現実が降ってくる

お菓子なんかはついつい買って食べていたし、学食は安いし美味しいし、不満というわけではないのだけれども。

「…………!」
「うまー!美味いな、子分!」
「……、……!」

頬とおでこと前足にクリームを付けてはしゃぐグリムを拭いてやりつつ、もごもご口を動かしながら頷く。久しぶりのケーキ美味しい。生クリーム美味しい。スイーツバイキングバンザイ!タッパー必要だった!
一年のうち大半を占めるなんでもない日にパーティをする寮へのお呼ばれ、そんなの甘味が待っているのは確実だろうと期待してくれば案の定である。お菓子もスコーンも美味しい、けれどもケーキとか生クリームとかフルーツとはどうしても別物なのだ、それを久しぶりに頬張ったスポンジで思い知らされてしまった。

「ほら、喉に詰まらせるなよ」
「……んぐぇ、ありがとうございます」
「そんな顔して食ってくれるんならまぁ、本望だけどな。ケーキのおかわりは?」
「はい!」
「はいダゾ!」

二つな、と笑いながらケーキを取りに行くトレイ先輩を拝みながらまたケーキを口に詰め込んでいれば、今度はケイト先輩がにこにこと笑いながら隣の席に座る。厳正に決められた席はパーティが始まってしまえば有耶無耶らしい。

「監督生ちゃんの食べっぷりすごいね、一枚いい?」
「んー」
「オレ様も!」
「はーいケーキ持ってー。……よし、撮れた!あとで送るね」
「んふふふんふんふ」
「ん?これはキッシュだよ。トレイくん、野菜まで映えるように焼き始めてくれたのはいいんだけどさぁ、なんかこう、こそばゆいっていうかぁ」
「んっふ!」
「え、なんて?」
「ふな、んっふ、ふなぁ」
「うーんなんて?」

トマトとほうれん草が花のように配置されたキッシュはなるほどかわいい。もぐもぐ噛みながらグッと拳を握って見せれば、意味が伝わったりなんかせずなんとなく笑ったケイト先輩が目の前のお茶を注いで飲み始める。

「持ってき……なんだ、ケイトもここか。チーズタルトも持ってくればよかったな」
「おつおつー。俺ちゃんはもうお腹いっぱいだからお構いなくー」
「なるほど、監督生撮ってたのか」
「ほあほふ?」
「もう食べてんじゃん、タルト。監督生ちゃんてば甘いの好きなんだねえ」
「ほぁは」
「オレ様も好きだゾ!もっと持ってこいメガネ!」
「ふぉはふりふ」
「あっ今のは分かったよ、コラグリムでしょ」
「ふぁふ」
「でも寮に帰ったら食えねぇし……」
「そうだ。クッキー作りすぎたから持っていくか?」
「むー!」
「いるゾ!」

思う存分スイーツを飲み食いし、たまに隣のケイト先輩とツーショットやらスリーショットを撮られながら満腹になり、挨拶回りもちゃんとしてお土産片手に自寮に帰る頃。
「今度は映えるお店一緒に行こ、おごったげる!」と魅力的な言葉に全力で頷いたけれども社交辞令だとは思っていた。
いたのだけども。





「監督生ちゃん、これ食べれる?」
「食べます。なんですそれ?」
「なにか分かんないで即答?えーとね……うん、甘いやつ!」
「食べますけど結局分かんないんですけどーうっまい」
「よかったー」

しゅわぱちするよく分からない焼き菓子を咀嚼しながら、忙しなくスマホをいじるケイト先輩を見上げる。カフェのケーキにソーダにラテ、先輩のエスコートで回る店の食べ物はどれも綺麗で可愛くて甘くて美味しい。撮影を条件に、というか食べ残したりとかしたくないケイト先輩が撮影しまくるのを手伝うために誘われた私としてはメニューを選べやしないというか、普通に全部美味しくぺろりと食べている。先輩も一口は食べているからまるまるひとつを食べている訳でもないし、何度も店を変えているし結構歩いているしで私はいくらでもスイーツを食べられる。先輩は投稿用の写真のストックがたくさん貯まる。お土産の焼き菓子までもが撮影さえ済めばもらえてしまう。

「しあわせれふ……」
「もー、監督生ちゃん、頬張りすぎだってー撮っていい?」
「ん」
「んっ、真顔はやめて」

んっふと吹き出した先輩の手元はブレまくり、覗き込んで確認し自分で笑ってしまった。先輩に撮ってもらったというのに、こんなに手ブレの激しい写真も珍しい。
それ後で送ってください、と飲み込んでから言えば消せないじゃんと非難のようにからかわれ、その後も次々と店を巡る。デートのようにくるくると店を変えて品物を冷やかして、寮まで送ってもらって「また行こうね」とテンプレートのような挨拶をして別れて、それも社交辞令では済まされずに何度か繰り返された。





「あ。けーくんせんぱーい」

大広間でマブと同寮数名が固まって話しているのを見つけ、グリムを肩に固定しながら駆け寄る。涎を啜る音が耳元で聞こえたので、グリムにとってハーツ寮はイコールお菓子なのかもしれない。私も似たようなものだけれど。
マブから肩パンを受けつつ応戦しながら近付けば、いつもちゃらふわ笑っている先輩がチャラきょとんとしていたのでグリムにやるように目の前に手のひらをひらひら翳す。これでも戻ってこなかったらグリムのように鼻をつつくしかなくなるけれども大丈夫だろうか。

「どうかしましたか、ケーくん先輩」
「……や、ごめんごめん。今日監督生ちゃんと約束してたっけ?」
「なんもないですけど」
「はは、監督生は本当にケイトが好きなんだな」
「はい!」

トレイ先輩の言葉に元気に同意したところ、なぜかマブから悲鳴が上がる。そこそこ甲高いそれに殴りかかって反撃していればようやくいつものように笑った先輩がいつものようにレンズを向けた。
少し先の合同授業のメンバーを話し合い、次は一年と三年でしっかり分かれる授業なのでしっかり挨拶をしてから足早に教室へと向かう。

「あ、ケーくん先輩」
「はいはいなーに?」
「真剣に好きでーす」
「もーうー」

再び上がるマブの悲鳴に照れ隠しの体当たりをかまして、それでも熱い顔を扇ぎながらきゃあきゃあ走る。後ろを振り向く勇気は当然ない。けれども週末には遊ぶ約束をしていて、今度の合同授業では錬金術を見てもらう予約も取っていて、当日が来てしまうのが不安で待ち遠しくて。
授業に身が入らないのが私だけじゃなくマブもだったことが幸いだろうか、補習は仲良く楽しくできてしまった。





「ね、こないだの話なんだけどさ」
「あれですか、激甘と激辛を両立してるクレープ屋さん」
「そっちは期間限定のヤツ終わっててサガるー……ってそっちじゃないんだなぁ」
「えーと、ならあれですね」
「たぶんそれ!」
「リドルドリルで総合点下がりました!」
「下がったんだ?」
「一周して他の教科に手が出せなくて……」
「あー……それはうん、言っとくね……あとそれも違うかな」

その言葉にはて、と首を傾げ、すでに消えつつある一夜漬けの情報が詰まった脳みそで記憶を辿る。テスト明けの喫茶店で嗜むスイーツがごりごりに染み渡る感触とともにうんうん唸れども心当たりは無く、ついには苦笑したケーくん先輩がスパイシーココアを傾けながら「オレのこと好きってやつだよ」と助け舟を出した。そこそこ前の出来事なもので、あぁとすっきりした感覚とともに手をぽんと打つ。

「迷惑だったらごめんなさい。武勇伝くらいにしていただければいいので。ほら、告白回数みたいな」
「いやいや、そんなんあったって……うーんマウントとれちゃうなぁ」
「でしょでしょ」

人生初告白であることなんてケーくん先輩には重みだろう、メレンゲ程度の気持ちで聞いてほしくて笑ってアイスティーの中のゼリーを掬う。水面から出したそれは鮮やかな紫色を失って透明になった。驚いてまじまじと見つめていればシャッター音が聞こえたので、空いている手をゼリーに透かして見えるようにポーズを取る。どちらもいつものテンションだ。落ち着くしスイーツは美味しい。小テストをサボって追試のグリムには写真を見せつけて自慢しよう。

「じゃあコレデートじゃん。やだなあ、もっと気合入った服にすればよかったー」
「それ以上があるのです……?」
「ふっふっふー、ケーくんの本気コーデはこんなもんじゃないよ、みたい?」
「みたいみたい」
「じゃあ今度ね」
「あらデートのお誘いだわ」
「じゃさ、服も見てこうよ。いい古着屋知ってるんだよね」
「じゃあ腹八分目にしないと」

映えとお腹具合を考慮した発言はケーくん先輩のなにかにはまったようで、ふるふる震える彼がカメラを構えるのを諦める。

「まだ、食べる予定だったの、ふふっ」
「別腹は満腹の向こうにあるんですよ」
「女の子は、すごいね、んふっ」
「…………」
「真顔やめっあは、」

告白してから、真顔のケーくん先輩と笑うケーくん先輩を見ることが増えたなぁとしみじみ思う。
いつも笑顔の先輩はもしや怒る時も笑顔のタイプと恐ろしく思っていたけれど、笑顔の割合が多いだけのようだとなんとなく掴めてきた。トレイ先輩に探りを入れれば「あいつ授業中は凄まじく真顔だぞ」と教えてもらえたし、喧嘩になったらどうなるのかなぁと考えてみる。怖いだろうか、可愛いだろうか、もしかしたら面倒くさいかも。どれにしろ見てみたい。

「監督生ちゃんって、いっつも笑ってるよねー」
「そりゃ恋してますから」
「うーんすごい」

すごいね、といったきり話題を閉じた先輩が、こっち向いてとレンズを向けた。スマホで見えなくなった顔へ、おそらく制御がきかないほどのふにゃふにゃ笑い顔を向ける。
そろそろ向かおうか、と立ち上がる彼に今撮った写真を見せてもらおうかと思ってやめた。無様でも盛れてなくても別にいいかと開き直って。





デートを重ねるのはこちらでは付き合っていることにならないんだろうかと期待したけれど、雰囲気は甘くなれども手を繋ぐ以上の接触はない。それだって友達みたいに授業を急かしてきたり撮影のためのポジション直しだったりそれくらいで、頬をくっつけたりはするくせに唇が私に触れることはない。それでも話す機会も会う機会も増えたから親しくなった気はしていて、うううん、と首を捻る。

「ねね、今度この店気になってるんだぁ」
「えっケーキ浮いてる……ええーどう切り分けるんです、これ」
「箒に乗って切り分けてさ、ほらこれ。パフォーマンスもあるんだって」
「おー」

同じ画面を肩を寄せあって観るくらいはもう普通だ。あのかるーい告白をなかったことにされるのは嫌だけれども嫌われたりスイーツを食べられなくなったり遊びに行く人がいなくなるのも悲しいから、なにかできることもなく、仲良さそうな写真ばかりが共有されてたくさん貯まっていく。むしろ撮る頻度がカメラ二台持ちで増えてデータの整理が追いつかなくなってきつつあるくらいだ。いやこの学園顔が良いひと多すぎてシャッターチャンスに歩けば当たるレベルだし。

「それじゃ何時空いてる?」
「明後日はグリムが補習で私は暇ですよ」
「あらー、テイクアウトも調べてこっか」
「喜びますねぇ」

賑やかな食堂でのんびり予定を詰めて、そういえばとエペルくんから貰った彫刻じみたりんごを齧りながら話題を変えるケーくん先輩へと目を向ける。あれ、撮影したし、もう食べていいよね。というかもう歯型ついちゃってるこれ。

「ねね、オレのことまだ好きだったりする?」
「はい。好きですが」
「じゃあ、付き合う?」
「はい」
「……そっかあ」
「なんですその間は。嬉しくないんですか」
「やー、嬉しいよ」

どライトに気になることを訊かれてしまい、反射で受け答えしているうちにあれよあれよと進展している。やっぱり顔面偏差値以外にもこの学園やべえな、と思えども、即答しちゃう私も大概なので反論なんてできない。
それでも嬉しいので赤くなった頬にりんごと手を押し付けて、冷静に振る舞おうとして全然なことに気付いて服の袖でごしごし頬の果汁を拭ったりなどしてしまう。すごい……、りんごの香りがすごいしベタベタする……。動揺が隠せなくてだいぶ恥ずかしい……。

「幻滅したら別れていーよ」
「されるんじゃなく……?」
「される予定あるの?こんなに一緒にいるのに?」
「すっぴんとか……?」
「あはは、オアイコじゃない?オレのすっぴんやばいよ」
「なるほど激レア」

先程お付き合いがスタートとなったとは思えないほどにいつもどおりで、むしろどうしてお付き合いなんて話題が出てきたのか考えていればケーくん先輩と目が合い、にっこりされたのでほっこりした。いっかぁ。





「おっはよー監督生ちゃん!」
「ん」
「はいはい」
「ん!」
「ねえ先輩、あと監督生、そういうのよそでやりな?」

あまりの寒さゆえ、出会い頭のケーくん先輩の大きめ上着に包まれば、酸っぱい顔をしたエースがスマホ片手にそっと諭してくる。たぷたぷと指が動いているのでおそらく遅刻しているデュースにスタンプでも送りまくっているんだろう。同じようにスマホを出してスタンプ攻撃に参戦すれば、プライベート皆無の画面共有状態でケーくん先輩も画像転送で参戦する。

「うっわ先輩容赦ない、ステーキにバーガーにラーメン、えーと……なんか、肉?」
「この店コスパいいんだぁ、今週末行こうよ」
「やったー何の肉です?」
「んふふふ、行ってからのお楽しみ!」
「いやいつまでその距離なの?」
「寒いじゃん」
「そーそー、監督生ちゃんかわいそーでしょ」
「そっかー……じゃねーんだわ!」

いいテンポのツッコミをするエースは本当にいいやつである。
ほっこり心を温まらせていれば待ち人から返信が来たようで、寝坊だとさと代理で読み上げまでしてくれる。そういうところやんなぁとほっこりしていたけれども回されたケーくん先輩の腕がぎゅうと強くなったので「ならグリムたちと先席取るね」と断りをいれてからえっちらおっちら足を進める。

「いや離れないんすか」
「やーだー」
「やだー」
「うーわメンドクサッ」

ケラケラふたりで笑いつつ二人羽織の拙さで食堂までの廊下を歩き、集まる視線は無視して話す。リア充爆発しろとか言われても中指立てれば静かになるというもの。品がないとか言われたけれどもこの学園仕込みだぞブーメランだ。
それもふたりきりになれば変わるもので、相変わらずくっつくしお互いのスマホ画面は相変わらずお互い覗き見し放題だけれどもめっちゃ静かである。空き教室に居座っているので周りはそこそこ、いやだいぶうるさいけど。

「先輩、耳かたっぽ貸して」
「ん?」
「今これハマってるんです、お風呂で歌ったり」
「へー」
「ゴーストさんも私のを覚えてて、でもうろ覚えじゃないですか。背後で空耳アワースタートしてて」
「んふ……」

イヤホンを片方差し出して一緒に聴いて、あぁこれねと当然のように把握した先輩が自分の画面をこちらに見えやすく傾ける。アーティスト名やらアルバムやらがずらっと並ぶ画面にほほうと目を凝らし、好きそうなのはこのへんかなぁとリンクを送ってくれる。

「ありがとうございます、もしかして好きだった?」
「うん」
「私のことは?」
「うん」

あからさまにはぐらかされたことに拗ねて黙ればまた目の前に画面が差し出される。可愛いケーキとドリンクに内装。頭の仲はその店に行くときのメイクと服とで埋め尽くされる。

「こないだのおそろカーディガンなら行きます」
「髪やったげるね」
「私もケーくん先輩の髪やりますからね」
「んー」
「やりますからね!」

また静かにお互い好きなことをしていればすっごい無遠慮に戸が開かれ、それを合図にきゃあきゃあ騒げば「あっやべ」みたいな顔をした生徒がすっと濡れ場でも見た素早さで退室した。なんでやイヤホン共有のデートの約束をこそこそしてただけやぞ正統派やぞ。
人目がすっかりなくなってから小声ローテンションに戻ったケーくん先輩がポトリと私の肩に額を落とす。イヤホンは繋がったままで曲は聞き慣れないものだった。先輩の好きなやつだろうと思い、いいねをつける。

「…………あのさ?」
「幻滅してないんだなぁこれが」
「……ちょっと愚痴ってもいい?」
「話半分でいいですか?」
「そういうとこ好きだよ」
「えっあっうぇっ?録音してない」
「監督生ちゃんのそういうとこ好きだなあ」
「もー!」
「んふふふ」
「あー!あっつい!」

寒くてくっついていた筈なのにお互いポカポカなので、あっついね、あっついねぇとお互い言いながらイヤホンの線がたわむほどくっついた。
これでキスもしてないなんて詐欺ではと不満を募らせつつ、これはこれで別れるときに苦しくはなかろうと、お互いの気楽さを再確認してふへへと笑った。ついに無音になったケーくん先輩の笑い声が肩に響いた。






意外と宴にも甘いものがあることに気付き、モストロへ恩を売ったり写真投稿割引を利用してなんでもない日に招待されればノートと教科書片手に突撃し、私からケーくん先輩におすすめを教えたりられなかったりするくらい馴染んだ。
それだけこの環境に慣れれば気が抜けるというもので、腰回りにぷかぷか浮いているグリムを撫でたり避けたり撮ったりつついたりしながらスマホをいじって廊下を歩く。まぁ慣れた頃が一番危ないもので、いつもなら避けるような乱闘が見えても巻き込まれやしないだろうとスマホを見ていた。ドンと流れ魔法に当たったのに気付くのが遅れ、待ち合わせのやり取りをしていたケーくん先輩が目に入り、三階の階段からポーンと飛び出してしまったことをようやく理解する。待ち合わせは中庭のベンチだったけどな。まさか中空で会うとは。
流石にどよめく乱闘生徒が浮遊魔法を飛ばしてくるけれど、それでも高さがあるわ床は固そうだわで怪我はするだろうなぁと冷静な頭で考える。ちょっと落下が遅いから微妙に考える時間があるけれども私にできるのは身を丸めるとか頭を庇うくらいだ。魔法使えないんだから仕方ない。
どん、と衝撃があってそろそろ目を開ければ、同じ腕が沢山私を支えている。体をほぐして覗えばケーくん先輩数人が私を受け止めたらしかった。

「……あ」

ありがとうございます、と言う前に、ぎゅうぎゅう四人に抱きしめられる。遠慮のないそれは先輩らしくなく、言葉がないのもらしくない。無事に済んだのはいいけれどもこれじゃあちょっと困る。

「あの……えっと?」
「…………死ぬかと思った」
「私が?」
「俺も」
「俺様もだゾ……」

私の腰辺りから噛んで浮かそうとしてくれていたらしい。
ケーくん先輩たちの腕でもみくちゃにされていたグリムを引っ張り出し、ごめんねぇと自由な右腕で撫で回す。あれくらいの喧騒今までなんともなかったから平気だと思ってしまった、少し前までは怖かったのに。

「けーくんは死なないでしょう」
「…………」

四人からふたりに減って、それでもぎゅうぎゅう抱きしめてくる。ほぼ無言である。話さない時間があるのは平気なのに、人目のある場所でこういうテンションになっているのは初めてで、色々と困る。
だってキスだっておやすみ前のおでこだけだし、ほっぺたがうっかりくっつけば照れてすぐ離れたし、迷子防止みたいに手を繋ぐし。いつ離れたって別れたってちょっと寂しくて悲しいくらいでいたかったから。だって私はそれでなくとも急にここに来たいつ消えるか分からない人間だから。
だからこんなに動揺してくれるのが、こんなに嬉しくちゃあ駄目なのに。
ああ、平気でいようと思っていたのに。

「むり……つらい……」
「…………」
「無言やめましょうダイヤモンド君、貴方が無言だと怖いとあちこちで言われてるの私知ってますからね!」
「学園長、それどこ情報です?」
「ウラのアレです!私、学園長ですしそのへんは見てますから!」
「うわむり」

ぺっとりケーくん先輩とくっついて離れないままなかなかの問題発言をコンボで出してくる学園長を睨みつつ、ついにひとりだけになった赤っぽいセットされた頭をぎゅうぎゅう抱きしめる。

「…………」
「うーーんむりぃ……」

偶然近くにいたのか誰かが告げ口したのか、ぷんすこ怒った学園長が生徒数名を引き連れてそばに立って、ぐちぐちと「反省文」とか「治療費」とか「慈善活動」「はい謝って!」とか話していたのでまあ私をふっ飛ばした要因の方々なのだろうと理解した。画面ばっかり見てたので顔は見てなかったけれどもめっちゃしゅんとしている。私にも否はあると思うけれど、こんな事故を起こししてしまうのはどうかと思うし。
ハイ解散!とやたら元気な学園長の号令とともに散っていく生徒を見送り、しずしず場所を移動しつつ抱き締めている状態は絶対に崩さない。

「貴女はそういう子だっただなんて思いませんでしたよ、いやはや、どちらにも言えますが」
「私もです」
「…………」
「あああぁケーくん先輩かわいい……絶対載せないので撮らせて……」
「んもう勝手にやっててください!私優しいので落ち着くまでは目隠し掛けてあげますからね!」
「パパありがとうございます!」
「パパじゃありません!ダイヤモンド君も睨まない!」

こんなんでどうなることやら、と呟かれた無駄にダンディな声に頷きつつ、これからどうしようかと途方に暮れた。
これはつまりは離れても平気な訳がなく、離れないように頑張ってもいいんだろうか。
先輩のインターンのこと、あまり訊かないように頑張ってきたけど訊いてもいいだろうか。
もっと重いかもと避けてた話を、甘いのとか辛いのとかお菓子を寄せ集めて、ゆっくりしちゃってもいいだろうか。
揺らいで伸ばされた手を握り込んで、同じくらい震える手でぎゅうぎゅう握り込んだ。お互いがあまりに冷たくて笑ってしまえば、同じことを考えたであろう先輩も少し笑った。



21.10.20


42

サイトトップ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -