モラルの死に場所にて





室内、カーテンは閉め切られ薄暗い。外からの光源はあるため日中と思われる。部屋の隅には一般的なサイズの電源の入っていないテレビ、向かい合うように壁沿いに二人掛けのソファ。その中間にテーブルはなくパイプ椅子が一つテレビに背を向けるように置かれている。床にはカーペットが中央に敷かれているのが確認できる。パイプ椅子には制服を着た黒髪の少年がガムテープで後ろ手に胸から上を幾重にも巻き付けられ拘束されている。少年は俯き表情が見えずかろうじて眼鏡を掛けていることが窺える。肩が揺れている。手首も拘束されているが逃走を図っているらしい。
黒髪の少年が顔をあげ動きを止め、左を見る。眼鏡と前髪で表情は窺えない。ドアが開く音。黒髪の少年の視線の先からもう一人少年が登場する。デザインの異なる制服を身に着けていることから他校の同年代であるらしい。茶髪、手にはアタッシュケース。このアングルからは表情は窺えない。茶髪の少年が口元を覆う仕草。

「あっちではあんなに暴れてたのに、大人しいものだね」

黒髪の少年に話しかけたらしい。黒髪の少年が肩をすくめる仕草をする。発声での返答はない。茶髪の少年がソファに腰を落とし足を組みアタッシュケースを左の座席に置く。黒髪の少年とは二メートル半ほどの距離。ケースの鍵を外し、大きく開く。腕と体が遮蔽物となるため中は見えない。再び開錠の音、中の仕掛けと思われる。ケースの蓋を閉める動き。正面に向き直った茶髪の少年は右手に銃を持っている。銃口は真下の床。

「さて、これからする質問に正直に答えてくれれば楽に事故に遭って死ねるよ。もし渋るのなら痛い思いをするかもしれないし、これを使うことになるかもしれない。それをわきまえて欲しい」

黒髪の少年は無言。茶髪の少年が立ち上がりため息を吐く。左腕に銃を握り振りかぶり黒髪の少年の側頭部に振り下ろす。打撲音、黒髪の少年の上半身が揺れる。

「……ま、さっきまでこんなもんじゃない殴り合いしてたし。今更だよね」

茶髪の少年の視線がカメラに向けられる。再びソファに座りケースを開ける。クリアファイルを取り出し施錠。ファイルの中から数枚の紙を出し読み始める。

「生徒手帳からいろいろ調べさせてもらったよ。住所、本籍、電話番号、成績、前科……もう前科持ち。それで引っ越したんだね、この事件は僕も知ってるものだ。可哀そうに、その前はこんなところで銃口を向けられる人生になるなんてこれっぽっちも思って無かったろうに」

黒髪の少年が顔を上げる。茶髪の少年と目を合わせるがそれ以上のリアクションはない。茶髪の少年が再び紙面に目を落とす。

「雨宮蓮、中学から成績は平均。事件後は環境の変化もあったのか全体的に下がったけどすぐに環境に馴染んだのか平均に戻ってる。結構神経が太いんだね、引っ越してから立ち直るまですごく早い。初犯なのにね」
「俺はやってない」
「ドラマの見過ぎなんじゃないの」
「言ってみたかった」

黒髪の少年が初めて口を開く。声量に異常なし。理性的な発音。意思の疎通は取れている。茶髪の少年が立ち上がり拳銃を持った手を振り上げたが、そのまま降ろした。立ち上がったまま左手の紙面に視線を戻す。

「家庭環境もいたって普通、両親の年収も平均的。住居も普通なら警察沙汰にも巻き込まれたこともなかった」
「殴られることもなかったのに」
「……冗談だとしたらすごい心臓だけど、親父にもって頭に付くのかな?」
「あれの後は一度殴られたから、言えなくなったのが惜しい」
「けど今日だけで数えきれないほどだ」
「お前にな」
「さて、これ以上殴られたくなかったら話してほしいことがいくつかあるんだ。協力者の有無、今までしてきたこと、あそこで何をしていたのか。何ができるのか、それと、僕に協力する気があるのか」

茶髪の少年が一枚紙面を捲る。

「どうやってあの世界に入った」
「お前と同じだ」
「いいから答えろ。爪でも剥がそうか?銃もペンも握りづらくなるよ」
「スマホのアプリ、検索に引っかかった人物に関係の深いところで起動させればあの世界に行ける」
「危険な場所なのは知ってるよね、何をしに行っていた?」
「お前は?」

黒髪の少年が茶髪の少年を見つめる。茶髪の少年も顔を上げ目を合わせた。数秒の沈黙。茶髪の少年が視線をずらし先程の場所に座る。紙束を膝に置き両手を組んで膝に乗せた。正面の黒髪の少年へと視線を戻す。黒髪の少年は茶髪の少年を見ながら再び口を開き質問を重ねる。やはり動揺はなく理性的。数秒の沈黙ののち、茶髪の少年が三度首を縦に振る。

「暴力事件を起こすくらいなんだから気兼ねなく暴れられる場所を見つけたってところかな。金も手に入るだろう?」
「お前がそうなのか?」
「僕は仕事だよ。暴れるためなんて低俗な理由なんかじゃないし、目標もある」
「ずいぶん楽しそうだったな」
「このまま君を殺したっていいんだ。誰かが助けに来るのを待ってる?それなら片付けが一度にできるだけだよ。現代社会でもみ消せるものがどれだけあるのか、君だって分かってるだろ?」

黒髪の少年が身を捩るような動きを見せる。視線は茶髪の少年に固定されている。黒髪の少年が興奮状態で口を開く。声量は大きくはない。

「お前は俺と違うのか」
「何もかも違うよ。今だって立ち位置が違うだろ」

茶髪の少年が黒髪の少年に銃を突きつける。引き金には触れずに握っている。どちらにも興奮した様子はない。

「僕には両親がそろっていた記憶なんてないし、育ててくれた母親だってもういない。成績だって君なんかより優秀なほうだと思うよ?そうじゃなきゃ人並みに扱ってもらえなかったんだから。マウンティングって原始的な方法だけどだからこそ子どもには効果が高いし使いやすいんだ」

茶髪の少年が銃口を足元まで下げる。首を右へ傾げた。

「同情したかい?」

黒髪の少年が首を横に振りながら発言する。

「されたかったのか」

茶髪の少年が黒髪の少年の側頭部を拳銃で殴る。沈黙。茶髪の少年が同じ場所に戻り座る。

「あの世界については僕も知ってることが少ないんだ。資料は読み込んだけど、実際に行くのと憶測だけの説明文じゃ何もかもが違う。あそこに行ける人間に条件があるのかと思ったけど……それを調べるのに君は向かないね」
「お前も向いてないんじゃないか」
「いつもならもっとうまくやる、お前はやりづらい……」
「外面も内面もみているからか」

双方数秒の沈黙。茶髪の少年が再びアタッシュケースを開きビニール袋を取り出す。透明なため袋の中身はほぼ透かし見えている。茶髪の少年はビニール袋を逆さにして中身を全て床に出す。数冊のノートと教科書と思われる数冊の本、ペンケース、大小の紙袋などがカーペットに散らばった。黒髪の少年の足元に携帯端末が落ちる。黒髪の少年はそれに目を落としている。茶髪の少年が二十センチほどの幅がある紙袋を片手で拾い上げ逆さにし中身を出した。銃のように見える。

「知っているだろうけど精巧すぎるモデルガンの売買は違法だよ、これで君は社会的に善人ではないことになる。こんなところに監禁されて意味のない黙秘を通しても誰にも理解なんてされないんだ。それとも君みたいにあちらで戦闘を行えるほどの適合者がまだいるのかな?彼らなら理解してくれる、そんなバカみたいで何の役にも立たない気持ちで殴られてるのかな?僕たちがその存在を見逃すとでも思う?」
「そんなものはいない」
「ならこれは?」

茶髪の少年が足元の物品を蹴り黒髪の少年へ寄せる。化粧品会社の紙袋と玩具のナイフだろうか。

「交際相手へのプレゼントかな。学校で孤立してるからかな、ずいぶん高そうなものを送るんだね。ナイフは君が?それともナイフが得意な誰かのものかな」
「俺のだ」
「あ?」
「口紅はバイトの練習用。ナイフはお前のほうが分かるだろ。指紋でも取るか」

茶髪の少年が未開封の紙袋を拾い上げ開封する。中身のみ手に取り包装は床に捨てる。

「新宿の飲み屋で人生相談に乗ってもらってから手伝ってる」
「情報量が多い」
「オネエバーで今まではエプロンだけでいいって言ってもらってたけど、俺だけ女装してないのも悪い気がして」
「なんでだよ」
「高いの買ったのは店員に話しかけられてプレゼントって見栄張ってつい」
「ほんっと、調子狂う……」

茶髪の少年が真顔で口紅の封を切りキャップを投げ中身を露出させる。黒髪の少年のもとに歩み寄り、乱雑に口紅を口に塗る。黒髪の少年はされるがままになっている。塗り終えた茶髪の少年が一歩引いて黒髪の少年を眺める。

「……まあ、」
「俺だったら真っ赤なのがいいとママに勧められた」
「じゃあ次の質問をさせてもらうね」
「可愛いだろ」

茶髪の少年がノート等を踏みながら椅子に戻る。口紅をカーペットに放り投げ再び資料の紙面に目を通す。

「釈放されてすぐに引っ越して転校、親に捨てられたことがあるのは僕と共通するけれども……初日から遅刻、教師に目を付けられ退学を言い渡されるに至る。その後教師は様々な罪を自白、君の退学も教師の独断に近いものであり不適札であるとされた……これ、君がやったよね」
「脅迫されていたのに、何かできたと思うのか?」
「あの世界での変化は本人の心境に最も表れる。知ってるだろう?それとも、あの教師を実験台にして探ったのかな」
「そうなのか。知らなかった」
「あちらに連れて行って僕の仕事を見せようか。一時間もしないで、いろんなことができるって証明できるよ」
「あの教師みたいに?」
「君がやったくせに、白々しい」
「俺がした証拠はない」
「僕がしている証拠もね。やっぱり君とならうまく行けそうな気がするんだよね」
「俺もそう思えてきた」
「そう」

その後、数時間に及ぶ上記と同様の尋問も進展はなし。茶髪の少年の持つ資料の最終頁に到達、茶髪の少年に疲労の様子。黒髪の少年に変化なし。茶髪の少年が拳銃を持ち直し黒髪の少年へ向ける。両者平静を保っている。

「ストックホルム症候群も洗脳と変わらないらしいね。お互いが興奮状態で極限の状況を共有し、生存率を上げるためにお互いに信用を築き協力し始める。君はどうだった?」

黒髪の少年が姿勢を正す。口紅や拘束に頓着する様子はない。つま先を動かし何かを引き寄せている。
黒髪の少年が数秒沈黙。茶髪の少年が黒髪の少年の足元を見た後に口元を押さえる仕草。黒髪の少年が茶髪の少年の仕草を見て足元の動作を止め視線を合わせる。

「最初から同じだった」
「君には僕たちの共通点が分かっていたということかな」
「俺もお前も善人じゃない」
「ははは、そうだね」

茶髪の少年が引き金に指を掛けるような仕草を見せる。黒髪の少年が拘束を抜け出したらしく粘着テープが巻き付いたままの右腕を上げて前に差し出した。足元を動かしているが茶髪の少年には見えていない。

「お前は俺を殺せるのは知ってる、散々殴られたし」
「そう。あと一秒も掛からないしこっちではフィクションのように避けることも出来ない」
「俺は死にたくない」
「なんだ。命乞いか」
「聞きなれてるかもしれないけど」

茶髪の少年が肩を揺らし笑っている様子。銃口は黒髪の少年の頭部方向に向けられたまま。

「一緒に逃げよう」
「斬新な命乞いだ」

両者笑顔を浮かべている。声に動揺、興奮はない。黒髪の少年は差し出した右手を上下に揺すり首をやや左に傾ける。茶髪の少年は銃口を黒髪の少年の額近くに向けたまま撃たない。

「お前が主犯とは思えない、あのパレスの持ち主はただの高校生が簡単に接触できる人物じゃなかったしその必要もないやつだ」
「うん、仕事だからね。悪人を裁くのは悪いことじゃないんだろ?どうせ君も同じなんだろう?」
「なら俺と来ればいい」
「なんの取引にもなっていない」
「俺もお前もここから出られるだろ」
「君にしかメリットがない」
「お前は利用されてるだけだって分かってるんだろ」

茶髪の少年が立ち上がり銃をもって腕を振り上げる。腕を降ろす。
数秒の沈黙。

「君は何も得てないくせに」
「お前も何も持ってないだろ」
「予定が詰まってる、裁判に証言に行かなきゃならないしテレビの取材も……あの人に言われてる仕事も君のせいで中途半端だ。キミと違って僕は必要とされてる、名声も得てる」
「そうか」

黒髪の少年が立ち上がる。袖の粘着テープがついていない箇所で口元を拭う。口紅が伸びた様子が見える。
両者沈黙、茶髪の少年は拳銃を構え撃鉄も操作し引き金に指を掛けていることから殺意が明確。黒髪の少年は変わらず動じる様子なく正面を向いている。

「こっちに来れば楽しませてやる」
「とんだメリットだな。要らない」
「なら何ならいいんだ?」
「ここで良くそんな口が利けるな」

茶髪の少年が肩を下げる動き。

「ここに来るまでに僕がどれだけ時間と労力を割いたかなんて知らないくせに」
「なら全部聞く」
「僕に協力する気になったってことかな」
「それはできない。俺は殺したりはしたくない」
「洗脳だって意思を殺してるのと同じだろう?価値観を変えておいて殺してないからセーフだなんて子どもの言い訳よりも稚拙だ」
「俺は善人じゃないから構わない」
「なら法を飛び越えて制裁されても仕方がない、そうだね?」
「お前も裁かれたいみたいに言うんだな」

両者言葉を重ねるにつれ語気が荒くなっている。
画面全体にノイズ、一瞬ののち収まるが画面からは黒髪の少年が消えている。また同程度のノイズ、黒髪の少年が再び現れる。左手に携帯端末を持ち右手を茶髪の少年へ向け差し出している。ノイズの間に発砲したのか茶髪の少年の持つ拳銃から硝煙が上る様子が見受けられる。黒髪の少年に命中した様子はない。照準は定めたまま。黒髪の少年が再度呼びかける。口調が強い。

「来い」

再びノイズ。黒髪の少年の姿が消えている。茶髪の少年が一人俯いている。
茶髪の少年が両手で顔を覆いしゃがむ。数秒拳銃を見つめ沈黙。

「お前なんかに命令されたくねえよ」

茶髪の少年が立ち上がる。拳銃を構えこちらを向く。躊躇しながらカメラを撃つ。暗転。




以上が少年二名が監視用個室から行方をくらませるまでの記録である。映像元は完全に消去されていたためこの記録文書のみが物証となる。この記録以降、少年たちが監視カメラ等の映像媒体に姿を見せた記録は発見されていない。両社現在に至るまで行方不明。



19.11.29


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