鬼城ルート


「お前が獪岳の」
「え、あ、はい、カイガクは……その、出掛けておりますが」

そのカイガクがそろそろ帰る頃だろうなと、自分の食事も仮眠も風呂も済ませてくつろいでいたところだったのだけれど。
この時代には珍しくスーツをびしりと着こなした美丈夫が玄関先に現れて、じっと私を見ている。居心地の悪さに目線を反らしたくなるけれど反らしてはいけないような圧を感じてじっと見返す。雑草でも品定めしていたように何もなくそらされた視線は室内を巡り、私へと戻り、私の襟元を掴んで歩き出す。無言のままでわけが分からなくて、とにかく転ばないためだけに足を踏み出していれば地面に倒れている襖まで無言で引かれた。家の火元が心配で後ろを振り返りかけて、とん、と肩を押される。襖は地下にでも繋がっていたのか奥があり、そこに突き飛ばされたのだと理解する頃には落ちていたし、美丈夫もなんてことない顔をして落ちてきていたので考えるのを諦めた。竈の炭は消したけれど、風呂の薪だけ心配だ。カイガクは自分でしたがらないから。




これ死ぬやつでは、と不安になるほどに落ちた頃に腕を掴まれ、当たり前のように地面に崩折れた。え、と掴むものを見れば当たり前のようにあの美丈夫で、その後当然のようにベシャリと地面に落とされる。薄暗さと現実離れした状況にあぁ、と納得した。
このひとは鬼だ。果物か何かのように痛むのを気にして少し丁寧に扱ってくれるけれど、鬼だ。私を簡単に殺して食べる。
ぞわっと背筋が冷えて息が詰まる。
ちらとこちらを見た美丈夫は特に何も思わなかったようで誰かに声を掛けていた、たぶん、自分の心臓の音で良く聞こえない。

「聞いているのか」

唐突に髪を掴まれて持ち上げられたように感じたけれど、たぶん私が聞き漏らした何かがあったのだろう。痛みとか驚いたのだとかで少し冷静になって、覗き込むようにする美丈夫の言葉がようやく理解できるようになった。それにしてもきれいな顔だ。いやまた現実逃避に入るのかなこれ。

「お前の歌うものは何処の国でも聴かないものばかりだそうだな」
「はい、あの」
「歌ってみせろ」

え、と言う前に髪が離され、またべしょりと床に落ちながら周りを見る。美丈夫がいるばかりの城の中みたいな風景に逃げ道らしいものは見当たらず、そもそも見つけたとして逃げられる気がしない。カイガクの力が数日で見違えるほどに強くなっていくのを見ていたから、このひとはきっとそれ以上だろうと肌で感じた。
歌わなければ殺されるだろうし、歌ってもこのひとが気に食わなければ殺されるだろう。漫画の端役のように呆気なく。せっかく、家からこんなところまで逃げてこられたというのに。
もうここまでくると笑えてくるものだ。あまりに現実が酷すぎるもので。
なら歌おうと、腹を括って姿勢を正す。膝は笑ってしまいそうなため座ったままに。
ワンフレーズまではとめられず、サビまでいっても文句も言われず、二番まで歌いきったが殺されなかった。歌っているうちにのってきて緊張もどうにか解けて、歌い終わりにようやく頭を上げまくって見ないようにしていた美丈夫のお顔を窺い見る。家畜や道端の石を見るような感じから、家電を見定めるような温度くらいには圧が弱まっていた。

「鳴女」
「はい」
「これを任せる。適当に部屋をやれ」
「はい」
「はい?」

見る余裕のなかった背後から「ナキメ」らしいひとの声がして、襟首を掴み無造作にぽいとそちらに投げられる。ぐえ、と仕方なしに上がった悲鳴には眉を顰められたので慌てて口を押さえる間にも襖は閉じて開いて逆さになり遠くなる。鬼とはこうもできることが多いのかと感心していれば、べべんと響く弦楽器の音に一瞬心臓が止まった。死にかけた直後にそれはすごいきく。
そろそろと後ろへ目を向ければ、琵琶を構えた髪の綺麗な女性が座っていた。髪がきれいというか、そこしかみえないというか。

「ええと、……ナキメさん?」
「喰われたくなくば私に従いなさい」
「あ、はい」

まだ死にかけてるんだなあ、としみじみ実感する声色に正座し、歌うように語られる注意事項に真面目に耳を傾ける。セッションとか出来ないだろうか、絶対楽しいなと考えたら睨まれたので背筋を伸ばした。







「ねえねえ『私』、うっ○○わで生き残った話したいんだけど暇?」
「明日テストなんだけど……!絶対聞きたい話題もってこないでよ……!」

入れ替わった先が楽しそうな『私』に鬼の話を訊こうと振った話題は無駄に盛り上がり、ついでにテスト範囲の基礎くらいは一緒に復習して睡眠時間は終わり、ほぼ無知なまま地下の城での生活は始まってしまった。



21.05.18
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