ」と催促される。まぁ訊かれているのはこの『私』の体の人生だろう。中身の私の話をしたって訳がわからないだろうし調べられたりしたらボロが出てしまう。

「兄がひとり。鬼に食べられてしまいましたが」
「……そうかよ」
「…………」
「…………」

如何ともし難い間に困り、歌って誤魔化すという技も風柱様の意識もはっきりしていらっしゃるだろうし残念ながら使えないので無言で笑って誤魔化す。当然通用するはずもなく「何笑ってんだよぉ」と叱られてしまい、困ってもそもそと携帯食だとかお金だとかをまた丁寧に包み直して風柱様の鞄に入れる作業をした。お金は隠すように、でも見つけやすい場所にとのお館様からのご指示だ。ちょっと荷物に埋めるのがなんかもう特技になりかけている。

「世話になった」
「お気をつけて」

本当に一晩眠って怪我も熱も治したらしい彼へと鞄を手渡し、見送りはあまね様方がすると言っていたのでここで頭を下げる。あんな怪我が当たり前のくらいに戦い通している彼へ、敬意と、やっぱり少し恐れも交えて。
去る足音を待っていれば突然下げた頭を押さえつけるように力がかかり、ひぇ、と声を漏らせばぐっしゃぐっしゃと髪をかき混ぜられる。開放されてすぐ顔を上げればじろりと睨まれ、とりあえず怖いのでもう一度頭を下げた。なんでだかもう一回頭をぐっしゃぐっしゃとかき混ぜられる。

「歌、次までに上達しとけよぉ」

はぁ、と困りつつ返事をしながら目線を上げればもう風柱様の姿は消えていて、気まずさと手持ち無沙汰で頭に手をやる。
せっかく整えた髪が……こう……寝起きよりひどいことになっている……。



22.01.27
ヒ゜アノ・レッスン

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