鬼城ルート3

「お前、この世のものではないんだろう」

頭を垂れては歌えないだろうと許しをもらい、部屋自体をちょっと低くした状態でBGM役を粛々とこなしているうち、飽きたようにフラスコを投げたムザン様が唐突にそう切り出した。
答えるべきか歌をやめないべきかで悩んで、鼻歌のようにして悩んでいれば「答えろ」と分かりやすく指示をいただけたので、少し悩んで「生きております」と答える。なんか違う気がしたけれどもやっぱり「そうじゃねぇ」みたいなお顔で返されたのでなんか違うことを訊かれたらしい。鼻歌もやめてしっかり考え、ようやく「最近こちらに来ました」と素直に答えた。それだけでは足りなかったようで明確に圧を感じ、潰されそうになりながら言葉を探す。

「体は藤邸のものです……ええと、私は、意識か何かがこの彼女と入れ替わってここに居る、のだと、ええと」
「それで、何処のものだ」

何処と問われてもまた悩んでいれば、追撃が責め立てるようにやってきてさらに困る。

「この国にはない訛だ。東京が近いが、それにしても発音に耳覚えがない。私が何年生きていると思っている、日本ならば隅々まで足を運んだ」
「ええと……あの……」
「海の外でもないだろう、会話が成立している。だが歌は外が近いな……発声法もそれに似ている」
「あ、はい」
「童歌も場所を滅茶苦茶に覚えている、だが歌えている。そのくせ常識を知らないのだから習ったんではないのだろう」
「申し訳ございません……」

急にディスるやん、と心折れかけて頭を下げれば「だが」と話はゆるゆる続けられるようだった。少し安心しつつ、次は何を歌おうか考えながら耳を傾ける。

「お前は若い。技術はともかく楽曲も蓄えたものでもない。流通が発達した環境にでも身をおいていたんだろう、現代ではありえないほどにな」
「現代……ええと……」
「それかいっそ別の世界か」

これは頭の中を整理するために喋ってるやつだな、とようやく分かって、ちょっと気楽になりつつ言われたことを素直に反芻する。
私の知っているところでは、鬼なんて絵本や地名くらいでしか見ないしいたかどうかなんて分からない。いなかったかもしれないけれど確かめようもないし、今現在言葉が通じているんだからごろっと異界とかに来たわけでもないだろうし、年号も暦も馴染みがあるものだけれど。それらを正直に答えても、どうしようもない気もした。

「お前の世界に鬼はいたか」
「私にはわかりません」

ちょうど考えていたことを尋ねられて、反射のように返事してから顔色を窺う。そうかとだけ言ったムザン様が休憩はやめたのか頁を捲り薬の瓶を並べ始める。
なら歌っているべきだろうと喉を震わせて、否定も肯定もなく声と作業音だけ響く環境に満足していれば、ベースのように琵琶の音が遠くから加わってさらに居心地が良くなった。
こちらに来て良かったかもしれないなんて、だいぶあれな思考になりかけているのを自覚するけれどもどうしょうもなく歌う。
吹き抜けの城は驚くほど遠くまで声が通った。



21.10.28
y○u
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