縹色の帰路



思えば短くも濃厚な人生だった、と、ぺたぺた歩みを進めながら考える。

平々凡々に送ると思われた人生が一変したのは高校生の頃だ。二年生に上がってすぐあたり、何でか知らないが目が覚めれば棺の中に詰められていて出てみれば魔法が当たり前の世界だった。そんな設定の小説やゲームは好きだったけれど実際体験するとだいぶしんどかったなぁ。特に着の身着のままだったことが苦労を加速させた。パジャマじゃなくて式典服に着替えていたのは良かったのか未だに判断がつかない。その日に寝るための服はなかったけれども大勢の前を走ったり転んだり逃げたりしたもので、一応はちゃんとした服装だったのはまぁ少し精神衛生上優しくなくもないというか。パジャマで走り叫ぶ姿が記録なんてされていたら辛すぎる。
まあそこからなんやかんやあって衣食住と基礎知識と基本の魔法とかを提供してもらい、なんやかんやお家騒動やら寮長とのデュエルやらに巻き込まれて賑やかに異世界生活を送ったりして。
……異世界だと思いこんでいたそこが『私』から見たら過去で、現代に残った貴重かつ強力な魔術具のバグで私がその学園に飛ばされたことが分かって、未来に帰る方法が分かったのはいいけれど二度と『こちら』には来れないと分かって結局踏ん切りがつかなくて二年くらいその過去の世界の学園で過ごしちゃって。
自分の時代に帰るときだって、たくさん悩んだ。私がここに来たのは意味があるんじゃないかなんて自惚れて、事実あちこちの騒動に頭を突っ込んでは顛末を見守って、でも正直私が居なくてもきっとなんとかなったんじゃないかなとそのうちふと気付いてしまって。
そうしてさっぱりした気持ちで帰ったのだ。思い残すことはないと。現代に戻ってこの苦学生生活と浴びるように勉強した失われた技術を活かして、ちょっとは平々凡々から抜け出した人生を目指そうと頑張るつもりで戻ったのだ。
まさか現代で復学して二年でぽっくり死んでしまうとは。勇者でなくとも情けない。

ここは地獄だろうか天国だろうか、曇り空は青白く朝か夜かもはっきりしない。しかもその色合いから変化はなく、光源もはっきりしないのでなにもわからないままだ。
少なくともこの世ではなくてあの世だろう。ぺったんぺったん裸足で硬い岩を踏みしめ、大勢の人間だったらしい人影の行列と速度を合わせ物思いに沈みながら進んでいく。服装と年齢は様々なのに顔色は総じて真っ青なのが面白いというか、連帯感あるというか、まぁ私の顔色も真っ青なのだろうなと勝手に親近感を持つ。
皆なんとなく無言だ。砂漠のようなここが何処なのかだとか緩やかで細い下り坂の行き先を訊ねるものも疑問を持つものもいない。魔法が消えた現代でも、死んだ先に神様に裁かれることは誰も疑わないらしい。正直こんな空気なんて壊して軽口叩きたいけども我慢し粛々と歩く。そもそも乗ってくれそうなひとが見当たらない。
現代の生活よりも大昔だったらしい学園のどたばた生活をゆったり思い出しながら歩くうち、広陵とした風景は岩山だらけになり、岩肌に申し訳程度に削って作られた道をこれまた静かに進み、そのうち見えてきた大きな青く光る川を横目に手摺もない崖っぷちの道を粛々と進んだ。青い灯りといえば学園の先輩である彼を否応なしに連想させる。
そういえば、彼にだけはもとの『世界』に帰るのではなくてもとの『時代』に帰ることを伝えたのだったなぁ。懇意にしてくれていたのもあるし、ほんの少し下心もあって。引き止めてくれたのならもう一年くらいこちらで過ごすのもいいかなとか考えてたのだけどもいつものイデア氏だったから思い残しもなく帰っちゃった。死んだ今なら現代なんて戻らずにあの時代で一生を過ごすべきだったのではないかと思ってしまう、そうしたら魔力不足に弱った体でぽっくり死ぬこともなかったかもしれない、現代で妙に寂しい気持ちを抱えて消化する間もないままに死ぬこともなかったかもしれない。まあ終わったことはどうしようもないことだ。笑い話のように振られてしまったあれと合わせ二重の意味で。
傷みもしない足をなんとなく引きずるようにしてるうち、岩と川しかなかった風景のなかにぽっかり人工的な城のような門のような建物が見えて、ああ終点だなと理解する。背後にも横にも私が進んできたような舗装が粗末な道がたくさんあって、その全てがその建物のやたらとでかい門に繋がっている。
それにしても人数多いな、これだけ歩くのが遅い行列が何本もあるし中に入れるまでは時間が掛かるだろう。やだなぁ、体は疲れなくても気持ち的には疲れるなぁとぼんやり進行方向を見ていれば、ふらふらと青い光が人混みに紛れているのが遠目に確認できた。もしや誰か川に落ちたりでもしたのだろうか、水を浴びただけでそんなに目立つなら面白いしいっそ私も一浴びして時間を潰してもいいかもなぁとぼんやり考えているうちにもぼやぼや光る人影は行列に逆流してこちらに迫り、見覚えのある色合いに懐かしさを覚える頃にはそれがイデア氏であることが分かった。
え、と漏らした声は布とかその体とかに吸い込まれ、え、ともう一度零す声は目の前の彼の嗚咽に混じって消える。

「ああ、やっと死んでくれたぁ……!」

いや酷くないですかそれ。
不意打ちでぎゅうぎゅうと抱きこまれた体は息ができなくなる。死んでいるので困らないかと思いきやそうでもなく、制止するための言葉が紡げなくなってしまった。ともかく口を動かしてアピールしようと思っても腕は緩む様子がなく、ならばとその背中をポコポコ殴ってみるけれど「ひぃいい無理無理クソデカ感情とかいうやつ都市伝説じゃなかったわどうしよあー周りの目が痛いとりあえず監督生殿落ち着けるとこにいってくれますまいか。いやいやむり拙者先に死んじゃいそうむり移動しようねよいしょお」と一息に言われたかと思えば今度は脇に手を入れてライオンの赤ちゃんのように持ち上げ掲げられたまま移動され始める。赤ちゃんじゃない私はひたすら恥ずかしいので顔を覆いたかったが掴まれた場所の問題で叶わず、無関心なのか突っ込む言葉が見つからないのか虚ろな青白い様々な方々に見送られながら建物へと収監され、そのまま建物内も滑るように移動しなおかつなんだあれという視線を浴びながら何処かの部屋へと入る。薄暗いと暗くて見えないのちょうど間ぐらいの照明の部屋に下ろされ、積み重なった疑問を彼にぶつけようとして振り返って諦めた。

「ひーっ、ひーっヒッゴフッ、ゲフっうぇっひっー」
「うっわ大丈夫ですかイデア氏……」
「み、水、奥のテーブルの、上の冷蔵庫……ひぅっ」
「はいはいどうぞ。たぶんこれで合ってますよね、はい飲んでー、ほらゆっくり吸ってー、吐いてーもうちょっと吐いてー」

ドアを背中で閉めて力尽きていたイデアは前のめりにめっちゃ息を切らしていたし、そのままの姿勢で懐かしく思えるような呼吸困難を起こしている。その背は確かに大きくなっていて自分の知るイデア先輩よりも大人に見えて、けれど喋る言葉も仕草もついでに言うと咳の感じも変わっていない。懐かしい、と言うには私にとってあまり時間が経過したわけでもないけれど。
喉を大きく鳴らしながら水を飲む喉仏がおもちゃのように動くのを楽しく眺め、彼の呼吸がどうにか普通と言える域になるまで背中を擦る。ついでに周りを観察すれば、やたらと広くて薄暗いけれども応接室かそこらへんのいい部屋のようだった。何かあったらとりあえず部屋から出よう賠償金とか言われたらめっちゃ怖い。切り売りする身もないのにどうしたらいいのか、いや考えるよりまず避けるべき。
顔はうつむいたままのイデアが、背中を擦りつづける私の腕をがっしりと捕獲するみたいに掴む。そんなのには慣れてしまっているのでぽんぽんとその腕をなだめれば、記憶よりも固くて質量があることに少し驚いた。私にとっては彼に会わないのは二年だけれど、こちらではどれくらいか私は知らない。少なくとも青年だった彼が大人になるくらいは経ったのだと手のひらで感じ取った。そろりと上げられた顔も記憶とはあちこちが一致しなくて、それでもイデアだった。
腕を捕まえた勢いと同じくらいの唐突さで顔を上げたイデアはしっかり私の目を見て、すぐに反らして、すっかり初対面の頃のような挙動不審であっちこっちと私の顔を交互ぐらいに見ながら口を開く。まずはそこまで落ち着いてくれたことにほっとした。

「そっそういえば監督生殿、拙者のこと分かる?ほら身長伸びたし髪型変えたし制服も着れる歳じゃないのですがイデアですぞ。あっほら。髪燃えてるでしょ」
「分かりますよ、イデア先輩。そんなに変わってないですよ。それより先輩こそよく私分かりましたね、あんなにひと……ひと?がいたのに」

薄暗い部屋の光源になっている髪を懐かしく眺めながら首を傾げてみせる。顔を直視されなくともこれなら通じるだろう。
そろそろ掴まれた腕が痛みを訴えてきたので少し抵抗してみたが、肘付近から手首付近に移動しただけで開放まではされない。まあ痛くはなくなったのでそのまま話の先を待つ。

「オルトに顔認識システム搭載してここに向かう亡者の顔は一度スキャンしてもらってた。はじめは精度に不安があってオルトをカメラと繋ぎっぱにしてたけどここ百年くらいは他の作業をしながらデータ照合できるまで軽くできたし結構自信作。あと動作パターンも入れてある程度の刑期を測るようにしたから受付の人員も削減できたしねだいぶ反対されたけど。浮いた人件費はちゃんとここの改装とかに回したんだから黙っててほしいよね、考え方が古いやつは脳みそも古くて固いらしいよはぁーやだやだ」
「なるほどハイテク。ていうかオルトくんもいるんですか?会いたい!」
「ちょっちょっと待って一時間くらい」
「あらー、忙しいんでしょうか」
「そうそうそう、うん」

かくかくと適当に頷いて私の目を見ないときは嘘をつくときの癖だった。
また変わりのないところを見つけて、知らない場所に連れ込まれてしまってもなんとなく気が抜けてしまうのだから恐ろしいというか、そういう戦略なのかと疑いたくなるというか。

「監督生殿、一人称変わった?前は自分って言ってて『あ、同士』ってすぐわかったのに」
「イデア氏なんて縦も横も変わってるでござるよ。口調は全然変わりないけど」
「仕事中はもうちょっとラスボス意識した口調に決まってるじゃないですかぁー。今は……」

懐かしくてつい、と呟いたきり、イデアが私の肩に顔を埋め込んでフリーズする。頬が青く照らされて眩しいくらいで、目を瞑ってから彼の肩に同じように頬を寄せた。
私を振ったくせに。帰らないでって引き止めなかったくせに、こんなに好意を表されたらまた愛おしく思ってしまう。
それきり、私を振ったくせに抱きしめていたイデアは黙って身体を寄せたまま、扉の外が騒がしくなるまでじっとしていた。





「えーと、私があの学園に通っていたのはだいたい五百年前で?」
「正確には五百一年と三ヶ月くらいかな?」
「イデアは神様になってて?」
「概念としてはそうだけど、役職としては百年単位で冥界を取り締まる社長が近いかな。それも兄さんが進めた改革のお陰なんだよ!」
「オルトくんも一緒で、どっちも五百歳を越している、と」
「もっと正確に言うと……」
「あ、いやもうちょっと噛み砕く時間ちょうだい」
「了解しました。飲み物いる?」

じゃあ冷たいの、とソファの肘掛けに頭を乗せたままオルトに手を差し出せば、ヒヤリとした感覚に腕の間から覗き見てみる。指先に当たるのは得体のしれないメーカーなれども見るからにエナジードリンクで、イデアの飲んでいるものだろうと簡単に想像できてちょっと笑う。ついでに混乱した頭も少しすっきりした。
私の些細な変化も見逃せないオルトはにっこり笑い、記憶に違わず無邪気な仕草で私の隣に腰を下ろす。どんな素材なのかわからないけれども二人がけのソファは全く振動を伝えなかった。いや、そもそも私に肉体がないのだから当たり前だろうか、ならこの飲み物もそもそも飲めるんだろか……?と悩んでいるうち、缶を掴めているんだから飲めるはずだなと開き直って口をつけた。うん美味しくないけど元気でそう。

「そういえばオルトくんは変わらないね。お兄さんはああなのに」

私の知るイデア氏よりも体格のいい、ガリガリと評するには少しがっしりした姿と削げた頬を思い出して問いかける。当の本人は私を連れ込んだ扉の外が騒がしくなるのと同時にオルトを呼びつけ、ごめんなさいを連呼しながら弟と入れ替わりに部屋を出ていったきり戻ってこない。上のように記憶と時系列のすり合わせとかできるので退屈ではないのが救いというか。
とりあえず疑問をぶつけるしかない私に嫌な顔もせずに、オルトはあぁそれはねと私の知るトーンと仕草で答えてくれた。

「それは兄さんがそういうふうに作ってるからだよ。年相応……も違うかな?役職相応のパーツもあるんだ。でも兄さんは成長したし少し老いてもいるから、監督生さんが分からないんじゃないかって凄く不安そうだったんだよ。ならボクの見た目を前みたいにしようよってボクから提案したんだ」
「重いね?」 
「こっちのパーツの方が軽くて動きやすいよ!」

ははは、とここ一年ほどで身につけた乾いた笑いで話題を切り、ドリンクをまた口に含む。重いのは君のボディじゃなくてイデアと君の選択だよとはとても、とてもとても言い出せない。とても無垢にぴょんぴょん跳ねる様は癒やしだうん。
私にとってはたったの二年が、彼らにとっては五百年。実感はといえばイデアの成長した体のみ。そうして私は死んでいる。
どたばたと手足を持て余したような足音が聞こえて、それが一旦扉の前で止まり静かになる。数秒の間をオルトと無言で目配せして埋め、なんとなく無言で扉の向こうを見据えていると神経質そうな細いノックが数度響く。ニッコリ笑うオルトに促され「どうぞ」と声を掛けた。そろそろと現れたのは予想通りイデアで、なんでか仕草まですっかり私の記憶どおりに戻って帰ってきたようだった。

「あ、あ、あ、居る、うわ……」
「蜂とかいた時の反応ですよねそれ」
「監督生さんは刺さないよ、兄さん」
「ひぃ、ひぃ、ひっ、ほほほほほ、ほ、本物……?」
「さっき思い切り抱き上げてきたくせにね」
「そうだよ兄さん、認証画像送った瞬間監督生さんだって叫んで走り出したの兄さんじゃない」

ハヒィ、と息を吐いたきり膝から崩れ落ちた限界オタクのような彼の腕を二人で持ち上げて室内に運び入れ、挟み込んで観察する。目が合いそうになるたびにヒィと引攣れた声が上がるのは心配になるけれども面白い。

「先輩、冥界の神様になっちゃったんですね」
「いいい、い、嫌?」
「実感がなくて。死んだことより実感ないかも」

触れられたのならと指を伸ばして、小さくなろうとする彼からはみ出た手に触れる。びくりと揺れた手はそれでも振り払いはしなくて、むしろひっくり返って私の手を握りこむ。そんなに痛くはないけれども視覚的には痛そうなくらいに握りしめられていて不思議だ。

「監督生さん……って呼ぶのは相応しくないね。うーん、どうしよう?」
「別に名前でも……」
「ダメ」
「だめ」
「あっはい」
「あ、いやあの、ちょっと都合悪くてごめんなさいローカルルールみたいなのリアルにあるとか不便すぎるだろ改宗したいわーしんどいつらい」
「ならレウケはどうかな?」
「じゃあレウケさん」
「その心は」
「冥界の伝説の美女でしょう」
「採用、私今日からレウケになるわ」
「まあ悲劇の美女っすけどもね。攫われて弱ってタヒっちゃう」
「やだ不吉……あっ、私死んでるじゃん」
「とりあえずレウケさん、機会を見て兄さんの部屋に移動してもらってもいいかな。確認事項とかあると思うし、ちゃんと話せるところにしたいんだ」

この部屋はイデアの部屋だったりしないのかと少し意外に思っていれば、私の顔から思うところがあったらしいイデア氏が「ちょっとした空き部屋を私物化してました、いやサボったりとかできないからね神でもデイリー免除なんてないしここで息抜きというか本業してたっていうか」と言い訳を連ねる。この建物の構造も今のイデアの立場もぴんと来ていない私からすれば結局なんにも分からないけれども、とにかくは就業時間になれば人が減るからとそれまでこの部屋で待機しようかという流れになった。
オルトもやることがあるからと一旦立ち去るようで、寂しい思いを抱えながらふたりを見送る。

「あっそうだ」

くるりと踵を返したイデアが、素早くしゃがんで私の手を取る。真っ直ぐに見つめるのは再会してから初めてで、改めてまた会えたのだと実感して、まだ好きだなぁとも実感して、手首が重くなって目線を落として「わーお」と間抜けな声が思わず漏れた。ときめき吹っ飛んだ。

「これで逃げられないからね、どこにいてもちゃんと分かるから」

早口で、目線ばかりとろとろと感情を乗せて、私の手首に嵌ったスマートな手錠を撫でてから早足で部屋を出ていく。ばたん、がちゃんとしっかり施錠の音を聞いてから、もう一度「わーお」と言ってみた。いや誰も聞くひとはいないけど。
少なくとももう片思いではなさそうだと確信はしたが、まあ、どうしようかと考えながら手首にはまったものを眺める。よくよく見れば細かな青く光る装飾が綺麗で彼の髪のようで、指輪のようにも思えなくもないと自分に言い聞かせてみるもやっぱり。

「おもーい」

手錠を見つめながら横に倒れ、ソファに転がる。いやデザイン可愛いし細身で軽い手錠だけど。
まあ、結構嬉しかったりするので、ひとのことは言えない。ゆるんだ頬を揉みほぐして、訪ねたい事や言いたいことを考えて薄暗い部屋で彼が明かりを灯すのを待った。









「君にもう一度会うためにはこれしかなかったから」

どうしてこんな感じになってるんですか、とざっくりと訊ねれば、目線をあわせないまま、けれどもずいぶんと情熱的な声で告げられる。
私が見つめてはにやにやしていた錠は足首に移り、結局青く光るそれを撫でてはにやにやしていたらやっと諦めてもらえた。それを触るのがすっかり癖になっていて、むず痒く笑いながらひんやりするそれを撫でる。

「二、三十年とかならまだしも、あ、でもそうすると監督生殿が超絶幼妻になってたのですなふひひひ解釈違い過ぎて笑える」
「ねえ」
「マレウス氏なら余裕で現役だろうけどボクにはこれしかなかったから。正直死ぬほど辛かったけどオルトも居てくれたし。それに、ほらあのええとあれがあれでですな、」
「そこを詳しく」
「んー…………!!」

ソシャゲと勤務を同時にこなしつつ、大きな背中がぺしゃりと机にくっつく。天蓋の仰々しいソファから立ち上がって机の横にしゃがんで覗き込めば、唇を噛んで真っ赤になって両手を抱える彼と目が合った。まあ、合わせたとも言う。

「私はイデアが好きですよ」
「んー……!!」
「まあイデアが私のこと好きじゃないなら諦めて実家で適当に生きて忘れようと思ってたけど」
「そこは振り向いてくれるまでとか健気系で行くとこでは?陰キャの攻略ですぞ?」
「帰るか一生帰らないかの二択だったからね。失恋するならベストのタイミングでしょ」
「だっておかしいでしょうボクみたいなやつに告白してくるなんていたずらか動画投稿に決まってるってそうしか思えなくて断ったわけじゃなくて、いやほんとにそう聞こえたかもしれないけどそんなつもり無かったのに監督生殿がいつの間にかいなくなっててどうしたらいいのか分からなくて、だって」
「まだ聞いてないことあるんですけど」

あうあうと早口を忘れて髪で顔を隠す彼に、私は言いましたけど、と追撃をする。ついでに髪を掴んでいる血管の浮いた手の甲をちょんちょん突けば、ぎしりと音が鳴るほど強く両腕を掴まれる。力加減もできないくらいに慌てた彼は、顔ももちろん余裕も何もない。私が好きな真っ直ぐな視線がぺしゃんと落ち、私の手にこいねがうように、おずおずと小さく唇が触れる。

「も、もう、ボクの前からいなくならないで下さい……」
「ちがーう」
「いやいやいやいやむりむりむりむりむり」

触れるのに戸惑いはないくせに、と、押し付けがましく思うけれどそこも好きなのだから仕方ない。
両腕を掴まれたまま身を寄せれば彼の上半身が仰け反り、それを幾度か繰り返せばまあそのうち密着に成功する。

「そういえばこの間、すれ違いざまに子豚ちゃんって言われたのですが」
「は??誰それ。バンするわ。管理人権限であらゆる電子データ消すわボーナス配布した上で回収して消してやるわ」
「またローカルですね」
「ローカルです内容は黙秘」

私も当事者やぞと粋がるよりも無意識にまわされた大きな腕が重要なもので、その腕に思う存分寄りかかってやる。もちろんげきおこのイデアはぎゅうぎゅう抱きしめてくれる。
こうして触れ合えているのなら、差別とか死者とか神様とか、そんな些細なものはどうでもいいんじゃないだろうか。彼もおそらくそうなのだ。私が死んであんなに喜んでいたのだから。
だからまあ、あのとき振られたこともそのあとすぐ死んだこともそれがどうやら彼からの呪いが噛んでいてもまあいいかと思えちゃうのだ。五百年待つとか、そんなバカみたいな告白まがいのことをしてくれたことは救いのようで。
その間の空白を知りたくないと言えば嘘になるけれど、一緒にいるうちなんとなくくらいはどうせ理解できるだろう。時間はたくさんある。
大きな腕は今更囲い込んだ私に戸惑い始めたので、さらに密着、というか当てるようにしがみついてやった。足枷が彼の髪色を反射して、それにまでダメージを受けた彼が耐えきれないように呻く。それが全部私の体に響いたから可笑しいし嬉しいしでちょっと泣いた。

「あああああかかか監督生殿ぉおおうぅうっうえ」
「責任とってね」
「と、とるから泣かないであっしょっぱい」
「パニクるかスケベするかどっちかにしてよもう。というか名前いいんですか」
「もう監督生でいいですどうせ僕には監督生に監督されるのがお似合いなんだ神とか似合わなすぎてワロス」
「ほら私救ってるし神様神様」

私を殺した神様が私を抱きしめて泣いている。



20.07.16


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