トミオカルート3


代わり映えもなく、お館様の部屋の前で歌って歌詞を伝えたり次はどんな歌がいいのかアンケートをとったり、家事を細々と手伝ったり。一息ついてお嬢様方と遊ぶために庭に出て、懐かしく思える顔を見つけた。

「水柱様!」

その覚えやすい羽織の背に声をかけてから迷惑だったろうかと思うけれど、普通に足を止めて待ってくれる様子に安心して駆け寄る。
手毬を抱えたままこちらに来てしまったことに気付き、まあいいかと開き直って彼の前で走るのをやめる。

「お久しぶりです。お怪我ありませんか、寝れてますか」
「寝れていない」
「まあ……」

ここはお世辞でも元気だと言うところじゃないだろうか。
実際怪我はなさそうだけれども元気のないトミオカ様は「お前は元気そうだな」と覇気なくゆらゆら揺れている。

「実家よりなんとなく気楽で」
「そうか」
「……ずっと揺れてますね」
「一晩中増える鬼を斬っていた」
「わかめ……」
「朝餉……」

彼とこんなに滑らかに会話できるのなんて初めてのことじゃないだろうか。
それだけ眠いのだろうと理解して、失礼します、とひと声かけてその腕を引く。眉が歪んだりしていないので怪我も不快感もなさそうだ。
そのまま腕を引いててくてく歩き、玄関で「今すぐ布団を引ける部屋はありますか」とあまね様に手毬を渡しつつ尋ねればぎゅっと眉間に皺を寄せたあとにそっと案内していただき、何度も謝りながら部屋に到達しささっと布団を引いてから彼の羽織りだとか服のボタンだとかを外す。私の言いたいことが理解できたらしい彼がシャツまで脱ぐのにはあまね様と一緒に目を覆い、寝間着に着替えた目の閉じかけている彼を布団に挟み込んだ。枕を使う余裕すらないのか、そのまま丸くなる様はなんとなく可愛い。

「……彼は、柱合会議では起きていたのですが」
「終わって気が抜けたのでしょうかね」
「良い仲なのですね、言ってくだされば少しは時間を融通できますよ」
「?いえ、顔見知りです」
「……そうですか」

あまね様がもう一度しみじみと「そうですか」と言うものだから反応に困り、そうですともと頷きながら立ち上がろうとして失敗した。すっかり寝たと思っていた彼が布団の隙間から手を出しスカートの裾を掴み、なんとか目を覗かせてじっと私を見ている。

「どうかされましたか」
「……うた」
「ええと……」

何かしら歌っていけ、と実家の感覚でねだられたことはなんとなく理解できた。できたけれどもあのときとは立場が違うもので、御館様の御前で歌う予定の曲の練習だとか繕い物だとかの予定があったもので隊士最優先にしていいものなのかあまね様へと助けを求めて目を向ける。

「あとはやっておきますから構いませんよ」
「え、でも……」
「夫も子の我儘くらい聞きなさいと叱るでしょうから」
「では、はい」
「では私はこれで」

すっと立ちしゃっと立ち去るあまね様の身のこなしを目で追うことしかできず、なんとなく申し訳なくなりつつ気持ちを切り替えて彼の手を取る。布団に入ったからかもともと眠たかったのか温かい手をそっと布団に仕舞い、横に陣取って小声で歌い始めた。眠りやすいよう潜めた声で歌うのは久しぶりで、すっかりこちらの実家にいた頃の気持ちになる。ほぼこちらに住み込みで働くことになるとは思っていなかったから荷物はあまり持たなかったけれど、本だとかは脳内会議でなんとかできるので困らないし『親』に体が入れ替わっていることを申し訳なく思う頻度も減って心は軽い。
けれど、あの実家での暮らしもただ辛かった訳でもない。隊士や隠の人達との交流は楽しかったし。

「……寝ました?」

意外にも「うん」か「ううん」みたいな返事が返ってきてしまって立ち去るのは諦め、もう一曲ほどおまけでうたう。
そういえば私の歌に一番に価値をくれたのはこの人だったのだとふと思い出して、なんとなくこそばゆくなった。


21.09.07
さようなら、花泥○さん
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