そいつはただのMじゃねぇ




菊人形、というものを見に行ったことがある。首だけがやたらとリアルなマネキンで、その下は菊の花を円錐だとか直列だとかともかくは人体に沿って植えられた花で着物を作られた人形たちを眺めるイベントで、小さかったわたしは首が浮いているようにしか見えないし花の奥にある鉢ばっかりが気になっていた。
わたしにとって花の、とか花で、とかつくものはイコール菊人形のイメージで、だからマーリンが花のお兄さんとか言い出した時はものすごい顔をしたと思う。生首が花に支えられている構図ばかりが蘇り「うえっ」となってしまう。そして事実このカルデアのマーリンは首から上しかない。本契約じゃないからか、首から下は古今東西の花でできている。らしい。パッと見はノーマルである。匂いは比較できたことがないから知らないけれども花屋の匂いだ。


不思議なことにマーリンという人物は顔を見てつい「うえっ」と言ってしまっても罪悪感が沸かない。
今日も相変わらず浮いてるように見える首に「うえっ」と言ってしまってから「おはよう、まだ契約してくれないの?」といつも通りのあいさつをした。

「おはよう、相変わらず召喚式に引っ張られる感覚はないよ。まあ気楽に過ごしてるから気にしないでくれたまえ」
「来てよお……全体無敵お兄さんが手元にいれば楽なんだよお……」
「ははは、後ろから見守っているから安心してコンテニューするといいよ!」

あんまりな言い方に手を出す。より詳細に説明すると彼の腹のあたりにパンチをかます。ちょっとは鍛えた拳も無意味で、彼の白いローブに触れたように見えても花束の中に手を入れてしまった罪悪感いっぱいの感触のみだ。見た目にも私の拳分の花が零れ落ちるばかりで、当の本人である生首の持ち主は「あーあーあー」と痛くも痒くもなさそうに母音をこぼすばかりだ。まあ花という中身も零れているからなんか言いたくはなるんだろう。
「下半身のないマーリンなら安心」という円卓からのお墨付きもあり契約前にしてカルデア内を闊歩する彼と並び、同じ方向に向かって歩く。花びらの足をどう動かしているのかなんてわからないけれども隣を歩く姿は普通で、速度だってむしろ私に合わせているのか遅いくらいで何も違和感はない。まあ、首がないサーヴァントや骸骨を飛ばしてくるサーヴァントがいるなら生首のみ下半身なしの宝具封印マーリンがいたって別におかしくはないかもしれない。いやそういうことにしておこう悔しいし。

「全体無敵……」
「はいはい、帰ったらバラ風呂でもなんでもしてあげるから頑張ってくるといい」
「ゆず湯久しぶりに入りたいなあ……」
「花ですらないじゃないかそれ。バラもつけるからね」
「女子が全員バラ風呂好きだと思うなよ……好きだけどぉー」



種火、ピース集め……と一日の予定をそらんじながら歩く少女の三歩後ろで、花弁を摘まんで真顔になったマーリンの顔は誰にも見られていない。その花弁はマーリンの体ではなくて、少女の体が花になって崩れたものだと知っているのは数人で、レイシフト時のみ肉体を取り戻せている少女は自分の体こそ脆いのだと気付かない。それを隠すために全力を費やしていて戦闘なんかに顔を出せない人外が、人外にあるまじき人間臭さでため息を吐き、摘んだ花弁を自分で出した花弁の中に落とした。

「ああ、さっさと言ってしまえれば楽なのになぁ」
「なあに、また何かやらかしたの」
「まだだよ酷いなぁ君」

ふたりから淡い花弁が零れる。


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