鬼城ルート4


「今から儀式をするんだ。きっと君の歌が要るから、来てご覧」

ドーマ様にそう声を掛けられたときは悩んだけれど、断れる立場にないし、いっとう上のムザン様からの命令もないので儀式とやらに顔を出すことにした。
日時はともかく場所を知らないので困っていれば、当たり前のようにドーマ様が目の前に現れてニコニコと私の手を引く。まあついていけばいいのかなと立ち上がればナキメ様がいくつかの部屋を動かして、一つの綺麗な襖を指さして「逃げるなら使え」とそっと教えてくれた。そこまで逃げられるかはともかく嬉しかったので「ありがとうございます」と礼を言えば、死なれても命令を果たせず困るだけだとむしろ叱られた。
裸足で歩いていいものか悩んでいれば「板の間だから履いといで」と最初に履いていた靴をドーマ様に差し出され、きっちり紐を結べば何故か手を引かれたまま城を進む。思ったより歩くらしい。
ひとりぶんの足音を響かせながら進むうちにも、入れ替わる部屋をついつい眺めていれば「長く住んでいるけどすぐに変わっちゃってねえ、匂いを当てにしないと何処にも行けないよ」と愚痴のように言われる。不便でも防犯とかの意味もあるんだろうなと考えて、口にしても仕方ないだろうとただ引かれるままついていく。

「うーん、もう少しで着くと思うんだけど……そうだ、歩きながら歌ってくれるかい?」
「何でですか?」
「暇潰しになるじゃない」

車の運転でも曲を流すタイプかなるほど。そもそも生きているのがBGMとしてなのだからそう言われればそういうもんかと納得し、小声でポロポロ歌いながら足を動かす。気に入られなかったら食われるかと思ったけれどそんなこともなく、繋いだ手をゆらゆら揺らしながら周りへ目を向けていればさっきと同じ襖がちらりと見えた。

「あぁ、ここだよ」

私の顔を掠めるように鋭い爪先が通り過ぎ、豪奢な襖の戸を開ける。と、甘い香りと水の匂いにほんの少し歌をやめて息を呑んだ。
どういう仕組みなのか水の張った部屋に足場として板の橋が掛かっている部屋に、垂れ幕と、お香と、水に浮かぶ蓮の花とが点在していて驚く。規則性があるのかないのか分からない橋には『儀式』の参加者だろうか、清潔そうな真っ白い着物の女性たちが頭を板に擦り付けるように座り込んで並んで待っていた。
教祖様、教祖様、と潜めた熱っぽい声が聞こえて、それを当然のように無視して私の手を引きながら奥へと歩を進めるドーマ様にしずしず続く。厳格な決まりごとのように、彼女たちの頭は進む私達へ向けられ続けた。

「ほら、声がやんでいるよ」

慌てて続きを歌いながら、手摺もない足場みたいな板の上をただ引かれるままに歩く。蓮の花を模した椅子のある最奥の場所まで来て、すっと指さされた舞台袖のような空間に腰を落とし、まだ歌い続ける。舞台の上は見えるけれども水の張られたあたりは見えなくなった。
一旦椅子に座ったドーマ様が、大勢が居るとは思えないほど静まった部屋に向かっていくつか言葉を発していた。これ本当にBGMだなぁと呼ばれた意味合いを納得して歌い続けていれば、ゆったりとドーマ様が立ち上がるのが見えた。もう帰られるのかと思ったけれどもすとんと舞台から降りただけらしい。
水の音がばしゃりと聞こえて、甲高い悲鳴が続いて聞こえた。何が起こっているのか考えないために歌い続け、ループし、ナキメ様に指示された襖だけを目で探す。その拍子に真っ赤に変わった水面が見えてしまいいっそ瞼を閉じた。逃げたかったけれども、どうせ体に力が入りそうもない。ああ、そもそも逃げられない。走れやしないし走れても逃げ道もないし彼より遅い足じゃどうしようもない。
悲鳴と水音だらけの室内で声がどれだけ届くのか分からないまま、ほぼ意地だけで歌い続けていればびちゃりと板に濡れた布が落ちる音がする。そのまま引きずりながら歩く足音、妙に静かな室内。

「もうやめちゃった?もっと聴きたいな……あぁでも、儀式は終わったし場所を変えようか」

無意識に下げていた視線を上向かせ、声の方を見る。口元を真っ赤に染めて濡れそぼったドーマ様が変わらず微笑んで手を差し伸べていた。
振り払ったら食べられるんだろうかと思いながらその手を取る。まあ腰が抜けていたので引っ張り起こされるようになったし「ありゃりゃ」と一緒に座るはめになったけれど。

「借り物だしねぇ、もう終わったし帰るかい。送るよ」
「……私、は、食べないんですか」
「あの方が勿体ないから殺すなって仰られてたからねぇ。それにあんまりおいしくなさそう」

痛むけれど振り払えない力で腕を引かれ、また違う道のりでナキメ様の部屋……部屋?を目指す。
また歌ってよ、と、とても軽い調子で強請られたので感情が追いつかないのを誤魔化しつつ歌う。先を行く彼から漂う血の匂いを吸わないよう、浅い息では大きな声を出せなかったけれども指摘されることもなく、むしろ腹が膨れたからか上機嫌にぽろぽろ話しかけられながら歩いた。
無事にナキメ様がいる吹き抜けまで着いて気が抜けた。

「ありがとう、きっと彼女たちも救われただろう。また君を呼ばせてもらおうかなぁ」
「…………あの」
「ん、なんだい?」
「どうして私を呼んだんですか」

疲れた頭でろくに考えずに質問して、気分を害してしまったら殺されてもおかしくないのだと気付いても焦る気持ちももう起きなかった。
ひとらしくなくうつくしく笑ったドーマ様が、誘ったときくらいの軽い調子で答えてくれた。

「だって君、あの世みたいな歌を歌えるんだろ?救済に相応しいじゃないか」

先日のムザン様との会話を思い出して、生々しすぎる儀式を思い出して、笑んだままのドーマ様を見返して、どうしようもない感情に押し出されて笑った。そんなつもりじゃなかった、なんて言葉も出ず、ただ笑った。


21.11.9
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