あしたから子供

※パロディもの












 観用少女、というものがあるのは知っていた。
 金持ちの道楽だ。生きた、手間と金のかかる人形を手元に置いて、愛でては悦に入る卑しい趣味なのだと。
 そんな腐った趣味を冷やかすのも一興だろうと、ほろ酔いで緩んだ脳内で結論付けてしまった。オーダーメイドで頼んだ一張羅が思いのほか気に入ったのもあるし、仕事がうまくいっている実感もあったし、偶然通りかかった店先のディスプレイがなかなかに好みだったのもあった。どうせひとりきりの帰り道だ、何も気にすることなく扉を押した。
 演出なのか薄暗い店内はあちこちから天鵞絨が垂れ下がり死角が多く、肝心の人形が見つからないまま足を進めるうち冷静になってきて踵を返す。

「おや客か。待て。いま茶を淹れよう」

 人工的な甘ったるい匂いを引き連れて、人形のように美しい女が垂れ下がるカーテンから顔を覗かせた、いえ、ともいいえ、とも応える前に女性は顔をひっこめ、控えめに茶器を触る音を立てる。ここで帰ってはさすがに印象に悪いだろうと、仕方なく布を捲って奥へと進む。上品な香りに囲われるように、くだんの人形が座っていた。高級品というのもあるのか両手で数えるには足りないばかりの量で、容姿も雰囲気も様々だ。それらは綺麗すぎるばかりの人間のようだった。
 自分に相応しい客が来るまでは眠ったままだという話は本当だったのだろう。客のための椅子よりもよっぽど座り心地の良さそうな椅子に腰かけて、人の手で整えられたような不自然に整った寝姿を晒して、息をしている。
 それらを眺めやすいであろう配置の席に座って待っていれば、人形のようだけれど確かに生きている女性が盆に乗せたあれそれを卓に並べていく。

「品が品だからな。この店に来る客はそう多くない。その分ゆっくりしてもらえるのだが」
「僕、買えるか分からないですよ。興味本位で入っちゃっただけなんですよ」
「見ていくだけでも構わないとも。あの子たちも私の声ばかり聴いていては飽きるだろう」
「そうかなあ。貴女みたいなひとの声ならきっと飽きないでしょう?」

 お世辞に謙遜も礼もなく、ただ微笑みを返した女性が紅茶に口を付ける。仕草を真似て華奢なカップを持ち上げたんだけれども、飲む気がしなくて香りだけ楽しんだ。香の香りと混じっても不快じゃない。過剰に構われもしないので居心地もいい。二度と来ることはないだろうけど。
 陳列しているというよりは順番でも待っている様子の人形たちに目を向けて、閉じる瞼に無遠慮に視線を這わせる。なるほどそれらは美しく、可愛らしく、誰かに愛されるのが当然という顔をしているやつばかりで腹立たしい。

「……ん?」
「ああ、その子だろう。お前なら気に入ると思った」

 どういう意味だと言及したいのはさておき、確かに気になったものがあった。視線で見ていただけだというのに「夕日のような髪の子だろう?」と言い当てられてしまってはもう気まずくなってしまう。
 頼んでもいないのに立ち上がるように促され、近くで見るようにとやんわり勧められた。ここまで来たらまあ見てやるかと、しゃがんで顔を覗き込んだ。
 気になったのはその笑顔が「鑑賞物」らしくなかったからである。近くで見ようともその笑顔は安っぽく、品がなく、ただのその辺の少女の寝顔のようだった。まあ無駄に幸せそうではあるけれども。

「この子も例のドールなんですか?」
「そうだ。珍しい品種のうえ、職人が変わった奴でな。私も仕入れるときに驚いたものだよ」
「ふうん。貴女が育てているんだとばかり……」
「店は私のものだ。品も私が出向いて仕入れている……ああそうだ、これを渡しておこう」

 今更渡された名刺と交換するように自分の名刺を渡し、しげしげ眺める。スカディという店の名前は店主の名前だったのかと納得してそれをしまい込み、また人形に目を戻して息をとめた。
 −−−−人形と、目が合った。

「…………」
「おや、ふふ、おはよう。私の子」

 親のように声を掛けるスカディに構う様子もなく、ニコニコとこれまた品のない笑みを俺に向けてくる。視界に嫌でも入るそれは大変押しつけがましい。

「この子はなかなか起きなくてね。お前が来るのを待ってたんだろうな」
「へえー、なんとも素敵ですねぇ」
「冗談ではない。世辞でもない。この子が選んだのだ。出来るのならお前に引き取ってもらいたいのだが……」
「えーと、困ったなあ、そんなつもりでこの店に来たんじゃなかったからなあ……」
「そうか……この子を欲しがるものは多いが、選んだのはお前だけなんだが」

 そんな文句誰にでも言っているんだろうと斜に構えて、一度訪れただけで目を開いた人形に目を向けた。改めて目が合えば嬉しそうに笑い、力の無い手を伸ばして俺の服の裾を引く。目の前にも今までも俺しか見えていないように、それらが当たり前のように。

「……人形って、」
「ん?」
「プランツって、目を開けてすぐにこんなにくっつくものなんですよね?」
「いや。この子は一際なつっこいよ。起きてからは拍車がかかっているようだ」

 ふうん、へえ、と相槌を打ちながら、他の人形にも目を向けてみる。こちらはお高く留まってこちらに見向きもせず関心も全くないといった様子で寝入っており、そんなものに執着して身を崩すような奴がいることをしんみり馬鹿らしいと思う。思いながら、どうしようかと悩む。

「観用少女については、どれぐらい知っている?」
「とぉーっても高いことと、買う人間が選ばれる側だってことくらいですとも」
「人形が選んで、その先は?」
「んー、いえ……」
「人形は愛されるために選ぶ。生きるのに必要なものを、必要なだけくれるものを選んで目を開き、その者の為にだけ微笑む。選んだものがその人形を引き取らなければ……」
「引き取らなければ?」
「困る」

 思わず笑ってしまえば笑い事ではないと笑いながら言われ、もう一度育てなおさなければいけなくなる、と寂し気に言う。買い取ってからも途方もなく手間がかかるものが、育てなおされるだなんてどれだけの労力と金と愛情とやらが必要になるのかなんて想像もしたくない。
 くい、と引かれた腕を見れば、目が合ってさらに笑みを深くする人形がいる。俺にだけ笑う人形。そのこと事態が存在証明みたいな、なぁんの役にも立たないもの。
 触れてみれば人間のような嫌悪感はなかった、生き物の癖に。



「買っ……てしまったなあ……」

 枯れることはあれども腐ったり脱走したりはしないというので、まあ、思ったより気に入った雑貨くらいの気持ちで買ってしまった。
 仕事の都合を第一に住んでいるだけの部屋には不釣り合いの大きさの椅子と、俺には不釣り合いの華奢なカップとミルクと砂糖菓子とか、そんなものも買わされたのはなんとなく不満だが衝動買いなんてそんなものだろう。
 狭いワンルームの、ベッドの真正面。デスクを退かさなければならなくなったからパソコンその他の仕事道具は今日から暫し床の上だろう。ともかくは上座とも言えそうな場所に置いた人形は、夕日色の髪を床に垂らしてニコニコ笑って座っている。掃除が心配なので結ってやろうかと近寄れば、頭を上向けて俺の顔を追うものだから結いづらいったらありゃあしない。
 高級だなんだと脅された割には、この人形だけそれほど高くなかった。珍しい種の割に比較的育てやすかったとかなんとか、材料が掛からなかったとかなんとか言われた気がしたけれどもともかくは出来損ないらしい。だからといって量産されているわけではないから希少価値はあるらしいけれど。

「……さて、俺は仕事があるから、静かにな」

 まあ喋らない品種らしいけれど、視線ばかりはうるさいので注意した。今日は引き取ったばかりだから、砂糖菓子もミルクもまだ要らないらしい。愛情ならいくらやっても構わないとかなんとか店主のスカディは言っていたけれどもこれは置いておく。
 数時間ほど画面を睨みつけ、一段落したころに時計を見ればいい時間だ。
 とりあえずの配置ではあるけれど、寝て起きれば目の前に人形がいる状況である。一晩も経てば、熱が冷めて後悔するかもしれない。枯れてしまうのならそれはそれでいいかといっそ楽しみでもあるのだ。返品に関しても事務的に話を聞いたが、そこそこ安い人形だとか関係なく返金額は雀の涙ほどらしい。それは構わないのだけれども、その後の処置については濁されたのでまあ、多少は思うところがあるが、手放せばすぐに忘れてしまう程度のことだろう。
 喋らず笑うだけの人形を一瞥し、もろもろ様子が変わっていないことを確認してから部屋を暗くしてベッドに潜る。いつも寝付けずにゴロゴロと粘るだけの時間が、今日は心なしか少なく済んだような気がした。人形から生花のような匂いがしていたからかもしれない、休日だというのに疲れることをしてしまったからかもしれない、慣れないこともしたし。ともかくなんとも悪くない気分で、目を閉じた。









「こう言っては悪いけれど、僕って飽き性だからさあ、何日かしたら人形に飽きちゃうかもしれないと思っていたんだ」
「そもそもが客らしくなかったぞ。安心するといい」

 ひどいよ、と傷ついた声を出しても客より態度の大きい店長には響かなかったようだ。上品に笑って流して、人形の髪を梳いている。

「よしよし、ちゃんと食べているな。毛艶もいい。髪形だけは面白いことになっているか」
「だって、今まで自分の髪しか結ばなかったからさあ」
「ならばいつものミルクと砂糖菓子と、髪留めはいかがかな」

 カーテンの一つが捲られて華美な戸棚が現れ、引き出しを覗き込むようにと勧められる。断りづらくて仕方なく近づいて覗き込めば、梳って整った髪を見ろと言わんばかりにスカディの膝の上にいた人形が立ち上がる。どうどう、といなしながらいくつか品物を見て、俺でも扱えそうなシュシュのようなものを手に取った。さりげなくシルバーらしいタグが付いているあたりに嫌な予感がする。多分搾り取られる。

「そうそう、最近人形の様子がおかしいんです」
「ああ、電話の件か」
「買ってすぐはこっちを見てくるだけだったんですけど、どうにも最近部屋を動き回るしくっつこうとしてくるしでお転婆になってきていて」
「育てば喋ることもあるし、引き取り手の行動を真似て表情も豊かになるものだ。なにも可笑しくはないよ」

 逃げたり勝手なことをしたりもない、と俺の顔を見て付け足したスカディに安心し、出された紅茶の香りを嗅いだ。仕事の邪魔になりそうであれば処分を検討しなければいけないし、こんな高級品を処分するとなると足が付きそうでそれまた困る。そうなると部屋で枯らしてしまうのが早いだろうけれども。

「…………」
「この子と一緒に食べられる菓子の試供品も入れよう。ずいぶん熱心に通ってくれるからな、サービスだ」
「えっ人間が食べてもいいものなんですか」
「砂糖菓子だからな。言ってしまうとミルクも専用のものでなくとも問題はない。前提として愛情が十分であれば、だが」

 ほああ、と関心しきった声を出せば微笑んだ彼女がもう一袋を紙袋に投入した。普段は俺以外に関心を持たない人形が、ちらちらとそちらに目を向けている。なんとなく面白くない。

「この街にはあとどれくらい滞在するんだ?」
「今進めている仕事が終わったら移らせて頂こうかなあと。どれくらい掛かるかなあ……まあ、それまではここに通わせてもらいます。ツケがきく店だったらもっと来れるんですけど、ねえ?」
「私の愛しい子たちを任せるのに妥協はしない。どうせなら引き取り手も選んでしまいたいのだ……店を訪れる人間を厳選しふるいにかけ……だがそれでは枯れるばかりの子らが増えてしまう……」

 まあ、商売をしていれば何かしらあるのだろう。金持ちの道楽で金持ちが切り盛りしている店だと決めつけていたのだけれど、このようにして美人が葛藤する様は見ていてなかなかに面白い。無料のメンテナンスを受けるため足を運ぶのは面倒だが、本職に関わる話は聞けるし勝手に打ち解けた気でいる店主からはこうして弱味が聞けるしいい買い物だったかもしれない、と思わなくもないのだ。





 何年も掛けた仕事だった。このためだけに生かされていたと言っても過言ではないくらいのものだった。いやそもそもがこの仕事の後の人生を捨てることになるというか、「僕」というものが捨てるための人格だったというか、演じることと息をすることは同義だった。
 そんな大仕事が終わって、軽い気持ちになったものだから明日には引き払う自宅に「自称友人」たちを呼び込んだ。そんなことをしたのは生まれて初めてだった。
 それはよっぽど楽しい遊びなんだろうと思っていた。仕事に必要なもので懐に潜るのが得意だったからちょっと呼べば数人が酒だのなんだのを買い込んでこの部屋を訪れて、知性のかけらもないはしゃぎ方をして、暴れた。観用少女がどれだけの高級品かだなんてこの街の住人なら知っているはずなのに乱暴に触れて大声を上げる。今日に限って結い忘れた髪が邪魔そうだからと、その辺に置いていたつまみの袋を開けるための鋏で適当に切っている。
 人形は、笑っていた。俺以外が見えていないように俺だけを見て笑っていた。目が合わないうちはただ瞼を閉じて微笑んでいた。俺の選択ならどんなものでも許容するとでも言いたげに。俺の選択なら全て許す少女のように。
 元々が引っ越し前の打ち上げという集まりだったから、日付を跨いだころには全員が帰っていった。ゴミも忘れた上着も、人形の切り落とされた髪もまとめた荷物も、等しく乱雑に落ちている。
 業者に頼んでいたので形ばかりの荷物もゴミも置いたままに、人形と着替えだけを抱き上げて部屋を出る。
 ーーその前に、人形のざんばら髪を適当にシュシュで結ってやった。嬉しそうに頭を振って、短くなった髪が顔にぱさぱさ当たるのなんかで遊んでいる人形を落とさないように叱りながら抱き上げて、子どもでも抱いているようにしながら店へ向かった。
 日付も変わって人通りもなく、僅かな街灯の明かりを当てにドアを開ける。さすが高級品を取り扱っているだけある、前もって時間を指定していればこうして対応してくれるだなんてなんて篤いフォローだろうか。寒気がするほどだ。

「こんばんはー、やってます?」
「しぃ。静かに。他の子たちの気が立ってしまう」
「あは、ごめんなさい、ついついね」

 酒は飲んでいないけれど、開放感だとか夜風だとかに当てられたのかもしれない。いつになく高揚した気分で持っていた人形を手渡し、見てわかるとは思ったけれども髪を指さした。

「髪、邪魔そうだからついつい切ってしまって。でも素人じゃだめだなあ、どうにか整えてもらえますか?」
「よいぞ」
「それと、シャワーとか借りれませんか?家のが壊れてしまって……」
「ふふ、初めて訊かれることばかりだ。よい。ゆっくりしてお行き。その間にこちらも済ませてしまおう」

 人形を整えるためか水回りがしっかりしていたので、まあそれでも駄目もとで訊いてみれば了承を得られたのでほんの少しの手荷物を持ったまま風呂場へと案内された。もろもろ片付けて風呂から上がれば腰あたりに衝撃がありまああの人形が体当たりしていた。短くなった髪を自慢するみたいに押し付けてくるから、かき混ぜるように撫でてみる。

「おや。見違えた」
「やあ、換気扇を回したから大丈夫だと思うんですけど。匂いがのこってなければいいけど」

 地毛に近い色に染め直してはみたが違和感があったのだけれど、人形にも人形のような店主にもどうやら好評である。まだ湿っている髪に触りたがる人形を膝に乗せ、促された席に腰を落とした。陳列されている人形が入れ替わっているということは、まあ、他にも客がいるんだろう、見かけたことはないけれど。
 風呂上がりだというのに構わず出てきたいつもの紅茶にいっそ安心しながら、人形の切りそろえられた髪をなぞる。

「話があるのだろう?」
「ええまぁ、この子を返品しようかと思って」

 この店主が驚くのは初めて見たな、と、ほんの少しの優越感に笑いが漏れる。人形は話を聞いているのかいないのか、俺の肩越しに陳列されている眠ったままの人形を見詰めている。

「仕事も終わったし、身軽になろうかなあって。元々仕事が終わったら引っ越す予定だったんだよ」
「なんだ、てっきり殺しにきたとばかり思っていた」
「はは、なにがどうしたらそんな発想になるんですか?」
「つい先日、客のひとりから連絡があってな。何かあったら人形を保護して欲しいと。今朝になって亡くなったのだと聞いたものだから人形を迎えに行ったのだ。だが……客の遺体に寄り添って枯れていたよ」
「それは悲しいね」
「それで、暇になってしまったものだから色々調べた。今朝の客の顧客情報に違和感があったのだが、お前だろう?まあ、証拠も確証もないがな」
「ええー、店長さんはそんなに死にたかったのかな?」
「いや?この子たちを置いて死ぬわけがないだろう」

 ふうん、と嘘も冗談も言っていなさそうな彼女に適当に相槌を打ち、もともと返品の為にと取り揃えておいた書類やら服やら小物やらをテーブルに並べた。指揮するようにたおやかな指が検品しながら、常の雑談と変わらない温度で言葉を重ねる。殺すだの殺さないだのという言葉も当然のように雑談のようだった。

「私は子らの幸せを第一に願っている。引き取り手が善人だろうが悪人だろうが構わない。利益が出なくとも支障はないしな」
「へえ、自慢みたいに聞こえちゃうなあ」
「だから、返品は好ましくない。いけない。起きる前に引き取られた子ならばともかく、目を開き選んだ子であればただ一緒に居られればいいんだ」
「やだね。やっと自由になったってのに。少しでも身軽になりたいんだ」
「重荷にはならないよ。この子はもう。一人で歩ける」

 こんなものでいいか、という言葉とともに服や陶器が引き取られ、幾らかの金がトレイに乗せたまま差し出される。返品での金額があれだとは散々聞いていたけれどもあまりに少ない金額だ。抗議のつもりで彼女に目を向けかけて、目の前が人形の笑顔で埋め尽くされる。もちろん俺の人形である。膝に乗っていたのでは飽き足らず、何か言いたげに顔を覗き込んできてはペチペチ俺の肩を叩く。店主はニコニコと慈愛にでも満ちた顔で「返品の金額はいれていない。変装でも何でもしてどこかへ行けばいい」とスマホと名刺のようなものの束を渡される。アナログすぎる伝達手段にいっそからりとした笑いが漏れてくる。
 
「うっわ……ここってそういう店?」
「まさか。……我が子と引き取り手が穏やかに終われたことへの礼、それとその子の幸せのためだ。お前が終わってもまだこの子は幸せになれない」
「ねえ、俺の都合は?あんたの都合は聞きたくないんだけど」
「お前は死にたがって見える。が、幸せを求めても見える。人形に選ばれそうな人間だ、お前は」

 決めつけられて腹が立ち、腹から湧き上がった熱は虚無感で抜けていった。
 どうでもいい。この仕事のためだけに育てられた俺にとってはもう何も必要ないのだ。
 人形が頭を押し付けてくるのに応えて短くなった髪を撫でつける。そうしては何か言いたげにこちらを見上げる。

「……ああ、そこ、俺も切ったところだねぇ」

 自称友人たちが騒いでいた際、断っては場が冷めるだろうからと断り切れずに、ほんの少し、サイドの髪を切った覚えはある。人体に刃を立てるような生々しい手触り。散っていく途方もなく手間が掛かった糸くず。下卑た笑いの合間を縫って届いた、恋にでも落ちている最中の人間みたいな笑顔。
 これは俺が居なければしあわせになれないのだと、枯れてくれるのだろうと漠然と理解してしまって、どうしてか困った。仕事が終われば「僕」も終わるはずだったのにこの高級品ときたら。
 なにもない。仕事のために生きていたから自分の趣味嗜好すらも知らない。嫌いなものなら数えきれないほどに増えたっていうのに。
 人形しかない。愛情を食べる人形にしか縋れない、ああ、どうして与えた覚えのないものでこれは笑っていられるんだろうか。考えないようにしていたことが頭を占めて思考が鈍る。
 人形が確かな意思を持って俺の手をただ引く。仕方なく、他の目的が何にもないからしょうがなく、それに従って歩いた。スカディに見送られながら店を出て、ふわふわ、何の当てもなく馬鹿のように。何も背負っていないこどもみたいに。




22.2.13


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