零れないもろもろ





私、カルデア職員のモブ!
ひょんな事から人理焼却に関係ない事故でカルデア内で死んじまってから眠れる才能が目覚めて強固な霊体を手に入れたんだ!存在証明は下手くそだって分かったから『幽子』って呼んでもらってなんやかんやあれをそれしてるよ!専門外で覚えられなかったんだ、有耶無耶でごめんね!
出来ることはちょっと成仏しないことと軽いポルターガイストと壁抜け、一度生き返れたのに人理漂白では普通に亡き者扱いになってボーダーの一員をしてるの!
それで今のお仕事はというと、

「あーーー!やめてー!」
「はははははは!確かに金糸雀よりは目が覚めそうな声だ!折る骨が無いのばかり惜しい!」

英霊カマソッソに掴まれ騒ぐことです。
『死霊』に関連している逸話を携える状態で召喚したからか、彼は生者と死者の間というよりは死者に近い私を視認しやすいし呼びやすいし触れるし遊び道具と思っているらしい。

そもそもが、生前のようにタイピングが出来ない私にできることは限られているのである。
廊下で寝落ちしたマスターの位置をそのへんの誰かに知らせたり、徹夜で作業する誰かの睡眠予防にしりとりから哲学までやりとりしたり、緊急性のない呼び出しアラート代わりに駆り出されたり、肉体のない状態でできる役割はそんなものだ。代用が効くものばかりだし、正直成仏するなり冥界に連行されるなりすべきかなぁとたまにぐだぐだ迷っていたりして、「一般人が減るのはやだ」というなかなかな発言をする職員たちに引き止められたのを真に受けてずるずると残っていただけだったりで、つまりは穴が空いてもすぐに塞がるポジションだ。
そんな心境での冥界下り、職員としてモニターを眺めるばかりだったけれどもそりゃあちょっと思うところがあったりなかったり。
冥界の王の声に、言葉に、揺さぶられるところがあったりなかったり。
その声がこの舟の中から聞こえてきてふらふらと誘き寄せられれば、マスターの紡いだ縁に引かれた彼がここへと顕現していて、他の英霊の方々に対するのと同じように敬意と感謝を伝えようとしたら足を引っ掴まれたのである。そうして玩具にされたというわけだ。
文化の違いだとかで居心地などを心配したかったのだけれども、マスターやら冥界繋がりの方たちの尽力もありそのあたりは大丈夫らしい。音が喧しいとぼやけばシュミレーターを紹介して各々のおすすめへと行ってみては私を呼びつけて追い回し、食事が分からんとなればシェフ英霊を呼びつけつつ私にトマトをシェイクさせ、部屋が落ち着かんと言えば私を呼びつけては模様替えを手伝わされる。主に熱帯あたりの観葉植物の手配。壁全部にガジュマルを這わせるのだけは許可が下りなかったので必死に説得したのも私の担当である。やたらと呼ばれてしまうばっかりに。
逃げれば追われ、避ければ逆らえようもない死者向けの声で呼び出され、正直いびられている気分である。

「あの!それ捲っちゃ駄目なやつです、ハラスメントなので子どもでも禁止されてるやつですぅうう」
「なんだ、お前にオレは子供に見えているのか?このカマソッソが?」
「いやスカートをめくるのはほんとにやめ……アー!なんで!なんでカマソッソさま脱いでる?!」
「ハハハハハハ、喚く喚く、子供だなどと戯言を言うのならその目で確かめるのが早かろう!」
「いやー!イアソンさままでで!それ以上のあれはいけない!」
「あら、イアソンさまがあれに?どれかしら?」

大声で叫んだ甲斐もあり、メディアリリィが瞳を輝かせながら会話に参戦してくれた。カマソッソのカマソッソはまだ出ていない。
ニチアサ枠のテンションではやってけないな、と己の脳内モノローグに見切りをつけ、メディアリリィ経由で呼ばれたニトクリスに助けてもらい一息つく。

「何をしている、こちらに寄れ」
「あえあぁ……」
「あぁ、もう!そちらは一般人であって戦士ではありませんよ!どうしてそのように呼びつけるのですか!」
「これが来るのだから仕方なかろう」
「死者を顎で使うのはあまりに敬意が足りないと言っているのです!」
「あれ、なんかちょっと論点違うのでは……?」

呼ぶ内容じゃなくて呼び方の問題だったらしい。味方……うん、味方してくれるのは、いいことだ、うん。
呼び声には逆らえなくとも別に意識は自由なので、自由にふたりの討論に感想を抱くも流される。
そう、呼ばれれば逆らえないけれども、彼の下へとついてしまえばあとは自由なのである。文句も言えるし逃げられるし。そのどれもが普通の反応すぎるだろうし、本当に呼ばれる意味がわからない。

「リツカちゃんほど面白みがあるならわかるんだけどなあ……」
「幽子先輩そんなこと思ってたんだ……へー」
「居たならカマソッソさまをとめて?」
「いや、今来たんだよ、ほら息上がってるでしょ」

後ろから普通に声をかけられたのでメディアリリィあたりに引っ張られてきたのかと思ったけれども、我らがマスターはたった今到着したばかりだったらしい。本当に肩を上下に動かしながら息を整えているのでならしゃーないなと許してやり、廊下のど真ん中だけれども一歩下がって壁へと寄り観戦の風貌へと寄せていく。これが歴戦のマスターの余裕かなるほど。

「そもそもカマソッソは幽子先輩のことどう思ってるの?あとパンツの色なんだった?」

観戦じゃなくてMCのほうだったんだリツカちゃん。下着は死んだときから代えられてないので普段遣いのやつだから見ても面白味がないのだと説明したいけれどそれすら普通に恥ずかしい。
どうせ呼ばれるだろうし立ち去れず、パンツの色を問われながら立ち尽くすという面白い状況に無い血流が顔に集まるような感覚を感じながら、できる限り縮こまって英霊トークらしいものに耳を澄ませる。
ニトクリスと難解な墓トークを繰り広げていたカマソッソは縦方面にくるりと振り向き、天井の装飾に足を引っ掛けたままプラプラ揺れつつこちらを見る。小さくなった甲斐もなく彼と目が合い、じっと逸らされないそれに縫い留められたように目を合わせながら応えを待った。

「そんなこと決まっている。お前はオレの国民だ。行き場のない魂だというのならオレの国民になればいい。そうすればオレは王であるし、お前は行き場を得る。腰巻きの下は彫りの多い布地であったがなんだ?曼荼羅か?革細工か?」
「あ、レースかぁ」
「こんな公開処刑ある……?」
「戦で死ねぬのは無念よな、理解しよう。いややはりしたくもないなやめよう」
「いやいや、装束の話じゃなくてですね、というかスカートの中見るのは普通にやべぇんですよ」
「あの会話でカマソッソの言わんとする事を理解する……やはり幽子は私の冥界よりも彼の冥界が相応しいのでしょうか……」

また収集のつかない雑談に視線をそらされてどうにか息を吐いて、いや呼吸必要ないんだけどとつっこみながらまた小さくなって端に寄る。
国民。彼の世界と縁もゆかりもない私が、ただ行き場がないというだけだけれど、それでも国民になれと勧誘された。宣言するだけでなれるのなら喜んでなるけれどもどうなんだろう。
言葉のとおりだとしたなら、助けになるのならなりたい、うん、個人的にはとても嬉しい。戦力としてはゼロどころかマイナスだけれどいいんだろうか。
それにしても嬉しくて顔がにやけた状態から戻らない。
嬉しくないわけがないだろう。あれだけ笑うし嘲笑するし悲しんで惜しんでくれるような王様に国民であれと求められて、喜ぶなと言う方が難しい。浮遊霊を代表してそう宣言できる。いや無念のあまりに現世に踏ん張るタイプの同胞にしか会ったことないからしらんけど。
にやにやがとまらない頬を手のひらで押さえる。と、手の甲にねとりとした粘着質な感触、手を退かせば王様の弓のように歪んだ目と目前に迫る舌。手の甲からねとりと伸びる線が、その舌に繋がっている。

「んっきゃあぁあぁ匂いがフルーティ!」
「キャハハハ!昼餉はフルーツ牛乳だ!」

あんまり要らない情報とともに追いかけてくるカマソッソから壁抜けありで全力で逃げた。



※ ※
    ※  ※


「ここは明るすぎる!」

おいマスター、と呼ぶ前に知らぬ女が部屋に現れ、オレの顔を見るなり腰を折ってから部屋中を見回し、あぁと声を漏らして出入り口の隅へと寄る。

「あ、はい、では暗くしましょう。照明はここで調整します」

服装はここで働くものらと変わらない。なら知らぬ人類だろうと興味を無くしかけて、それではと言い残し瞬きするまもなくそれは消えた。
あれは死者か。なるほど呼び声に応えたのかと気付き、試しにもう一度「おい」と呼ぶ。「はい?」と返答とともに同じ女が壁から現れる。用はないと返せば「ある時ならいつでも呼んでください」と軽率に契約するのに笑い、再び呼んだ。用はないと言えば目に砂でも入ったかのような顔を正面からされた。不敬すぎる。



「ここは寒すぎる。お前たちの血潮で暖まるぞ、疾くどうにかしろ!」
「すみません霊体あったら冷えますよね、空調はここです、私は外で応対しますから」
「ん?」
「ん?」

部屋に呼びつければ当然のように部屋のただ中へと現れ、そのくせ部屋から出るなどと言う。それならそもそもが部屋の中に来なければいいだろうにと首を傾げば、何かが通じていないようで同じように首を傾げる。だが可動域が狭すぎる。
女が消えてからあれでよく聴き取れるものだと人体に思いを馳せ、かけてそういえばあれは死者だったなと改めた。死者ならば冥界の声はよく聞こえているのだろう。
応えるのならば、そういうことだ。
あれはオレという局外者を咀嚼しようとしている。血も持たず心臓も動かさぬままに、いや、だからだろう。
首を斬られる恐れのない女なのだと理解した。理解した上でまた呼び、気配のすぐ側に立ち皮膚に洞窟の風のような冷気を感じて言わんとすることは理解した。したが近くに現れた女の悲鳴が荒唐無稽で愉快だったのでつつき追い回してしばらく遊んだ。



「ここは喧しい!祭りか絶滅か?笑えるうちに静めてみせろ、女!さもなくばすべからく首を落とし並べて吊るし血を垂らすぞ!」

きょとりと部屋へ現れた何時もの女は、また腰を折り一旦目線を落としてから部屋中へと視線を巡らせる。

「あぁ、コウモリ……」
「不敬、不敬、死するべき、肉体を持ち寄れ!その首、贄に……あぁぁ、てぃんくるてぃんくるりーろーすた……」
「わ、え、えーと、防音機能もありますよ。絶滅しそうになったら私が知らせにくるのは許して下さい成仏の予定はまだないのですみません暖房上げます、というかそこまでの大声で呼ぶのをやめていただけると、あの、そこまで大きな声でも私には聞こえてるというか来ちゃうというか」
「ん?」
「ん、んん?」

同じ音が複数箇所から同時に聞こえてくるのがやみ、女の声だけが部屋にある。外からの音を断絶するものだと理解したが、女が言うことは理解が及ばない。
この女ばかりを呼んでいたつもりはなきにしも、いや、呼べば来るのはマスターも女も一緒だが、そこまで特定の誰かを呼んでいるつもりでもない。大きな声で呼べば近くの誰かが寄ってくる。そういうものだ。それがあの女に届くのが早く、従うのが早いだけである。
ん?んんん?とお互い何度か首を傾げ、やり取りに飽きて女の装束に爪を引っ掛けてみたならどうやら奇妙奇天烈かつ小気味良い悲鳴が上がったのでそのまま部屋の外まで追い回して遊んだ。



「暇だ。話せ!汎人類史の話だ!血湧き肉躍り首が飛ぶのが良い、王が絡むのならなお良い!」

いつものように適当に呼べば来た女に不満を撒ければ、無理難題に慣れているのか「あわ……えー、武将は王様にはいるかな……」などと呟いて中空へと視線を固定して辿々しく話し始める。確か、だとかたぶん、だとか余計な言葉が挟まるために精彩に欠き、登場人物が際限なく追加され続け、当初あった興味は瞬く間に消え去った。

「お前の話はつまらん、上がらん、冷え切る」
「すみません……暖房上げさせていただきますね……ほんとすみません……」
「マスターは首が飛び木乃伊が舞う話が上手かった。まあお前に期待するのは愚策であろう、カマソッソとしたことが見誤ったものだ、うむ、矮小な霊魂には疎い。疎いのだから仕方がなかろう。そうだな、お前の話をしろ!首が飛ばぬのなら血で血を洗う話で許そう!まぁマスターと比べはせん、せんぞ、ヒハハ!」
「新手の拷問ですね?」
「つまらなければその心臓を抜き……、」
「そこになければないですね」

腰巻きに触れた折には世界の終わりのように騒いだ癖、その胸に手のひらを置けども動揺はない。顔を寄せれば息を殺すような仕草をして、止める息もなかったと開き直るような顔をする。
脈動がない。当たり前だ。これは死んでいる。死者であるからオレの声に応え従い命を聞く。
息もない。仮初のこの肉体は仮初の不死を再現して熱がある。肉体が冷えれば動作が緩慢になり不快になる。
柔らかな女に沈む指は冷えていく。鼓動にも呼吸にも揺れることはない。
その事実に覚えのない悪寒が走り、ぶるりと身震いすれば女がまた奇々怪々な呻き声を漏らしながら距離をとろうとして、奥歯にものを挟めた顔をしてとどまった。
実際冷えているのは指先のみだろうに。脳が冷えるようだった。

「女、オレの話はせんのか」
「えーと……異聞帯の……?でも私舟から出れませんし、その後も機器のチェックしかしてなかったのですけど」
「そっちのでもいい。だがお前の話は下手だからな、んん、下手だ、食事の後に寝床に微睡みながら聞こう」
「子守唄ですねー。そうですよね、うん」

ははは、と乾く声色からは男の寝床に呼ばれた意味を理解していないようだった。それもそうだ。触れられるものも時間も限りのある女である。
それでも全く意識もせずに「今から夜空けてきます」なんて応える声からは何も読み込めず、心音で測れるはずもなく、この手でその脈動を確かめられるのなら話は単純明快に終わったろうにと歯噛みした。
死者でなければこの女はオレの前に顔も出せなかったろうにと理解しながら。




※ ※ ※ ※
        ※



私、カルデア職員の幽霊(物理的な意味)モブ!
ひょんなことから霊体のがみんなのために働けるって気付いちゃってから肉体がないまま働いてるの!お給料はちゃんと出てるし寝ない労働力ってすっごくお金が貯まるんだ!まあ使い道ないけどね!
それはそうと、最近フリーの幽霊だからか英霊カマソッソに「オレの冥界に入って働け」って勧誘されてもう大変!絶対血みどろでやだよー!


今日の日記はこんなところだろうか、と脳内でまとめ終わり、それでも暇なので交通整備棒をポルターガイストでくるくる回す。通りすがりのちびっこ英霊たちが指さしては楽しそうにしてくれるのでちょっと調子に乗って残像でヲタ芸のようなことをしていれば、だいぶ呂律の怪しい「聞いているのか!」という怒声が上から降ってきた。

「はい。聞いてます」
「んん、何処まで話した?」
「……えーと……あれです、あれ……地熱発電の効率化?」
「頭が茹だったか、脳は美味いぞ!王に許された栄養源だ!」

いや違う!と怒鳴ったカマソッソがぶら下がっていた天井から降り立ち、身体よりも大きな羽根を器用に蠢かせて羽ばたこうとして、晩夏の蝉のようにバチバチと床を這った。幽霊なので直に当たりはしない、しないけれども、なんとなく嫌なので今度は私が天井付近まで飛び上がって避難する。

「うぉい、おい、女、何処だ、カマソッソの許しも請わずに去る民がいるか、いやいない、いやいるか?そこか?」
「カマソッソさまー」
「頭が高いぞ貴様!穴でも掘って頭を下げ、んふ、オレが低い!んっふふふふふふ」

驚くほどにツボが大変浅い。これが酒の力かと恐怖しつつ舟の廊下へと降り立ち、居るし聞いてますよーと棒を振る。羽根でべちっと叩き落された。悲しい。
このカマソッソさまはいわゆる酔っぱらいである。
フルーツ牛乳がいけるクチならこれはどうだと、最近参戦なさったテスカトリポカが血と果実酒をシャカシャカしてなんかさらに発酵させて作ってみたオリジナルカクテルを味見してもらい、それを一瓶一気に飲み干した結果こうして愉快な酔い方をなさっている。それにしてもあの酒を入れてた器、明らかに金のドクロだったしあの御方は何処まで交流を広げているんだろう……いや銃を使う英霊をコンプとかしそうだなと納得する。手土産のレパートリーは確かに多いほうがいいだろう、ものすごく相手を限定しそうな原材料だったけれども。やっぱりこの事態は遊んでた結果な気がしてきた。

「おい、おんな、おまえ、いぬのか」
「はい、いますよ」
「呼ぶからか」
「交通整備です」
「いらんといえば去るのか。命であるとするのか、王の命令に従うのか」
「離れますね、そこでこれ振ります」
「民でないのか」
「どこにも所属してませんねぇ……」

ころりころりと床に転がり、見るからに廊下を封鎖しているその姿を目で追いながら、まぁ彼の国民ではまだないだろうとぼかす。誘われたのは嬉しいけれども骨の体で前線に立てと言われても困るし。
彼は王だ。ここに民が一人もいなくとも、慕っていた霊魂が側にあるのを感じる。それでなくともあの異聞帯で永く王を降りなかった人だ。今更私がいなくとも。
何度も誘われて何度も断って、何度も呼ばれて使われて話してそれが分かった。私のような意志よわよわ幽霊なんて廊下の隅で交通整備棒のプロになっているのがお似合いなのだ。この棒の名前さっき知ったくらいの練度だけれど。

「不快、不愉快、下の下の下、お前なんぞ……なんぞ……」
「罵られるじゃん……」
「お前のような死人なぞ、存在も許せん、が、我が国の土をも踏まぬお前など、この血肉にも成らんお前など、」
「あの、水を飲みましょう、カマソッソさま。舌が垂れてます、床まで付……あああぁ……」
「ふへへへへへははは、ンフ、ンフフフフ」

また通りすがりの数人を安全圏から安全圏へと誘導し、余所見をしているだろうと今度は不満げな声で呼ばれたので水を取り寄せながらそばへと戻る。気合で掴まれることがあるし、あまり近付きたくないのだけども。先日胸を揉まれて以来ちょっと警戒していたりするのである。
案の定あの長い手でぐわっと肩を掴まれ、水を丁寧に窓の縁に置きつつじとりと睨まれる。ここまで近寄れば血の巡りの良さそうな頬だとか常よりもゆらゆら揺れる眼球だとかがまさしく酔っ払いらしく、きっと肩を掴んでいる手も熱いのだろうなぁと考えた。幽霊なので、引っ張られる感覚以外はほぼわからないけれど。
笑うのを辞めたカマソッソがすとんと真顔になり、鉤爪を使わずに指の腹で私の頬を掴む。やっぱり掴まれるのかと諦め半分、ただ目線を合わせるためだけのような力加減にどうしたのかと戸惑い半分で見つめ返せば、押し潰しそこねたような息と声でぼそりと告げられる。

「お前のような死人は許せん。とてもとても、未練も薄い、願望も薄い、意思も薄い、どこにも行かん。そのようなものは居てはいけない」
「……ここにいるしかないの、です」
「愚かだ」
「すみません」

自覚はある。
それでも、死ぬ前よりもやりがいがあるのだ、あってしまうのだ。それは私にとって縋りつきたくなるくらい嬉しいことだ。
カマソッソの集中が切れたのか触れていた指が頬を突き抜け、その勢いのまま突っ伏して私を通り抜けて羽根を畳んで細くなる。なんか見たことあるなぁと思っていれば「寝る。整備だか知らんが勝手にしろ。戦以外で起こすな、あぁ、あと祭事であればギリ赦す。ギリだぞ」と宣言されてしまえば従うしかなく、こんもりした寝姿から抜け出して交通整備に戻った。通行人は通達でもあったのかいなくなったけれども、野次馬はそこそこ集まっていたので有り難いことに仕事のし甲斐はありそうだ。
必要とされているような錯覚を、この王様は簡単にくれる。



※※ ※  ※ ※
          ※



「幽子さーん、ちょっと訊きたいことがあるんですー」
「はぁい」

ぬるりとドアを貫通して現れた先輩に、私の私室に今現在居座っ……私室を訪問しているであろう面子を訊ねれば彼女がふと消えて、瞬くほどの時間で戻り「溶岩組が揃ってますねー」と報告してくれる。よししばらくは食堂で休もうと予定が決まり、そのまま幽子先輩も一緒に食堂へと誘った。
彼女は幽霊だ、残念ながら飲食は出来ないけれどもお香なら食べられるらしい。カルデアの食堂は英霊から幽霊、一般人から貴族さままで満足いただける仕様である。季節のお香のひとつやふたつやみっつはストックされている。

「お、休憩被るの珍しいな」
「ムニエルさんはフェスの予習?」
「ははははは」
「笑顔で押し切りますやん……」
「幽子さん、今年も二次創作されてるみたいだな。買っとく?」
「あれは私のいいところどりなので別人なのです……読み物として普通に最高なのでお願いしますー、全年齢ののみで」
「わかるー」
「俺なんてさぁ、モブとして顔も描かれないんだけど……体格でわかるし?それはそれでまあ、いいけど?」
「受け容れるやん」

とんでも戦力がいればとんでも作家がいるのがカルデアである。
偉人もののゲームが蔓延る国の文化を吸収し、ナマモノとかそういう抵抗もうっすい環境のためにネタにされるのも取材されるのも日常茶飯事だ。むしろ新作が読めるのが有難すぎて拝み倒したいレベルである。
パンフ見せて、と椅子を寄せたりお茶とお茶請けを寄せたりしているうちに「あ」と幽子さんが呟いてさっと消える。私への呼び出しは鳴らなかったのでそんなに気にせずに新刊情報を眺めていれば、もとのお香と花が飾られた席へとまた彼女が音もなく現れた。

「おつでーす。調査ですか?」
「カマソッソさまが……」
「あー、把握した」
「いやもうちょっと聞いて?」

まぁだいたい予想できるし……と話半分に冊子のページを捲っていれば、絶対に先輩が好きなシチュを見つけたので意気揚々と頭を上げ、遠くを眺めるムニエルさんに色々察した。

「幽子さん……は……」
「あいつは良いやつだったよ……」
「いや死んでますけど?それなんのフラグ?」
「あらおかえり」
「おー、おかえり」
「何も無かったかのようにまぁ……」

不貞腐れたような顔を作った幽子さんは「おかわり貰ってしまいまして」と同じところに呼ばれたことを示唆した。まあそうだろうなと思ったけれど。
それはともかく先輩にページを指さした状態でパンフを向ければ、覗き込んだ彼女が「すき」とキリリと宣言した上でまじまじと文字を追っている。
やっぱり。これ好きだと思った。にやにやと見守っていれば「ん?」と中空を見やる先輩、瞬きする間にも消える先輩、少しして着乱れた姿でどたばた戻る先輩。
ギリ生前の姿も知っているけれど、こうして密に話したり遊んだり手伝ってもらうようになったのは「こう」なってからであるけれども、それにしたってまあこんな姿の幽霊も先輩も初めて見るわけで。

「エロ同人誌です?」
「エロ同人誌みたいに!されてるだろ幽子さん!」
「されてませんが?」
「くぅー、新刊が厚くなるってもんでぇ!あの御仁の触手はどうだい?ぬらぬらかい?伸縮性はどうだい、蛸は好かれてねぇもんで触らしてくんねぇのサァ」
「先生……!」

輝く目を眼鏡で隠し、そっと北斎にカバーをつけた本を差し出すムニエルさんが唐突に現れた彼女に順応してはしゃいでいるのに対し、触手話題が苦手なのか私の背後に隠れる幽子さんにちょっと安心する。この手の話題でこの反応なら、まあ、エロ同人のような事態には陥っていないだろう。胸元はだけてるし髪もボサボサだけど。いや霊体ってなにしたらそんなに乱れるのか。

「で、どうなんだい?どれくらいの長さだ?温いか?ひゃっこくてもイイんじゃねえかと思うんだヨ」
「や…やぁ……」
「獣と幽霊たぁ題材として面白れぇがネタが少ねぇんだ、ほらほら、吐いちまいなぁ?スッキリするぜぇ?」
「幽子先輩泣いちゃった……」
「エロに使われるのはなぁ……わかるよ……だが光栄と思えるようになれば世界が広がるぜ、おすすめだ」
「やぁ……わぁ……」





 ※ ※ ※ ※  
          ※



指を握ったり開いたり、足を一歩踏み出して、あぁ仕事しないとと思って走り出す。
風が顔に、腕に、胴に当たって抵抗する。前へ進むのに労力を割いて、足で地面を踏んで、蹴って、急に後ろへと力が働いてつんのめった。息が苦しいのに驚いて首へ手を這わせ、そこに鈎爪と滑らかな毛並みが触れる。急所を掴まれたことに怯えはなく、それでも固い指先を掴みながら振り返る。楽しそうなカマソッソが腕をゆるく伸ばして私を掴んでいて、そのまま呼び寄せるように引っ張って親密であるかのような距離になる。
他人の体温を感じた。
触れられたところから侵食するように体温が移っていく。
自分の体温も感じた。
締められた首で、息を、脈を意識する。
カマソッソの口がひとつ開く。首の口もぐずりと開き、息の湿度を、声の振動を肌で受け取る。

「お前はオレのなんなんだ」

声は首の口から聞こえた。
首から頬、額、耳を鉤爪が触れていく。余る腕が後頭部から背中から腰まで触れている。
返答すべきか腕を拘束されているのに文句を言うべきかと息を吸って、その瞬間にばしりと突き飛ばされて、悪夢から覚めるように意識が上がる。ああ寝てたのか、とわかるあの瞬間を久しぶりに味わって、いままでこんなことなかったのになとひとり首を傾げた。
ベッドの要らない身であるから、職員向けの寮は断り畑だとかレク室だとかが無人の時間に居座って休んでいたのだけれども、まさか寝るとは。
ひとりで小松菜の上をくるくる回りながら、言いかけた言葉を追いかけようとしてすっかり忘れたことに気付く。
あの甘ったるい空気で、たぶん早めの鼓動で、浅い息でなにを言いたかったんだろうと他人のように考えて、面倒になったので畑に某犬神家のごとく刺さって第一発見者を待った。通りすがりの同僚に普通にツッコまれたのでしずしず起き上がって業務に戻った。普通に恥ずかしい。



23.3.16


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