置いてゆくには深すぎる

「なるほど、君の肉体はここから遠くないところにあるのかな?」
「どうでしょう。最後の記憶が『手に握ったテスターが雪に埋もれかけていた』ところなので、吹雪が激しかったのは覚えてるんですけど……なんでカルデアの壁は白いんですか……」
「ステルスが仇になるなんてね!予備電源に余裕があれば非常灯も見えたかもしれないが、過ぎたことはどうしようもない。今後このようなことがないように対策は練るとも。それで君の現状についてだ」

天然冷凍状態での蘇生の難しさだとかコフィンの空きがないことだとか、発見が遅れたことがさらに蘇生の可能性を著しく低下させてしまったことだとかを丁寧かつ淡々と説明を受ける。まるで診察でも受けているみたいだ。今現在私の体はないけども。ここ笑っていいかな。
怪物偉人だらけのこの施設で私は普通の人間だなあと自覚しながら生きてきたけれども、非常事態になって人生で一、二を争う重要任務を言い渡された瞬間にこのざまである。もう少し詳しく説明すれば、ライフラインすら怪しまれるほどに爆破された施設の為に降雪が飲料に適しているか調べる過程で凍死して幽霊になった。幽体離脱ならまだよかったけれど、つい今しがたダヴィンチちゃんにとどめを刺されたところだ。

「君の魔力は幽体になって初めて生かされるタイプだったようだ。こうしてテスターの結果を届けるという目的も霊魂の位置づけを助けているね」
「はあ」
「さて、君は仏教徒かな?それともキリシタン?」
「いやな予感がしますね」
「霊魂のままコフィンが空くのを待つのはもちろんだけどね。ほら、いざってときは希望聞いてられないだろう?一応だから、一応」



こんなやり取りの後に「猫の手も借りたいんだ、ちょっと手伝ってくれるかなありがとう!」とモニターの監視を言い渡され、本当にひどい職場だとしみじみ思う。いや非常事態なのは分かってるけども。お経の確認を小声でするのもやめてほしい、そんな害あるのが当たり前みたいな……霊って死んでからひねくれるところもあるんじゃないだろうか。

「という訳で消さないように英霊さん方に言っといてください」
「おっけー!」

とても話の早いこの子は、人類最後のマスターなんてたいそうな肩書付きの後輩であり新人である。担当部門はがっつり違うし先日配属からの強制レイシフト、あれなんかもう状況を冷静に確認していくほどに途方もない環境なんじゃないかと怖くなってくる。まあ私には今更失うものはないけども。物理的に。
状況が安定したら私の体を捜索して蘇生可能か確認されるらしいけれども、ともかくは生き残った職員の安全確保が優先だ。壊れた設備の補修に食糧問題、医療班の疲労軽減にそもそも根本的に取り掛からないと生きるか死ぬかどころですらない人理修復。また似たような襲撃……内乱?がある可能性も視野に入れつつ、あれやそれやと救援も望めないままやることは尽きない。生傷だらけの後輩だって落ち着いたらすぐに食料を求めてのレイシフト。生きるのって大変だなあ、と、しみじみ死んでから思う。笑えないのが残念なジョークだ。英霊の誰かなら笑ってくれるだろうか。うっかり消されかねないので訊ねようだなんて気は起きないけれど。
肉体からスポーンと離脱した私は衣食住の心配だけはないけれど、先程までいた部署の仕事が全くできなくなってしまうという地味な問題は立ちはだかっている。多少の怪我なら働かされている職員ばかりで、ただじっと漂っていろというのも気まずいししたくない。
なら何ができるのか、と悩んで行きついたのはアラームだった。ラップ音とかはまだ習得していないけれど、声なら霊感云々問わず全員に聞こえるのも確認済みである。

「コフィン数値に変化ありですー」
「何番?」
「A列の3から5です」
「了解、んー、これ終わったら二時間寝かして……」

椅子から飛び起きた同僚に返答しつつ憐みの視線を浴びせれば、苛立たし気な舌打ちが返ってくる。睡眠不足とはこうも人を苛立たせるのかとしんみり感じ取りながら、邪魔にならない隅っこの空間へ避難しつつモニターを監視する作業に戻った。不安定に揺れる数値がある程度安定していったことから、どうにか中の状態を保てたらしいと安心する。じゃあ二時間後、とあくび交じりに立ち去る同僚を見送ってからそっと交代人員の票を確認した。二時間後は起こしに行かずに次の当番を呼んできて、適当な時間になったら彼を起こそうと決めた。自動スヌーズ機能でも搭載していないと、目覚まし以下の扱いをされる日も近そうなので。
二時間きっちりモニターをがっつり見つめてシフトの穴をしっかり埋め、引継ぎ時に前の担当の疲れた様子を伝えてから部屋を移動する。まだ物を動かすことはできないけれど、壁抜けは出来たりするがそれはそれ。私の信用のためにもできる限りドアもしくはドア付近を通って移動している。人感センサーのドアはどうしようもないので抜けさせていただいているけど、大目に見てほしい。衝突事故だとかは起きようもないのだし。
いくら疲れない眠くならない体質を得たと言っても、中身は変わっていないもので飽きだとかの感覚は生きている、いや残ってるというべきだろうか。延々眺めたモニターから解放されてまず向かったのは食堂だ。人間も英霊も幽霊もお世話になっているそこ。
ゆらゆらと、歩くこともなく漂う感覚で人にぶつからないよう到着したそこで、まあ食事はとれないので中空の端に陣取って寛ぐ。

「お、幽子さん今日もいたー」
「おはよー立香ちゃん、ごはん?」
「寝坊したので食べながらミーティングです……」
「あらー、言ってくれれば起こしに……いけなかったなー今日は。監視してたなー」
「ダメじゃーん」

すっかりため口に冗談を言い合える距離になった人類最後のマスター、立香は、幽霊の私も認めるゆらゆらした足取りでトレイをとりに行く。筋肉痛があ、とうめいているのでまあそういうことだろう。前線に出る彼女は普通の現代っ子で、いくら生き残るための対策を立てても立てても足りないくらいだ。身体能力だって急には上がらない。世界の異常は彼女の都合なんて待ってくれない。彼女だけが彼女の命を守らなければいけなくなることだってきっとある、幸い英霊という優秀過ぎる先生がここにはそろっているので成果はすぐに出るだろうと思われる。

「幽子さん、私のここ、空いてますよ!」
「わーい幽子テーブル入りまーす」
「マ、マシュ・キリエライト、先輩の左脇にて待機します!」
「はいはい、幽子さんもモニターチェックに入ってもらうから説明は必要だからね、気合入れて聞くように」

己の保身のためというか、幽霊だけど実害ないよ!というアピールもかねてのあだ名「幽子」は驚くほど浸透している。細々とした努力の甲斐もあり「まあまあうんこんな状況だしこんな施設だしモンスターじゃない幽霊くらいいても可笑しくないんじゃないかなー?」くらいに意識改革は進んでいる。ならなんで彼は彼女は幽霊にならないのか、なんて話が出たりもしたけれど、まあ何も言わずに飲み込んでストレスを溜めるよりはと容認の方向だ。私が聞かないようにすればいい。というか私以外の幽霊とか怖いじゃないか、私が幽霊なのはともかく。
最初の事故のようなレイシフトは置いておき、今後は基本計画を立てての作戦実行となる。前回の反省点もあーだこーだと話しつつ缶詰の品評会も時折挟んでまずいと評判のものの処理方法も話し合われ、今日の目標は『食料調達と英霊の強化素材の確保、それと怪我をしないこと』と決まりその頃には立香ちゃんは食後のサプリをもぐもぐしている。健康第一だからこそのその光景になんとなく胸が痛んで、幽子さんの分も食べるのよと頭を撫でてやる真似事をしたらすごい何ともいない顔をされた。それもそうか、重すぎるかこの話題。

「ではまず種火の回収、そののち万全に近い体制を整えたら第一特異点にレイシフト開始でいいね」
「はい、ごちそうさまでした了解です」
「うんうん。日本式の礼儀正しい挨拶だね!数名の英霊は独自で食料調達にも向かうと進言があったから帰ってきたら美味しいご飯が待ってるぞう」
「やったー」
「私は食べれないけどやったー」
「キミは自虐ネタをものにするのがはやいなあ?」

ここで私の役目が回ってくるわけである。触れないけれども声はしっかり聞こえるから、英霊の方々に声掛けをして作戦開始を伝えて回る。アラームとか呼び出しとか色々手段はあるけれども、たまに返答も出来ないぐらい立て込んでいたりするから地味に必要とされる役割だ。嬉しい反面たまに出合い頭に除霊されかけるから怖い思いもしている。

「ロビンさん、レイシフトですー」
「あー了解、済まねえなわざわざ」
「そう思うなら十字切るのやめていただけたらと思うのですけれども」

ははは、と銀の装飾を指先で回しながら立ち去るロビンさんを見送り、アステリオスさんも呼ぶため声を掛ける。十字も切られないし銀も飛んでこないし彼は安心できる人材だ。反射で腕が飛んでくるけれども幽霊に物理効かないって本当だったので問題ない。アーラシュさんにはびくっとされ、マルタさんには聖水を掛けられそうになりながら伝達を済ませる。バタバタ走り回る職員とともに無音で駆け回り、できうる限りの準備を整えて指令室に戻れば、もうマスター他を送り出した後だった。キーボードを叩く音と静かな数値を読み上げる声、指示を出す声が部屋に満ちていた。私も存命ならそちら側だったはずだけれども、今はモニターを見て「後ろ後ろ!」とかヤジに近い声をあげるくらいしかやることがない。むしろ近づきすぎてひんやりされてビクッとさせてしまってヒューマンエラーを誘発しかねない。
食堂にでも行って備品でも数えてようかなあ、と霊体を反転させかけて、ダヴィンチちゃんにちょいちょいと指だけで呼ばれたので極力物にも人にも触らないように寄れば、どうぞどうぞとでも言いそうに隣の空間を指さしている。いやいや居ても出来ることないしと思って首を振って見せたけれども、今度はドクターが指示を出しながら同じ空間を指さした。
こういうところがあれなんだよなあ、あれ。照れくささとか少しの居心地の悪さを感じつつ、ありがたくメインモニターの前の特等席に落ち着いた。恩返しではないけれどもドクターの仮眠は秒単位で守って起こした。一回だけならスヌーズ機能も搭載することにしようとそっと決意する、まあ時間に余裕があるときだけの機能だけれど。



※ ※ ※

「冬のテーマは幽霊にしましょうかな」
「幽霊同士の恋の話か?前提として心中を使うなら別名義にしておけよ。あれが有名すぎる」
「心中して誰にも反対されなくなったけれども触れ合うことすら出来なくなった恋人たちの短編と、それぞれが別の裁きを受けなければいけないために天使に引き割かれるロミオとジュリエットの新作とかどうでしょう?」
「えー、私一作目が好きであればあるほど続編は避けます。公式って逃げ場がないじゃないですか」
「馬鹿め。何のための二次創作だ」
「続編はつまり二次創作だった……?」
「まあまあ、暴論はともかく気楽に構えて読んでくださればいいということですよ。代金はもちろんいただきますが」

聖水も十字架も寄越されない、ついでになにかしらをモニタリングしていなくても罪悪感の沸かない貴重な空間はまあ交換条件付きで、それすら今の私には有難かったりする。気分転換というか、寝なくてもいい体は気持ちの切り替えが苦手になる。
一晩中コフィンに張り付いていなければならないほどに緊迫した時期は過ぎたので、夜にやることがない。なくはないけれども私じゃなくてもいい、そんな時間が少しずつ増えていた。もともとの役職も分野も関係なく配分される仕事に慣れたのはもちろん、英霊の皆さんが得意分野をサクサクと応用してさらに職員の負担が減ったのだ。余裕ができた彼らは喜びむせび泣き、睡眠時間を確保するのも容易になったことで幽霊のアラーム機能なんて必要なくなった。幽霊と電子機器は相性がいいと聞いたけれども、修行という名の暇つぶしによっていろいろ頑張ったが見張る以外にはまだエンターを強く押すくらいしかできないのだ。ピンポイントで叫び声のお届けなら幽霊一週間目でできるようになったのに、なかなかに進展しない。
「さぁとりあえずネタになりそうな情報をよこせ。浮遊霊といえどもただで部屋に居座るのはどうかと思うのだが……なあ?」
「ですなぁ?我々としては独り言に返答があるだけでもありがたいのですが、まあそこに次回作のヒントがあればさらにいい!」
「ショバ代置いてけ!」

ショバ代とか言われなくともお礼はする気はあったのだけれど、うん、進んで提供しにくい雰囲気にされても困る。それでも疚しい身の上だ、すこし複雑な気持ちになりながら近況を適当に語っていく。正直どれがネタとして使えるものなのか判断できないので、なんか一言しか言っていないのにすごい長文を書き込まれるのも納得はいかないなりに慣れたものだ。出来上がった原稿を読めないのは大分悔しいけれども。
深夜にコフィンを監視していたら何かしらが落ちたり扉を叩くような音がしたことだとか、深夜に食堂で聞いた職員たちのみに流行っている流行の保存食アレンジだとか、そのまま職員たちで抱かれたい英霊格付けが始まったりだとかそれに私が幽霊視点での秘蔵情報を加えたりしたことにより票の変動が大きく起こってしまったとこだとかを話していれば、私が乗ってきたのを堂々と遮された。ここからが抱きたい英霊部門で楽しいことになるのに。

「職員たちの趣味嗜好なんぞは聞き飽きてきた。お前自身はどうなんだ」
「ある男性職員の頬を赤らめての「レオニダス王……かな?」はガチっぽくて私もときめきました」
「そっちの需要は分かっているがオレの新作は幽霊の女と馬鹿な男の恋愛だ!こっち関連のネタをよこせできれば今すぐに使えるようなちょうどいいやつをひねり出せ!」
「いやそういわれましても……心臓がないとこう、本当にときめいたのかちょっと自分でも信用ならなくて」
「おお、いいですなそれ。そういう現実味のある表現はリアリティが生まれるので好ましい」

ときめかないのなら視覚的な何かはないのか、英霊なら誰が有望か、そもそも霊体が好みになったりしないのかなどなど自分でも考えたことのない質問が左右から挟まれるように高速で飛び交う。そりゃあお世話になっているしできる限り協力したいとは思っていたけれども、うん、多すぎて疲れる。身体はないけど普通に精神に来る。
霊体で恋愛はできるか実験して書籍にするべきだと何故だか責められて説教までされた。恋をしない幽霊のほうがおそらく一般的だと思うけどまあ話を聞いてくれない。幽霊同士がいいのか死因は魅力になるのか、人型がいいのか獣でもありなのか。
幽霊でも精神的には疲れる、それが分かった途端にネタにされることが確定して、散々情報収取という名の気分転換に遊ばれてしまってなんかもう避難じゃなくなった。今度ここを訪れるのは締め切り間近にしてやろう、アラームとしてしっかり分刻みで騒いでやろうと決意した。英雄だからと恐縮しない後輩の神経やべえと思っていたけれどもなんだか親近感も沸いてくるというものだ。




※ ※ ※


「今目を瞑ったら寝る、たぶん朝まで起きれない、でもここだけ終わらせないと寝れないし今から誰かに引き継ぎしたらそれこそ寝る時間が無くなる」
「まるっと明日で良くないですか?」
「八割がた終わってるからなんか気持ち悪くてね、ほら、どこまで読んだか分からなくなった本をもう一回最初から読むくらいなら徹夜したくならない?」
「え、寝ます」
「嘘だ……君は本当にカルデアの職員なのか……」
「寝ないと翌日の作業でミス増えちゃってたので。なにがなんでも寝ます」
「効率かなるほどねえ。ところで今何項目めかな。ちょっと目が霞んできちゃって画面端が見えづらいんだ」
「寝ましょうよドクター。医者の不養生って知ってますよね?」
「明日は定期メンテのあとに診察の予定があるんだ……メンテはレオナルドに任せられるけど診察はボクじゃないとほらあれじゃないか」
「あれ……本業を見失う的な……?」
「はははは違うなあ」

生前はメディカルスタッフのお世話になっても彼とは話したことはあまりなくて、業務連絡を話す時の印象は「焦る人」だった。こうして深夜に寝ないための対話役をこなすようになりそこに天然という印象も最近追加されたけれど。
ドクターはぐわんぐわんと頭を揺らしポニテを揺らし、画面を睨みながら瞼をこじ開けている。先程までここにいたわれらがマスターと話している間はまったく眠そうなそぶりがなかったというのに、管制室に幽霊と数人の職員しかいなくなった途端にこれだ。ダヴィンチちゃんはこれまた休まず別の作業をするためにここにいないけれど、ただの人間は休みなさいとドクターの肩を叩いていったのだ。あからさまに無理をしている、焦点が定まらないどころか頭の位置も定まっていないのに。引きずってでも医務室か仮眠室に連れて行ってくれそうな人員は現在周りにはいなくて、私なんかは会話とちょっとヒヤッとするところから顔を出すくらいしかできることがない。いっそ狙ってるんじゃないかと思うほどにこういった行動を繰り返しているのを知っているのは私とダヴィンチちゃんくらいだろう。

「あとひとつ………ボク、これが終わったら饅頭口に入れたままベッドに入って寝るんだ………」
「窒息死しないようにしてくださいよ、可愛い後輩が泣いちゃうじゃないですか」
「ボクの墓前には饅頭とケーキと熱い目覚ましのコーヒーと黒糖を備えてくれ……」
「それ原材料ですドクター」
「っはー終わった!!モニターの監視とアラームだけ任せるから明日の早朝会おう諸君!」
「いえいえもっと寝てくださいよロマニ」

まだまだモニターを睨んでいる職員さんに「ドクターが行き倒れないように頼む」とジェスチャーで指示され、ゾンビのような足取りの彼の横について壁が迫るたびに騒ぐアラーム係を務める。やはり私室にも医務室にも向かわずにすぐ隣の医務室に向かう背中に「もう少し右」だとか「今度は左、行き過ぎてます半歩右に戻ってそのまままっすぐー」だとか声を掛けながら無事洗い立てのシーツのベッドへと誘導を済ませれば倒れこんだなり深く息を始めた体はどこからどう見ても睡眠を欲していて、けれども目はぱっちりと開いて私を映している。

「いや寝てくださいよ」
「うん」
「明るいと寝られないなら……」
「ああいいんだそのままで」
「では速やかに寝ましょう」
「ああ、うんそうなんだけど。もうちょっと話していかないかい?」
「私ほど暇な職員は居ませんよ」
「はははそれ面白いね」
「消音設備はつけましょ。周りの迷惑になりますし」
「自室で寝てない職員がいるのかい、明日口頭で注意しないと」
「ブーメランですねえ」
「幽子さんて名前どう思ってるんだい?なんかこう、中途半端じゃない」
「話が飛びましたねえ」
「だってさあ、これだけすごい顔ぶれなのに、ゆうこさん……安直で、ふふっ」
「はあ?夢に出てやりますよ」
「それだとボクが君のマスターみたいだね」
「英霊だなんて申し訳なさすぎ居て死にたくな……え、ここで寝ます?嘘?」

よっぽど脳みそを使わない会話が睡眠導入によかったのか、会話の途中で唐突に寝息を立て始めたドクターが死んだように寝入ったのを確認してから管制室に戻る。悲しいかな生前よりよほど仲良くなった職員たちとこれまた睡眠防止のための会話をする。寝たくても寝たくなくても会話が利くとは何とも不思議なものである、人間ってどういう仕組みで成り立ってるんだろうなんて議題を打ち出してみたら秒で後悔することになったけれども。眠気がどこかにいったのはよかった、うん、各分野の専門家がそろったところであいまいな話題を振った私が全面的に悪かった……。



※ ※ ※

「幽子さん幽子さん、ちょっと恋バナしませんかね」
「なにリツカちゃんまで。流行りなの?みんな原稿に追われているの?」
「わぁその一言で誰に同じ質問されたか分かるー。おつですー」
「おつおつーそれでなんで恋バナ?」
「癒しのためですともよ」

ふむふむなるほど、と状況を理解したことを相槌で表し、ついでに態度でも表すために彼女の隣の壁に寄りかかったポーズをとる。この壁ドンなら一人でも幽霊でもできるためにいつかしてみようと狙っていたのだ、ここしかないと確信したのでようやくくり出せた。まあすぐに「幽子さんそれめり込んでますよ」と言われてしまってから諦めて定位置である生きてる人間くらいの高さで浮かぶスタイルに戻したけれど。精神衛生上は常にこれくらいの高度が望ましいが、実用性を重視する研究者がひしめく管制室では大体頭上待機だ。普通万歳。

「こんな状況じゃ戦略とか救急とかそういう話が日常会話に混じるじゃないですかぁ、そうじゃなくて、こう、身にならない話をしたい気分がここ数日で高まっていてなんかもうこれは話さずにはいられないくらいになったのはいいんですが、いい感じに手が空いてそうで話が合いそうなの幽子さんかなあって」
「普通だ……!」
「えへ!」
「それでどうなの後輩ちゃん、顔?性格?ていうか第一パーティーにいたりしちゃうの?」
「幽子さんなりきりはっや。えー、顔は言い出したらきりない職場じゃないですかあ、やっぱいざというときちゃんと庇ってくれるひとかな?へシアンみたいな」
「顔が無え」
「幽子さんはどの顔好みなんですー?ねえー」
「うーん、なんかこうなってからは肉体から興味が離れてきたんだよねえ……いざというとき頼れそうなのは胤舜どのかなー」
「それ中身っていうかお経目当てじゃないですかやだー」

手と手を重ねて、は無理だけれどもエアーで手を組んできゃいきゃい声を上げる。食堂の片隅でこんな会話をかましていようものなら女子女子したサーヴァントが乱入してきてもおかしくなさそうなものだが、今日は見張りにでも立っているのか気配はない。いや一度だけ食堂のアーチャーさんから差し入れで紅茶とクッキーが届けられたし紅茶の香りの線香まで置いてもらった。わあ気遣い。
それにしても恋から遠い。テンションだけはちゃんと女子らしくなるようになけなしの生前の記憶をなぞっているけれど、そろそろ被った猫が剥がれ落ちてしまいそうだ。
どうにか話を盛り上げようと宙を見据え、お互い面識があって年齢も離れておらずはしゃげそうな話題を模索する。英霊はなんか危険な感じがするのでこれ以上は掘り下げないようにして……となるとあとは職員だとか整備士だとか、一番身近で話す回数が多いのはオペレーターやドクターだろうか。
先日の寝言のようなやり取りを連想して思い出し、ついふふと笑う。

「幽子さん思い出し笑い?珍しいので詳細お願いします?」
「ドクターの介抱してて……ふふっ」
「恋バナですね」
「え、別に」
「なんでや! そんな顔しといてなんでなんや!」
「おい後輩、君の……そう、槍のないほうの彼を見つめる癖について語らせてもらおうか」
「いやいやいやいやですから今日は寝れたのかなとかわたしの編成とか指示とか可笑しくなかったかなとかご飯口に合ったかなとか」
「かっこいいなあとか好きだなあとか今日の髪形大丈夫かなあとか?」
「あー!!あー!!!」

両者傷つけあう事しかできない、泥仕合に突入しかけてきたのを察してかすぱっとと現れたマルタさんが「喧嘩は広いところで、ここは食堂!甘いものでも食べたり嗅いだりして落ち着きなさい!」とパイとココアを置いていってくれた。無事落ち着いた両名はもちろん話題を戻して捻って恋バナ再開である。

「自分より顔がべらぼうにいいってそれもうアイドル枠に入らない?」
「もう顔を身近で見れるだけでありがたいみたいな、成仏できそうみたいな感覚ね、うんうんわかるわかる」
「いや成仏はちょっとわかんないっす」
「え、困ったな……この感情の伝え方が今の私には最大限なのに……」
「恋に恋する乙女らよ、キャットの手だけでは足りない局面が訪れたのだが。その寝ている者どもを問答無用で起こせるマジカルひーんやりハンドですら借りたい所存。謝礼は三日三晩祈祷されてなんかもう恨みの念まで込められているとかいないとかのありがたいのかわからなくなった最高級線香でどうか?」
「わぁいやりますー」
「あああ、先輩が食欲に散っていった……」
「マスターには中途半端に余っていた茶葉で作った紅茶クッキーだワン!」
「あああぁー抗えないー」

その程度の情熱しか持てないのだ我々は、と、ご褒美を噛みしめて癒された。





※ ※ ※


「こんにちはドク……こんばんは?ん?」
「もうおはようでいいんじゃないかな。ほら、僕たちって朝も夜も関係ないし」
「元気な後輩ちゃんにはそんな薄汚れた感覚を身に着けてほしくないので正確にしましょう。ええと……」
「はは……じゃあこんばんは」
「なるほどこんばんは。元気皆無の笑顔ですね」

一応は参考にしようと窓も見たけれど、相変わらず外は吹雪だ。そこそこ長くここに住み込んで、ついでに言うと幽霊になってからは持て余した時間を各方面の観察に費やしていたのだがそれでもさっぱり白い風景から時間を測るこつはさっぱりわからない。

「では夜中の三時にどうされたんです、ドクター。夢遊病ですか?ダヴィンチちゃんさんに教えるので合ってるのかなこれは……医者の不養生?」
「いやあー、なんだか眠れなくて……彼には黙ってくれないかな、もう少ししたら寝るつもりだったんだ、本当だよ。うーんさては信じてないだろうその顔」

そんなことないですぅ、だとか適当なことをいいながら、彼の後ろについて一緒に散歩する。なんせ夜は暇なのだ。
ふう、と吐かれる息が白く煙るのが見えて、深夜帯の廊下の暖房が緩められて節約モードになってるのを知る。気温なんて幽霊にとっては景観と変わりないものであってさして気にしなくなるのだ。この事実はすでにネタとして作家陣に上がっていたりする。どのように使われたのかは怖くて聞けていない。

「身体が冷えたら眠れませんよ」
「頭が熱っぽいからいいんだよう」
「え、末端冷え性は大丈夫なんですか」
「や、やだなんだか恥ずかしいな!もー!」
「急に女子にならないでくださいよ、もー」

本来ならこんなに気安く話せるような身分ではない、いや、なかったというべきだろうか。サーヴァントはもちろんのこと、こういう魔術師の集まる施設は身分制度とか職種の壁とかが強固なのが当たり前で、生前の私のような下っ端なんぞの身分ではドクターに治療を受けるくらいはともかくこんな深夜の徘徊散歩に雑談なんてとてもじゃないけどできなかっただろう。私が暇になって、彼が極端に多忙になって、一人の時間をこんな風にしか取れないという状況だなんてどうしようもないくらいに特殊だけれど。あれ、もし一人になりたいのなら私邪魔じゃないだろうか、と心配になって壁にめり込むように気配を消してみる。まあそれでもいつもより覇気のないポニーテールは見えていて、それがゆらゆらして一応は探されているのだろうかとちょっとほっこりしていれば消え入りそうな声で本名を呼ばれたので素早く戻った。

「はいあなたの幽子さんですよ」
「わっびっくりした……目、覚めそうになったじゃないか……」
「ドクターって私の名前知ってたんですね」
「職員の名前くらいなら全員覚えてるさ」
「うーん減点」
「なにが!」



※ ※ ※

※ ※






「身体の蘇生のめどは立ったよ。だが落ち着いて聞いてほしい、君は生き返れるけれども生き返れない」
「はあ」

急に名指しで呼び出され、人払いまでするのだからそんなことだろうとは思っていたし、うすうす感づいていたというか、次々に蘇生されるマスターやら職員やらを見ているうちにそういうこともあるだろうなと予想していたことだった。まあ私に予測できることだってこの天才は分かっていたのだろう。驚かない私に苦笑して話をさくさくと続ける。

「うーん……つまりね、肉体は生き返ることができる。一回は死んだけれども死因が良かった、現在の設備なら余裕で治療できるし待ち時間もないよ」
「病院だったら一番うれしいやつですねえ」
「ま、そうなると君の霊体が行き場をなくすことが分かっちゃったんだよぇ。いろいろ調べられちゃったからさあ」
「まあー」
「人理修復までの期間は特殊過ぎたんだ。君の霊魂は君の肉体が停止したと判断し、それでも行動するために肉体から乖離する手段をとった、そしてそれは君の性質に向いていた。つまりはっきり言うと君は正真正銘の幽霊になるということだ!生霊が一番近いかもしれないが、完全に別のものとなるから『冷凍され、蘇生されて起きる君』と『一年間我々とともに戦った君』はまったくの別ものとして存在できてしまう。生きた人間のオルタ化だ」
「ドッペルゲンガーのようなものですか?」

どうにか咀嚼しようと身近な何かで例えてみるも「これから話す内容には近いけど、ちょっと惜しいんだよなぁ」と微妙な反応をいただいてしまった。

「相対したときに肉体という盾を持たない君は消えるだろう。確かにドッペルゲンガーに近いだろう?姿を見ると死んでしまう」
「そっかあ」
「……話しておいてなんだけど、君。あんまり驚かないね」
「なんとなく分かってましたから。生き返れたらいいなあ、とは思ってましたけど、『私』が知るはずじゃなかったものが多すぎたんですよ。全部持っていくことはできないだろうなって。まあ肉体なんぞに負けるのはなんとなく悔しいですが」
「幽子になってからの君はイキイキしていたね!」
「猫被ってたの体と一緒に捨てましたからね!」

こんな結末でも笑えるのは私だからだ、沢山の天才と秀才と神様と英雄と普通でしかないひとと沢山話した私だからだ。身体が元気に猫を被って大人しく生きるのに不満はない。ただこの記憶が消えるのが惜しくて惜しくてたまらない。
それならこれからするべきことはほとんど決まっている。消えたくないのなら、逃げるだけだ。

「……行く当てはあるのかい?ないのなら、ひとつ、お願いがあるんだけど」
「行きたいところがあるんです」
「そうか。野暮だったかな」

完全に分かっている。これはしっかりはっきり分かっていての探りだった。
にやにやと含みだらけの笑顔を向けられる。ここにあの後輩がいたなら「恋バナの気配を察知!」だとか言いながら参加してくれるに違いない。残念なことに今は忙しくて席を外している。いややっぱり残念じゃない恥ずかしいからこれで良かった。

「一声くらいかけてくれよ?」
「はあい。蘇生まではいますから!ぎりぎりまで!」
「なら君の蘇生は後回しにしようか」
「こんな時、どういう顔をしたらいいのかわからないの」

んっふと笑う女史につられて笑って、明確になったカウントダウンに背筋がひやりとするのを誤魔化す。いや体ないけど。
人理修復がなされてしまえばこの意識なんて必要ないのだということだろう。必要があったから、幽霊の手でも借りたいほどに忙しかったから肉体から離れただけの私が存在できていた。それが当たり前であるはずがなかった。それだけだ。私には思い出だけ。ほんの少し幽霊に向いてただけのモブだ。

「そうそう、彼の新作は読んだかい?君の本体に読んでもらったって君だとは悟られないような内容で器用に書かれてたよ」
「え、なにが」
「どんなに甘酸っぱい悲劇だろうと自分のドッペルゲンガーのものだとは思わないだろう、うん、君の良き友人たちもあえて話しはしないさ」
「え、ここからいなくなる前にデータ消してやる……!」

宣言通り、むしろ差し迫った期限と今までの人生と幽霊生活で感じたことのない危機感に才能を開花することに成功し、サイコキネシスを身に付けて目覚まし時計としてのグレードアップを図ったり、恋バナの人数を増やしてイエスノーで投票を取って女子力ナンバーワン決定戦を開催して予選落ちしたり、増え続ける英霊に相変わらず除霊されかけたり気合で消した詩編の弁償を求められて生身の私に丸投げしたり、なんだかんだと数か月が経てば私の蘇生の番はすぐに回ってきた。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


あの日もアナウンスの為にモニターから見ていたけれど、本当に何もないところだなあと思う。あの寒かっただろう夜に眺めた吹雪の空よりも視覚情報はありそうでなくて、空席にある指輪は時間が関係ない場所の影響か、観測をぎりぎりまでしていたあちらの施設の影響かは分からないけれど少しだけくたびれて見えて、空は見たことのない星座ばかりで眺めていて飽きない。今のところは。
誰もいない瓦礫ばかりの空間はただただ寂しい。唯一寛げそうかつ無事な建造物には動かしがたい指輪が鎮座している。まあ相変わらず体がないので何も関係ないけれど。いやさすがに霊体だって空席と認めづらい席に座る気はない。
誰かにぶつかることも、誰かに見咎められることも心配せずに椅子の上にぽかりと浮かんで目を瞑る。不思議なもので、目玉も瞼もないし『幽子さん』になってからは眠いという感覚すら忘れていた。仮眠を取りにゆらゆらとベッドを求めてさまよう職員たちを高みから笑っていた身分である。
明るくも暗くもない。寒くも暑くもない。そんなところでひとりで眠っているドクターはなんだかかわいそう。そんな簡単な動機でここに来ることを選んだ。まあもともと私の肉体が元気に活動している世界に『私』の居場所はない。行きたいところもなかったし、あの夜だとかの幽霊のわたしにしか向けられないような顔が気になって気になって仕方なくてとても成仏なんてできそうもないし。
確かにドクターは私を見て怯えていた。なんでだよと勝手に傷ついて突き詰めて、死が私を通して見えるのが怖いのだろうとあたりをつけた。きっと少し違うし、少しは当たっていたと思う。まあこうなっては答え合わせも出来ないしどうでもいいか。
ただ行く当てをなくした私が、ここが良くなったというだけでもいい。
そばにいたいだけ、なんて言ったらあの後輩はなんて言うだろう。恋だと判定するだろうか。心臓がないとどうにもわからない。
目を瞑る。誰もいないし何も聞こえない。あの人がいた気配だけ、ここに居ることを許されているみたいで心地いい。



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