ハッピーエンド寄りの悲劇

足りない。
落ち着いてゆっくり数えても、混乱したまま数えたときと変わらずに一人だけがどうしても足りない。
ダヴィンチちゃんと話しても、食堂でいつもの面々と一緒に食べてもデザートからは席を変えてみても見つからなくて、どうしてだろうねとうんうん唸りながら考えた。そもそもいつからいなくなったのか。

わたしは考えをまとめるときに「もう一人のわたし」をこしらえることが昔からあった。天使の私、悪魔担当の私、冷静な私、欲望のままに暴れる私。まあ要はそういう人格というか担当があったというだけの話だ。カルデアなんてごろりと生活環境が変わる就職先では治るどころかいっそうはっきりくっきり人格がたってしまって「やべーんじゃねーの」と思ってドクターに相談したりもしたけれども「それで冷静な判断ができて、あの、その……個性の強い彼らと渡り合えるならむしろいいんじゃないかな!」とちょっと引き気味のお墨付きをいただいていたし、メインの「わたし」はゆるぎなくはっきりしていたし困ったことはなかったのだけれども。
そのうちの一人が足りない。明確に名前のある人格なんて立派な存在じゃないから発見が遅れたが、確かに欠けた誰かがいるはずだった。
エミヤと話しても家事に興味のあるわたしが話す、ちゃんといる。アルトリアや鈴鹿と話していても淀みなく編成の話ができたし、エリザちゃんのライブから逃げるのにも不都合は感じない。マリーちゃんとサンソンにも優雅に会釈してもにやけて誤魔化すわたしを茶化すわたしもそろっていたし大丈夫。
でも足りない。別に一人くらい顔を出さなくったって困らない気がするけれども、放っておいてもいい問題ではない気がしている。これはそこそこ感のあたるわたしからの見解である。
そんなことをわたし会議で決めたとてわたし一人の手がかりなんてなく、そもそも家出……わたし出?なのかもわからない。単純にどこかのわたしと統合したのかもしれないしなんとなく消えたのかもしれない、ともかく探すべきと騒ぎ立てるわたしがいるというだけでカルデア内をうろうろ徘徊するのもどうなのかと楽天的なわたしは休憩を訴え始めた始末だ。いやいつもかこのわたしは。
今日は素材の整理と歴史の勉強にすると嘯いて、足りないわたしをうろうろと探し回る。ジャックにお母さん面をかました後に図書室で専門書をしこたま借りて、好奇心旺盛なわたしがそれを読むのを楽しみにしているのをマシュとはしゃぐ。何から読もうかと話しながら廊下を歩いていればマーリンとすれ違い、重そうだねという一言でわたし達の抱える本を一瞥して終わった人外に腹が立った。
それだけじゃなく引っかかるものがあったりしたので、わたしの抱えていた本もマシュに託して踵を返す。マシュならマイルームに運んで年代別に並べ替えたりまでしてくれると知っているし謝るならお茶とお菓子も用意してとむしろ楽しいけれどもそれどころじゃない。

「マーリン!」

そんなに急いでいる風には見えなかった割には後姿が遠くて確信する。これは疚しいやつ。主にわたしに対して謝ろうか悩んでる時のやつだ。

「マーリン、わたしをひとり連れてったでしょ。返して!」

ふわふわ揺れていた後ろ髪がゆらっと止まって、ホラー映画の遅さで振り返る。ちょっと思い返せばわけが分からないだろうわたしの言葉に、明らかに意味が通じた様子で誤魔化す顔をした。

「ええー、一日で気付いたのかい?」
「いやマーリンが犯人なのやっぱり!」
「そんなに居るならひとりくらいよくない?」
「嫌だよなんかこう……なんか嫌!」
「なんだか洗濯物を一緒に洗わないでって言われた父親みたいな気分だ……」

通路でわぁわぁ騒ごうとも珍しいことでもなく、傍目にはわけが分からないであろう応酬をわぁわぁ続ける。ほぼ日常的な光景だ、取り合いになっているのが人格なんてつかみどころのないものじゃなければの話だけども。シンプルに奪い返せる物だったらここまでの苦労もないだろうに不便極まりない。

「ひとりくらい私を好きな子を育てたっていいじゃないか!」
「いやそこそこ好きだよ!お世話になっております!はい返してアルトリアに言い付けるよ!」
「脅されながらじゃあ有り難みないなぁ!もう少し感情を込めて、ほら私の中の君もそれはちょっとって言ってるよ!」
「あ!そいつちょっと大人しいわたしだよね誘拐だ!穏便に済ませたいなら今すぐわたしを渡しなさい!」
「……んふっ」
「わたしをわた……違う!ギャグじゃないし!」
「……飼っちゃ駄目かな?」
「駄目!」
「ちゃんと育てるよ、英雄として恥ずかしくないように剣術とか」
「もとの場所に戻して!」

何がなんだか分からない会話に仲裁もなく、むしろ囃し立てられ騒ぎが大きくなってとっぷり日が暮れる頃にどうにか返してもらう約束を取り付けた。どういう流れだったのか正直覚えていない。
さらわれた時と同様に夢を渡って返すらしくて、その日の夢はわたし対談というややこしいものだった。
戻ったわたしは、ほんの少し積極的になって、ほんの少しマーリンを気にかける子になって戻ってきた。それだけならマーリンを殴れば気が晴れたのに、采配もちゃんと勉強してきたらしく怒るに怒れない。今でもたまに夢に招待されているらしいけれど、もう嫁入りさせた方がいいかもしれないと悩みはじめている。わたしのくせに妙に綺麗になっていくんだからなんとも悔しいのだ。



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