嗚呼、さらば天国。


この学校というか、ここら一帯には有名な七不思議がある。
どこの学校にだってこういった話は自然発生するものだから当たり前といえば当たり前だろうけれども、この近辺の七不思議は少し変わっているのだ。
まあ眉唾物だっていうのは分かるけれどとりあえず聞いて欲しいんだ。まずはひとつめ。これは高等部一年の安定くんの目撃情報から。

「放課後に体育館にいると誰もいないのにボールの音がするって話あるよね。定番だからどうせ嘘だろうと思ってたんだけどさ、そんなこと気にしなさそうな堀川が和泉守絡み以外で聞いたとか言い出したから気になって、清光と一緒に確認しようかってなったんだ。僕が誘ったわけじゃなくて、話を聞いた後に僕に何かあったら寝覚めが悪いからだって言ってたけどさ、まあ、そういうことにしといてやろうか。えっとそれで、放課後って結局何時まで待てばいいかわかんないし、普通に清光とバスケっぽいことして時間潰してて、途中から喧嘩になったんだよね。いつものことだけど。最初はボール投げあっていたんだけどお互いに胸倉つかんだあたりかな、ガシャーンってすごい音したの。まあ止まるよね、喧嘩。他に誰もいないんだしさ。ボールの音よりすごい音だったし、ボール入れるカゴっぽいあれ、丸いあれが倒れてこっちにボール転がってきてたし。清光と二人ですげーすげー言い合ってたんだけど、途中で喧嘩思い出すよね。で、いつもみたいに殴る直前に今度は飛び散ってたボールが一斉に跳ねて、ここまでくれば本物だってしっかりわかるよね。幽霊なんてものがいるのか確認するのが目的でこんな時間まで体育館に粘ってたわけだけどさあ、もうそのころには目的とかどうでもよくなってて、とにかく決着つけたくってボール無視して喧嘩続けたんだよね。そしたら今度はボールが飛んできて直接当たってさ、頭に血が上ってたしボールを来た方向に投げちゃったんだよね。僕だけじゃないし清光の奴も投げてたから共犯だよね。それで?えっと、投げたら手ごたえはないけどまた投げ返されてきて、またつい投げ返して……最終的に三人でパス回してすっきりして帰ったよ。幽霊っぽいのが一番下手だったけどまあ練習にはちょうどいいかなって。なんかもう怖くないよね」

落ちの通りに怖くない話だけど、このままじゃ七不思議としては体裁がつかないよね。ふたりはまたその幽霊とパス回しの練習したいだなんて言っていたし、むしろ幽霊の技術向上まで続けなきゃいけないなんて責任感まで……これは余計な話かな。
さて、二つ目だ。これは中等部の五虎退君から。

「この学校の門って三つですよね。正面の高等部用と、東側の中等部用、職員さん用の駐車場に面したところと……体育館に近い、職員さん用の駐車場に近いところと。体育館側は見つかると危ないからって怒られちゃうんですけど、家からは近いし、通る人も少なくて、僕はよく使うんです。でもいつも通りに通学でそこを通ったら同級生の今剣くんに見られてしまって……悪いことではないのですけれど、つい、謝ったんです。そうしたらその子は怒りたかったんじゃないって、何回も言ってくれて。それで、後でこんな話を教えてくれたんです。駐車場側の門の前に、朝早い時間に女の人が立っていて通る生徒を睨んでるって。いつも着物を着ている若い女性で、この学校が建つ前にここで殺された人の幽霊で、人の出入りが多い学校を見張っていれば犯人が通りかかるかも……ってずっと待ってるっていう、あの、怖い話でした……。それから、その校門には近づかないようにしたんです。今までそういうの、あの、お化けだとかを見たとはないんですけれども、これから見てしまったら嫌ですし。でも、委員会のことをやっていたら遅い時間になってしまって、家の食事当番を変わってっていうのも忘れていて、急いでいたんです。その、走って通れば大丈夫だと思って、急がなきゃって事だけ考えて駐車場裏の門を通ろうとしたら、その、い、居たんです……女の人、ではなくて、コートを着たおじさんが、僕を見つけて、コートの前を開いて……僕、怖くて、逃げなきゃって思ったんですけど足が動かなくて……。そのまま目を瞑って座っちゃったんです。足音が近づいて来るのが分かって、ドキドキしてたんですけど……急に足音が止まって、怖かったんですけど、前を見たら、男の人が倒れていて。その上に着物を着た女の人が立ってたんです。えっと、立ってたっていうより踏みつけていたというか、蹴ったり踏んだりしていて……僕と目が合ったらにっこり笑って頭を撫でてくれて、怖くなかったです。そのあと先生が来てくれて警察を呼んだりしてくれたんですけど、その頃には女の人はいなくなっていました」

彼は人見知りが激しいからね、狙われたんだろうね。幽霊なんかよりも生きた人間が怖いなんて言うけど、彼の場合はすっかり幽霊に懐いたみたいだったよ。もうその門を使うのはやめたみたいだけど、たまに花壇で育てた花を供えに行ってるらしいからね。
ふふ、そう急かさなくても次の話はちゃんとするよ。急かしてない?本当に?
さて、次は高等部の同田貫君の体験だ。

「現国で眠くなって腕を枕にしてたら頭をつつかれた。そのまま寝てもよかったが一応相手くらい確認しておこうかと思ってな、顔を上げた。そしたら目の前に女の腕みたいなのがあったな。机から生えてた。肘は見えなかったから曲がらねえだろうと思って寝る位置を変えたんだが……あ?そん時は危ないだとかやばいだとか思わなかったんだよ、とりあえず寝るのに邪魔だから距離とって……そしたらそいつオレを抓ってきやがった。曲がりはしないくせに根元から移動できるらしくて、近づいてきて腕を抓ってきたから、やり返した。それもやり返してきたから、何回か繰り返してたら目は覚めるし名指しで注意されちまうし散々だったな。あ?最後に思い切り抓ってやろうと机を見たらちょっと目を離したすきに消えてたよ。次に出たら覚えてろよ……」

とまあ、これまでに比べて敵意というか殺意みたいなものが込められていた話だったね。怖がるどころか勝つ気でいるなんて彼らしいけれど、その腕は次に彼に遭った時どうなってしまうんだろうね?ふふ、腕の持ち主にとって怖い話になってしまったかな。気を取り直して次の話だ。これは源氏先生の、ああ、お兄さんの方の体験だよ。

「話って何だい?ああ、僕の話を聞きたいってことだったんだっけ。えーと、送りオオカミの……違う?あれ。犬だった?風鈴だったかな?そうそれ提灯だ、送り提灯。これは落ちだから言っちゃダメ?まあまあいいじゃない。あの時の話をすればいいんだね。あの日は校舎に忘れ物をしてしまって、それに気付いたのが家に帰ってプリント作ったあとだったんだ。結構遅い時間になっちゃったよ。守衛さんにも声かけたし非常灯もついてたけどとにかく暗くてね、僕、夜目あんまり利かないから感で教室に戻っちゃおうかなって。携帯で明かり?無理無理、忘れ物が携帯だったんだから。連絡先の紛失とか騒がれる時代だろう?翌日までばれなきゃいっかなって思ってたんだけどほら、目覚ましにアラームも使ってたんだよね、守衛さんとかも今は信用できないでしょ、全くいやな時代に……ああその後?あんまり暗いから迷子になっちゃった。僕だって毎日通ってる校内で迷子になるなんて思わなかったよ。そもそも職員室で失くしていれば一階だから手間もかからなかったし、ついてないよねえ。それでえーと……まあ手当たり次第に教室に入ってればそのうち見つかるかなーって探してたんだよ。そしたら二つ目かな、いや三つ目?それくらいの教室見てたうちに、なんか明かりが見えたんだよね、守衛さんの懐中電灯かな、気が利くなーって声を掛けて借りようとしたんだけど、いくら呼んでもこっちに来てくれないんだ。どっかの先生みたいに怠慢かな?って思ったんだけど帰る様子もないし何だろうって見てたんだけど、そのうちゆっくり歩くくらいの速さで動き出したんだよね。案内してくれるんだなって着いていったらさ、ぐいーって曲がって教室に入っちゃったんだ。なんとそこは僕の担当教室でしたー。はい、僕の話はこれでおしまい。まさかうっかり隣の棟に行ってるなんて、そりゃあ見つかるわけが……ん?明かりがどこに行ったのか?教卓の前で消えてたけど……まあいいじゃない、助かったものは助かったんだし、悪いものではないだろう?悪かったら塩でも撒いたけど」

激しいねえ……リアクションのことだよ?
攻撃的な意見が続いてしまったけれど、悪意がないだろうことは双方感じ取っているようだったね。特に源氏先生は善悪に関しては厳しすぎる人だからね、彼に水没させられたスマホは何台……いや、よそうか。ともかくこの話の根源が見えてきたんじゃないかな。そんな顔をされてしまっては困るよ、それでもやめてあげられないんだ、残念だけど。
さてと、気を取り直して次にいこうか。南泉一文君、高等部のちょっと有名な子だね。有名な理由は……まあまあ、話を聞いてくれれば分かることだよ、焦らしてるわけじゃないさ。それとももう知っているかもしれないね。

「オレの話い?最近はそんなにひどい目には遭ってない……にゃ。……まあ、一番変なのはこの口癖か……。ああ、そういえばこの前有名なブランコに変なの見たぜ。噂だと誰も触ってない、左端のブランコだけがたまにひとりでに揺れてるっつわれてるだろ。もともと寄せやすいから、俺はそういう話を聞いたら寄らないようにしてたんだけどにゃあ……この間、授業中に動くものが目に入ったからそっち見たんだ。猫っぽいとか言ったら……何?まだ言ってない?その顔が言ってる!にゃ!ともかく!授業中に、それも風もない日に揺れてる噂のブランコをつい見たんだ!ちょうど日当たりもよかったし、やばい感じもなかった……にゃ。別に避けなきゃいけねえもんでもなさそうだったから、観察してた。中等部のブランコだったし距離があったから、なんか巫女服着た小柄なやつが揺らしてるにゃーって眺めてたら、ちょっと周りがざわついて、また無人のブランコが揺れてるって言ってて。ああ、こっちの奴じゃねえんだなってわかったけどそれだけだ。騒がれてるのにあっちも気付いて袖がブランコの鎖に引っかかるくらい腕を振ってたのは面白かった……にゃ。あれからたまに校舎でも見かけてるんだがまあ無害だろ。にゃ」

彼は霊感があるらしいから何か知ってるんじゃないかって話を聞きに行ったんだけど……まあ、気持ちは分からなくもないよ、誰にだってコンプレックスはあるだろうしね。彼の場合一部の女子にはそこがいいって人気らしいんだけど。そんな顔をされたら僕だって困ってしまうよ、大丈夫、今まででいくつの話をした?そう、あといくつか分かるね?
さてさて、次は僕の話だ。そうだな……君はこんな噂知ってるかな。この学校の美術では毎回創作の絵を一度は仕上げなければならないけれども、そのどれかにいつも同じ人影が描かれるんだ。全員じゃない、そりゃあ作風もちがければテーマも違う、同じかどうかなんて一見したらわからない。それくらい自然に紛れ込んでいる人影は、よくよく見ればすべてが同一人物だ。画材が違くともテーマが違っていようとも、同じ人物に見えてくるそれがいつの間にか誰かの絵の中に描き込まれる。なら作者に訊けばいいと思うだろう?これは誰で、どうして書いたんですかって。誰に聞いても、答えられないんだ。書いた覚えはあっても誰かわからない。どうして面識のないその人を掛けたのかわからない、別の学年の者と同じ人物が描けた理由も、卒業生の絵にまでいる理由も、それが誰なのか知っている人物も見つからない、不自然なほどだ。
……ねえ、君は気付いているんだろう?これで話は六つ目だ。
七不思議ってあるだろう、学校だけじゃなくても町内だとかで流行る怪談さ。あと一つ、もう一つの話をすれば七不思議は完成する。でも七不思議は完成してはいけないものだって言うね、それはどうしてか?完成させない美学、違う、それ自体が七不思議、きっとそういうところもある、けれどこの学校のこれは、全部君だ。君を忘れないための努力だ、君が忘れられたくないんだ。
僕は、僕たちは何のためなのか忘れてしまった。
ねえ、君は誰なんだい?
どうしてこの学校に巫女服なんかを着てさまよってるんだい?どうして僕たちを助けてくれるんだ、どうして君は泣きそうなんだ。
七つ集めたんだ、僕じゃだめなら安定君でも五虎退君でも、源氏先生でも呼んでくるから、話を聞かせてよ、ねえ、君はどうしていつも幸せそうに笑って僕たちを見てるんだい。僕はどうして、君を見てこんなに悔しいんだろう。
いやごめん、泣かないでほしいとは言ったけれどそんな変顔しないで欲しいな。ごめん、ごめんなさい、もう泣きたくなるだなんて言わないから。ははっもう……君まで笑わないでくれよ。このままでいいかなんて思ってしまうだろう?



19.12.17


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