甲斐あり星はさらに元気



少し、格好を付けようという意識があった。
年甲斐もなく、と言うべきかと思ったが男なんぞ肩書で格好を付けたがるような生き物なので、歳もなにも関係なく、気に入っていた香りのものを新しく買えたし、放課後なのだし部活も今日はないし、どうせ換気も手間を掛けずに出来るかだとか気を抜く要因が積み重なっていただけである。
そんな要因を積み重ね、就業時間は過ぎているのだしと煙管から口から喉から焼いていく香りを楽しんでいた。

「今日の分終わ……」

終わりました、といつものように朗らかに準備室を訪れた手伝い終わりの監督生が、ほんの少し眉を顰め口元を裾で覆う。
すぐさま煙管をぶん投げて窓を開け空気を循環させ、自分の周りにも消臭魔法を掛ける。手加減を間違えて体臭やらなんやらまで消してしまった気がするので自宅に帰れば犬たちに怪訝な反応をされてしまうかもしれないがそれよりも目の前のレディである。
コンコンと小さく咳をして、そのまま黙ってしまった彼女にとにかく座るようにと示したが笑ったまま無言で断られ、備品管理の表を手渡しぺこりと腰を折ってから去っていく。
一言も発さず立ち去る様子は完全に急いでいた。そんなにも煙草の匂いが嫌いであれば呑気に燻らせたりなんぞしなかった、いやこちらが勝手に判断して見せつけての失敗なので彼女を責めるのはお門違いだろう。
はあぁ、と紫煙の残り香すべて吐き出す勢いで息をつき、気を取り直して渡された表を見る。几帳面な彼女らしく枠からはみ出ない文字はとても正確に数字が書き込まれていた。いつも通りに加点と小遣いを出すとして、謝罪はどうするべきかと悶々と考える。一応は教職なので過度な加点など出来ないし、金で解決するなんてもってのほか。せめて優しく接してやりたいと考えてから外が暗いことに気付く。女子生徒を寮まで送るのが犯罪なはずもなかろうと、とにかくはあの小さな背を追うことにして杖ばかり引っ掛けドアを施錠し部屋を出た。危険な薬物を任せられる人材はこの学園にほぼいないのだ、ほぼ。彼女という貴重な人材との間になにか軋轢があってはならないし女性を傷つけてしまっていたとしたら弁明も弁解も全力でなさねばなるまい。
急いで追いかけ出てきたと悟られるのはどうかと逸る足を緩め、その途端に「コン、」と小さな咳が聞こえたので結局競歩のごとく廊下を進み角を曲がり、小さな背がさらに小さく丸くなっているのを見てまた後悔した。

「仔犬。大丈夫か」

応えは得られず、肩越しにこちらを向いた監督生がふるふると手を振ってみせるのに呆れつつコートを脱いで被せ、る前に一度はたいて最終確認をした。匂わなくなったそれを監督生に被せ「医務室に連れて行く」と宣言しながら抱き上げる。コートで包むように抱き上げたので犯罪に触れはしない、多分、いや人命優先するのは当たり前だからむしろ表彰されるべきでは。よしセーフである。
テスト期間の放課後、部活も縮小しているので人の気配は薄い。時折絵画が監督生とついでに俺に声をかけるが、雑談している余裕はない。医務室は面倒なので足で開け、寮生を診るために常駐している医師から文句を言われる前に監督生をそっと差し出した。

「失礼。急患だ」
「おや。こんにちは」
「こ……ひぃー、ふぁー」
「あぁ、喘息の発作だね。じゃあこれ咥えて、はい吸って」

最低限のやり取りに慣れた監督生の仕草に、常習犯では、と思い医師へと目配せすればうんうんと頷かれる。
体が弱いとは聞いていたが、こんな状態を見るのは初めてだ。むしろ三バカに引きずられるように走り回り軽音部に引っ張られ元気いっぱいな子犬のようだと和んでいたというのに。

「や、たまたま、薬忘れちゃって」

多少は復活したらしい監督生が手渡された水煙草のような装置で霧を吸い続けながら、いつもの調子で口を開いた。けれども呼吸が浅いからか声に覇気はなく、単語を発するのがやっとという様子だ。喋らないほうがいいのではないかとハラハラしながら医者へ視線を送る。薬をサボった生徒にも教師にも厳しいのだ、このチャウチャウのような見た目だけは癒やし系の医者は。

「えー、君、死にかけたんだよ?わかってる?」
「は?」
「えー、うっそ、げほ、まだいけると、思ってゲッホました」
「静かにねー、落ち着くまではねー」
「せ、先生、死にかけたって本当ですか……」
「君も落ち着こうね、顔色エグいからね、ほら座って。白湯あるよ」
「コーヒーで」
「すごい落ち着いてる感出してるけどダメそうだね」

背を丸めた監督生がいつもより小さく見え、パピーの危うさが滲む姿に手元が覚束ない。確かにコーヒーなんぞ受け取りそこねてぶち撒けたのなら大惨事だろうと大人しく白湯を受け取り、両手の指をクロスさせるように囲い込んで湯気を眺めた。残念ながら、喉を通る気がしない。薬草を少し入れてあるので香りばかりはいい。

「最近は顔見せなかったから心配してたんだよ、薬は足りてる?」
「あとちょっと」
「はいはい、出そうね。学園長にツケるね」
「あの、死にかけてたって本当ですか、こんなに元気そうなのに」
「話戻っちゃったねー。そうだよ、発作は起こさないのが一番なんだから」
「俺が煙管なんて吸ったから……?」
「それはそうー」
「ごめんなさいー」
「監督生ちゃんは誰に謝ってるのかな?ん?」
「薬を飲み忘れた上に油断して呼吸してごめんなさい……」
「よろしい」
「え、チャウチャウ教授怒ると怖いんですね……」
「貴方は私のことチャウチャウだと認識なさっていたとー?」

手荷物もろもろを友人に預けて俺を手伝っていたらしい彼女は財布しか持っていないようで、迎えを呼ぶのもままならないと言うので呆れた。この薬を全部吸えば落ち着くしひとりで帰りますよ、と宣う監督生を叱り、時間が掛かっても寮まで送ることを約束する。ついさっき死にかけたレディをほっぽっておくなどできるはずがない。それがいいですね、監督生ちゃんはすぐに忘れて発作出しそうですしね、としっかりと釘を差された彼女はしぶしぶ頷き、霧状の薬を大人しく吸い込んでいる。
処置が終わった監督生は常と変わらずけろりとして、先程死にかけたとは思えない様相で「ありがとうございました」と保健室のドアを閉めてこちらへと手を伸ばす。大して重くもない鞄を掲げ持ち直し遠ざけながらそれを避けた。

「えー……」
「仔犬。あとは寮に帰るだけだな」
「買い物にちょっと」
「駄目だ」

しっかり消臭したコートを肩に乗せてやり、その上から腕を回して押すように歩き出す。負担になることは何もないよう歩幅にも力加減にも当然気を配った。

「丁度チョークが足りなくなったところだ。ついでに買ってきてやる」
「えー、じゃあセールのレトルトお願いしてもいいですか?クルーウェル先生がワゴンを漁るんです?」
「……サムに届けさせよう」
「そんなサービス……」
「一定の金額を超えれば答えてくれるぞ、教員特権だがな」
「ズルい」

不満げな声に笑い安心しかけ、発作が起こっていても常と変わらないよう心掛けていた彼女の姿を思い出して緩んだ気を引き締めた。







「お手をどうぞ、レディ」
「いえ、あの、その」

目の前に差し出された手袋に包まれた手を、ともかくはじっと見つめ、その先にある顔まで視線を巡らせる勇気はなく床を見つめる。
とてもささやかな段差である。校舎に慣れないうちはだいぶこけさせられてきた段差だけれども数ヶ月経った今となっては寝ぼけていない限りは躓かない段差で、階段と呼べない程度のそれは古い建物独特の微妙に過ごしにくい違和感が漂うどうしようもないもので、資材をほんの少し抱えていようとも今更なんともないもので。
だけれども断り方も知らず、紙の筒を潰さないよう抱え直し空いた手を先も見ずに差し出した。当然のように下から拾い優しく引く手に従い、とんとん、と数歩だけのエスコートを甘受する。

「先生、最近私のことをパピーとでも思ってらっしゃる?」
「手の掛かるレディだな」
「いやそれにしたって過保護過ぎますよ」

放課後の手伝いの時間にふたりきりになったら砕けた口調になることはあったし、その流れで「食事は、生活費は、眠れているか」くらいの質問はされてたし担任って大変そうだなぁと思いながら答えていた。
それが最近はすれ違いざまに調子を訊ねられ、薬の摂取を確認され、ちょっと薬の風味のする飴を渡されたりこうしてちゃちい段差をリードされたりついでに褒められることも多くなった。前者は目の前で死にかけてしまったから心配を掛けているのだろうとはわかるけど、後者どうした。
まあ、バイトと手伝いの間くらいのことは続けているので、雇い主としての態度も混じっているけれども。こことサムさんの手伝いはおまけが多くて割がいいのだ。その上最近は自室よりも余程換気が行き届いていて安心である。ボロ屋と比べるものでもないかもしれないけども。
いや、空気清浄機にハーブの栽培に換気の徹底とか本当に急にどうしたと訊きたくなる変化がじわじわ起こっているのは気になる。

「今日は資料の整頓をしながら補習だ。その腕の中の表は中間にも出すぞ」
「はーい」
「薬は吸ったか?前回はいつだ?科学室の匂いで咳き込むなよ?」
「だいじょぶだいじょぶ」
「……次に発作を起こしたらどうなるか分かっているのか?」
「そうそう死にはしませんよ。……たぶん」

軽い調子で返したのだけれど、過保護すぎる先生はどうにも納得がいかないようでじとりと観察され、それを誤魔化すために少し足を早めて先に準備室のドアへと手をのばす。結局はご自慢のなっがい足で瞬時に追いついた先生が先に開けて押さえて待ってくれている。そこまで来たのならやらせてくれたっていいじゃないかと抗議の視線を上げれば肩を震わせて笑われる始末である。悔しいがどうしようもない。だって私はパピーのようなレディらしいので。

「ちなみにどうなるんですか、発作を起こしたら」
「抱きかかえて大声で愛を叫びながら医務室に連れて行くぞ、グラウンドまで響くように腹から声を出す」
「うわぁ……」
「拡散されてからかわれたくなかったら大人しくするように」
「はいー」

酷い脅しに怯えつつ、いつものように先生から扉一つ離れて授業で使うあれそれに部活で使うそれやこれを粉にし、計量し、瓶詰めし書き込む。魔力がない手で触ってメリットのあるものは良く任されるのでもう手順はほぼ覚えてきたため、そうそう質問することもない。あの死にかけ騒動から絶対扉が開け放たれているので声は掛けやすかったりするけれど。
時間が余ったら先生の作業をするか邪魔をしてやろうとひとりニマリと笑っていれば、笑顔も可愛いなと先制攻撃を打たれて手元が狂った。ちょっと多く入ってしまっただけなのですぐに調整できるやつだからまあなんとかなった。

「今日は多いからな、暗くなる前に帰したいところだが」
「夜はオルトくんたちが泊まりにくるので迎えも頼みますよ。強めのライトとビーム付きです」
「いや送る」
「えー……いっそ格ゲー大会に参加していきますか」
「それはいい」
「無駄足じゃないですか」
「レディと歩けるのに無駄も何もあるか。得しかない」

パピーの散歩もまあ有益かと納得しつつ、言葉づかいの甘さに当てられてほぅと息を吐く。
慣れないものである、いや持病で心配されるのは昔からよくあったしそっちは慣れているけれど、そこに加わる扱いの甘ったるさが慣れない。マブは恐ろしいほど雑な扱いをしてくるし寮によっては監禁されるし雑魚寝させられるしだったのに。いや生活に関わるほどに女の子扱いをされるのを望まなかったのは私だ、楽ではあるのだ。
その後私語は慎み真面目に手伝いながらついでに補習のような解説も聞きつつ、全部の作業が終わってさて帰るかと細かな機器を片付けていた頃。つい、ほんの少しの埃っぽさと薬品の刺激臭についつい「けほっ」と咳払い未満みたいな小さい咳がポロッと溢れる。
今までだってくしゃみも咳もそこそこしていた、していたけれども今の先生はあまりに過剰に反応する、目の前に立っている私を赤ちゃんとでも思っていそうな過剰な反応でちょっとの距離を飛んできて「大丈夫か、息してるか、死なないか、帰るかよし支度しろ」となめらかに荷物ごと抱えられてなめらかに帰路につく。さすが先生、女子を抱え上げてお姫様抱っこするのに慣れていらっしゃる。偏見だけど。

「慣れてますね。まだいけます」
「駄目だ。俺が心配で手元が狂う。生徒はだいたいこうすれば黙るからな」
「ということはジャックみたいな生徒も……?」
「さあ忘れ物はないか」

ものすごく話を逸らされて浮かべた荷物を検分され、大丈夫ですと言えば抱えられたまま歩かれた。なるほどプライドが山脈のような生徒ならイチコロだろう。ある意味で。
だが私は普通の女子、ノーマルな効き目に顔を覆い悲鳴を押し殺しながら運ばれるしかない。

「これ、男子生徒に効くかもしれませんけど女子にも効きますよ……」
「ふはははそのようだな」
「免疫ないんです、勘違いしますよ、責任問題です」
「俺がレディに責められるようなことをすると思うか?」
「おも……お…、」

いやどういう意味だよと問うのも怖く、目元を覆った手を退かしてご尊顔を直視できるはずもなく、今後の作業中はマスクでもしようかなと諦めた。

「そもそも、どうでもいいものを抱きかかえるか?」

あんまり聞かない声色でそう言われたので、ちらっと手を退かして先生の顔を窺う。
私を落とさないようにかしっかりと前を向いて歩いていて、しみじみ顔が良いと実感する。抱えられていて申し訳ない。いや眼福でありがてぇ。

「ありがとうございます……」
「意味がわからずに礼を言わない」
「しゃす、うす」

まったく、と相変わらずマブ達に言うのより甘くて優しいお小言を受けて、埃っぽい部屋から出たらすぐに降ろされて足を着けた。顔を覆っているうちに後片付けも戸締まりも完璧に終わっている。流石である。

「今週はもういい。範囲はきちんと復習できていれば合格点になる」
「はい。お疲れさまでした」
「お疲れ様。手伝いはないが質問ならいくらでも来るといい。準備室ではなく教室にな」

甘やかされるのは、嫌いじゃない。
またバイトとか廃棄の薬草目当てとかテスト勉強とか、本当に適当な口実で頼ってしまおうと予定を決めたなら口元がゆるむ。
足取り軽く寮へと向かいかければ「廊下は走らない!スキップもしない!それと発作は起こさないこと!」とすぐさまお小言が飛んできたので笑いながら角を曲がった。見えなければ走っても叱られないし。即座に絵画にチクられたので素直に歩くはめになるのだけれど。







外部から取り寄せるよりも手持ちの道具を使って作れば経費が浮く薬はいくつかあり、それはそれは立派な学園長はそういったたぐいのことに大変耳ざとい。
今日も足りなくなったという薬品をいくつか見繕って保健室へと納品すれば、チャウチャウのような医師は書面にサインしながら「そういえば」と面白そうに口を開く。

「クルーウェル先生のクラスの、ほらあの子。気管支の弱い。こないだ怪我してたでしょ」
「あぁ……転んで足首を捻ったまま走ったら泣くほど痛かったとか言ってましたね……」
「ご苦労さん……やー、あのときの治療は患部にだいぶ触れなくちゃいけなくてね」

そこでふふ、と和やかな笑い声を漏らす医者にドン引きし、実際片脚を少し後ろに引きながら「それで?」と促した。さっさと戻って仔犬達の研究成果に口を出して、チャウチャウの裏の顔など忘れてしまいたいものだ。

「患部の固定で痛いかもって言ったらねぇ、あの子ってばクルーウェル先生に助け求めてたよ。意外と信頼されてるんだね」

つい一歩引いていたことも忘れ、手元にペンを握っていたことすらも忘れ、ニヤける口元へ手をやりかけて思いとどまる。その結果ニヤける口元はどうしようもなくなり、今度はチャウチャウ教授が俺の顔を見て「うわぁ」という顔をした。お互い様である。

「えー、通報案件かい?」
「それを本人に訊ねますか?違いますよ、ふふ」
「ならなんですか、そのお顔」
「いや、困ったなら俺を呼べと躾続けたのに効果があって良かったなと」
「通……報……?」
「こちらの瓶はサービスです」
「次はないよ……?」

部活動の一環で生まれた純度の高いオイル一瓶で買収を済ませ、手間をかけたものの成果に気分が良かったのでもう一瓶置きながら彼女には何をあげようかと考えを巡らせる。いい子にして覚えたのなら褒めてあげなければ。甘ったるくベタベタに身動きがとれないほどに。












「もしもし、お母さん?そう、私。この間帰ったとき、スマホ持ってったでしょ。試しに電話してみたんだけど。わー、繋がると思わなかった。ほら、私のことは死んだと思って欲しいって言ってさ、伸ばしてた髪勢いで切って置いて来ちゃったでしょ?いや私も武士かよとは思ったんだよ。なんかノリで。えー、仏壇に置いてるの?あはは間違って燃やさないでよ。そうそう、切ったまんま帰ったらさー、デイヴィス、あ、一緒に暮らしてる彼に泣かれちゃったんだよ、帰ってこないかと思ったとかウエディングドレスに合わせた髪飾りを作ってたのにとか。いやプロポーズされてないんだよ、フライングでされちゃったの。このあとちゃんとするって言われてるんだけど……。ふふふ、うん、ちゃんと写真撮るね。髪も整えてもらったよ。もうそっちに帰れないかもしれないしこうして電話出来るかもわかんないけど。うん。後悔してない。ありがとう。じゃあまた電話してみるね。はーい、おやすみ」

「もしもしお母さん?今大丈夫?あー、うんごめんごめん。こんなに早く異世界スマホと通信の安定すると思わなくてつい。あー、そっか、写真は無理だったかぁ……デイヴィスの顔は見てほしかったなぁ。そう、惚気だよ悪い?プロポーズ?まだだよ。そう。うん。ふふ、言っとく。スマホ?うん、学校の先輩たちとデイヴィスで量産したんだよ。中身見せてって言われてたからバラされる覚悟してたんだけど……天才って呼ばれてる先輩がどうにかしてくれたみたい。うん説明されたけど分かんなかった。動物言語の授業くらい分かんなかった。えー?そうだっけ?いや別に理系じゃなくても生きてけるし。いいの。デイヴィスにやってもらうし。ともかく!電話は大丈夫そう!切るよ!えー、だめ?分かった、はいはい、はーい…………」



「…………」

「…………も、しもし。はは、俺じゃ繋がらない、のか。ああ、分かっていた、そうそう美味い話があるはずがない。あの子がずっと手元に居る保証はなかった……はは、は。聞こえているでしょうか。聞こえていなくてもいい。俺は彼女の手綱さえ握れていれば、何処に行かれたって最後に頼ってくれればいいと……あの子は、そちらに居ますか。元気であればいい、と言えればいいのですが……言えやしないな。俺を惜しんで欲しい。後悔してしまえ。母君、どうか、慰めてやっていると言ってください。俺は生きた心地がしないし気がおかしくなりそうだと伝えてください、帰れないのなら尚更。では、失礼した……さようなら」


「もしもーし、今いい?ごめん、ちょっと忙しくて通話できなかっ……え?着信あったの?……えぇ?それデイヴィスじゃん。なんて?……………………っふ、ふふふふ、嘘、うっそぉ「仔犬!!待て!!」うわー、嘘じゃないんだ、そう、今の声聞こえた?わっ、ちょっ、大丈夫、大丈夫だから何話してたか教えて、あー、うん、ちょっと機械とかに向かないとこに行ってて……そんなに?ほんとに?え、録音とか、わっ」
「失礼、彼女は無事だ!早とちりで迷惑をかけた!ではまた!」
「とられた!またね!あ、私は元気にやってるよ!」



23.07.19


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