人間であることを忘れるために大切なこと

※R15以上くらい







「意外でしたわ。避けられるかとばかり思っていたものですから」
「何故かね」
「あら、私の口から言えというのですね。分かっていらっしゃるでしょうに」

調理というのは思いの外、手も口も空いてしまうものだ。くちゃりくちゃりと炊いた米を潰しながらレシピの合間に雑談が挟まれるのに驚いたのはこちらも同じで、手と目は止めずに口ばかり動かす。

「厨房に出入りするものとしては『一番美味しいおはぎ』に興味を持つのはおかしくないと思うが……」
「でも、貴方と同じお名前のあの方のことはわかっていらっしゃるでしょう?」
「あれはもはや別人だ。記憶も武器も」

顔と声以外に共通点のない同位体を名指しされ、それも彼のような存在を作り出した現況が隣でおはぎを作っているという状況はまあ、なかなかにおかしい状況だとは思う。七騎以上の英霊が集まり目的を一つにしているカルデアならではと言えるだろうし、それにしても避けられる状況でもあった。
けれども、料理が出来て話が通じるのならば、レシピを訊ねるくらいのコミュニケーションなら取れると思ったのだ。マスターが手放しに美味しいと褒めるレシピを訊くくらいならどうってことはないだろうと。
昨晩から仕込んでいたという餡が取り出されたので、そちらの詳細も訊ねながら舐めるように蠢く手元を眺める。仕草も説明も滞ることなく進む様は見ていて心地いい。

「料理を態々教えた経験はあまりないものですから、至らぬところはご指導してくださいましね」
「十分すぎるくらいだよ。あぁ、ただ、曖昧すぎて全く同じようにできる気がしないな」
「あら。真似なさるのはお得意でしょうに」

まるで口説かされているようだ。拗ねたような声色も、振り向かない視線も、よどみない指先も全て深い意味がありそうだと思わせる。
米と小豆を炊いているのだから食欲に訴えかけるはずの嗅覚すら女の匂いのように鼻孔に届く。
材料選びに下準備、道具、手順、それらすべてを丁寧に、妥協なく。反するように彼女の助言はシンプルだ。シンプルなくせ真似をしようと頭で作業を想定しただけで瓦解していく。

「何も特別なことはございません。用途に合うように食材に触れるだけ」
「普通だな……ううん、参考にはなっているんだが、ふむ……」
「似せようとしても変わるのは仕方のないことでしょう」

流し目に苦笑し皿を出し、調達した葉を敷いて完成品を飾る。緑茶を淹れてしまえばもう料理教室のていは崩れ、ただの休憩になる。彼女もそう思ったようで、ふふと吐息で笑い「まるでオフィスの休憩室ですわ」と温めた湯呑みを指で小突いた。つられて笑い、急須を傾ける。
行儀良く、なのにどうしてか婀娜っぽく座した彼女がぬめりと見上げながら、無人の食堂で息を潜めて囁く。

「ただの料理も楽しゅうございますね。誰かのためだなんて本当に久しぶり」
「生前とは感覚が違うが同意する」
「私がただの娘なら。愛してくれたかしら」
「そうかもしれない」
「私のために死んでくださる?」
「それは無理だ、絶対に」
「ひどいひと」

崩さぬ笑みで湯呑みを囲い「男とする恋話なのにつまらないわ」とぼやくのに笑い、今日の礼のつもりで作っていた人魚の琥珀羹を出せばその目が少女のようにきらめく。こちらの目なら、少しは傾いだかもしれない。ちらりと思ったがそれすらも彼女の思惑という可能性すら考えて、余計なことを漏らす前に口をおはぎで塞いだ。

「む」
「いかが?」
「美味い」
「それは良うございました」


















ぴくりぴくりと痙攣する腹に足を掛け、ぐぅとゆっくりその肉へと埋めていく。汗で吸い付く黒い肌に己の白い足が乗っているのは傍目に愉快だった。遠近法を間違えた絵画だとか、制服の中に混じるスーツだとか、アスファルトに落ちている虫だとかのような違和感に腹を揺らせば、中のものがまた大きく脈打つ。

「まだ。先程からまだだと申しているでしょう」

カルデアの私室は基本窓がない。それでなくとも年中雪が吹き付けて来る天候では昼夜の感覚が曖昧になる。真夜中でもこうこうと灯りを灯していれば、余計に時間の経過に鈍くなるようだった。ほんの少し前に達するのを制しただけなのに、足蹴にしているかれはもう無理だと目線で訴える。長く長く感じていることだろう。

「ほぅら、動かないでいてあげますから。これならまだ耐えられるでしょう?」
「あ、ぅあ、は、」
「言葉も忘れてしまわれたの」

昨日の行為も、一昨日の行為も、特異点でのやりとりも、かれは忘れていく。戦闘の要領のように体には記録が刻まれているのに、記憶には欠片しか残らない。
こんな在り方も存在するのかとカルデアの豊富な人材に素直に驚いたものだけれども、己自身が例外の台頭だとマスターに言われたもので驚いてもいられなくなった。閲覧したデータは生前の知識と経験で「面白いもの」としてカテゴライズした。ここまで世界の際を維持する施設では、イレギュラーがありふれていて当たり前のようでデータが豊富だ。
とりあえずはと、毎日体に触れて痕を残している。言葉で躾けている。毎晩毎晩忘れえぬことをして脳も体も私だけのものにしている。
それでも、私のことは忘れられる。まるで邪魔な記憶だと捨てられるように。

「まだ」

ひっひっと引き付けのような呼吸も、私の声を聞き取るために私が口を開けば途切れる。これは前に教えたこと。腹にかれを埋めたままその顔を蹴りつけて呼吸を乱して教えた。
汗だとかで床にべたべたと張り付いたかれの足をあげさせ、私が楽なように背もたれにさせてからその張った胸に爪を立てる。反らされる視線が恥じているのだと知っている。それ以上に屈辱だと感じていることも知っているし、それを悦んでいるのも分かっている。

「ご覧になって。せっかく照明をつけているのだから。ねえ」

一度縛ってからは許可なく上がらなくなった腕を持ち上げ、己の胸に導く。同時にかれの胸の頂をつねり上げれば、反射のように彼の手のひらが食い込んだ。

「ほら、貴方のここも女のようになってるの、分かったでしょう」
「いや、い」
「何が嫌なのか、仰ってくださらないと」
「あ、ぁあ、ふ、」
「まだ」

不安定な体を這って少し腰を浮かせてかれに乗り上げ、がりりと鎖骨に噛み付いた。びくりと揺れる振動が腹の奥に伝わるけれどもさらに強く噛んで制する。我慢が出来たのを短い髪の生え際を撫で付けることで褒めて、噛み跡をそっとなぞりながら腰を揺らす。胸を潰すように火照った手に力がこもり、痙攣する腹から瞑らないよう躾けた目へと視線を運べば素直に逸らされずにすぐに合う。これは躾けていない。自主的な従属に満足し、かれの腹を踏みつけた足を退かして腹で締め付ける。

「良し」

今は頭が私で埋め尽くされているくせに、気をやってしまって満足して寝てしまえば私のことは忘れられる。傷も記憶も消えて私に支配できるところはなくなってしまう。

「ひどいひと」

毎度毎度教え込むのは楽しいけれど、どうしても食べたりない感覚ばかりが残り続ける。
汗ばむ身体の上に身体を重ねて、は、と自虐に笑った。



21.07.23


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