つめあと

二部一章は超えたあたりですネタバレ注意!











「恨めしい、とも違うんです」

ボーダー内の応接室とも言えそうなちょっと椅子とか調度品多めの空間に座って、少女が深刻そうに口を開く。応接室と言えどもどうしても限られた空間だから部屋は狭い。俯く少女に触れてしまいそうな近さで向かいに座ったマーリンが、何が何でも、ボーダーにミサイルが撃ち込まれて横転しようとも海に落ちて転覆しようとも少女に触れないという気迫で身を反らし両手を挙げていた。見守る乗組員は総じて同情的だ。もちろん少女に対して。

「確かに恋愛とかしてらんねぇ環境に身を置いてましたけど、まさか死ぬ間際に遊ばれて捨てられると思わないでしょ?そりゃああの世界は特異点?とかでなくならなきゃならなかったものかも知れませんけど、思うところはあるわけですよ」
「ごもっともで」

マーリンのマスター、どちらかと言えば仲裁するべき少年は少女の言葉にこくりと頷く。あからさまに同意する仕種にマーリンは裏切り者とでも叫びたげな顔を向けるが、予想外の角度からのフォウくんの体当たりによって少女へと顔を戻した。ずっと足元から狙っていたんだろう。

「ああ、本当に済まなかったと思ってる。けど聞いてほしいんだ、私はキミだから声をかけたんであって終わりかけの世界だから適当に遊んだ訳じゃない。真剣に遊んだのさ」

きりりとそう宣うマーリンへ向けられる視線が、女性職員を筆頭に冷たく鋭く変貌していく。間取りの問題で低めの仕切しかない応接空間に、興味本位で集まっていた恋話に飢えた職員達が希望していたものと違う感情をその胸に宿しはじめているけれども、マーリンとしては普段と何も変わりなかった。そういう性質みたいなものを一番理解してしまっているマスターの少年は心の中であーあとため息をついた。この場でそのまま発したものならマーリンの二の舞だからこその選択だ。女性はたまに王様より怖いものだ。特に意見がまとまった時などはすごい。

「もしも何らかの報復を考えているのなら、我が契約者の許す限りにはなるが協力しよう」

彼女を拾ってボーダー内に保護した巌窟王などはすっかり彼女の味方になっている。少女を連れてきて早々にマスターと彼女の間に落ち着いたのは護衛に見えていたけれども、単純に少女に助力するのをメインにした立ち位置であったりもしそうな勢いだ。復讐関連の話題は逃せないのだろうかとマスターはのんきに現実逃避していた。暇ではない、しっかりと聞いている。慰謝料諸々とかまでちょっと考えている。

「報復……うーん、それも違うかも」

考え考え言葉を探す少女が、手持ち無沙汰に目の前のテーブルに置かれたマグカップに手を添えた。けれども目測を誤ったのかその手はカップの側面に留まらず、中身まで指先を突っ込んでしまっていた。それ所じゃない脳内の状況らしくそのままろくろを回すかのようなポーズは少し面白いな、と新所長ゴルドルフは懐かしい購読雑誌に思いを馳せていた。あれは経済誌であって全く関係ないけれども焼き物もやってみようか、ボーダーの食器は機能的だけれども華がない。ステンレスのマグなんてキャンプでしか使わないものだろう。味気ない。
ろくろを回す仕種でコーヒーを掻き回す少女は確かに幽霊だった。エドモンがマスター付近を彷徨っていたからと排除しようとして、妙な気配が濃い少女を燃やしてしまっていいものかと悩んでそのままマスターに引き合わせてみたらその隣に控えていたマーリンが本命だったらしいものだからこういった話合いが設けられている。少年に認識されなければ燃やすほどのこともなく終わる存在だけれども、そもそも標的がマスターではなかったし復讐に近い感情に突き動かされてここまでたどり着いたらしいその信念が巌窟王の気を引いたらしく、女性陣プラスエドモンを味方につけた幽霊少女はパワーバランスを気にすることもなくうんうん悩んでいる。身体を心配する必要がないからか、世界の終わりかけでマーリンの誘いに乗るくらいだからもともと肝が据わっているのか、一体どちらだろうかと訊きたがっているダヴィンチちゃんは残念ながら運転中で口を挟む余裕もあんまりない。

「未練ねぇ……あの時はすごいかっこいいひとだなってついて行っちゃったりエトセトラしちゃったりしたんですよね。助けてもらった恩もあるし、一晩泊まりたいなんて言われちゃってもまぁいいかなって。でもそれだけっていうか」
「そ、それだけ、かい」
「まあまあ満足。かわいいっていっぱいいってもらったのなんて何年ぶりかなあ……付いていきたいと思うほど嬉しかったとは自分でも思えないけど」
「もっと言ってやってくれたまえ」
「あぁ、この人にマスターなんてどえらいあだ名で呼ばれてるひとが気になってたのって未練になるかな?」
「浅くない?俺こんなだし」
「だよねぇ。ていうかここ可愛いこいるし格好いいひといるしすごいね!」
「あー……慣れたなー……」
「はぁーそれはうらやましい、恨めしやぁー」

飲めないカップをかきまぜるふりをして、食べれないお茶菓子をマーリンにあーんしてもらって食べたふりをしたりして、その子はたくさん遊んで楽しそうにして消えた。バイバイ、と翌日にでもどこかで会えるような顔をして、虚数空間へとなんでもないように踏み出して行った。ドアも開けずに。
とても珍しいけれども記録には残りそうもないその女の子との邂逅に、思うところはそれぞれあったようで。
マスターはよく知る顔で違う人生を生きた少女を消さなければならなかったやるせなさを後片付けで誤魔化して、ダヴィンチちゃんは彼女が存在したはずの世界の記録にちょっとした情報を付け足して、巌窟王は虚数界ではないどこかに引っ込んだ。茶々を入れていたホームズはその場で考えに沈んで、恋話にありつけた職員達はいつもの位置に消えていった。新所長は昔家にあったティーカップの柄とさっきの少女の髪色を連想して思い出している。金木犀のオレンジ色と金の淵飾りは少女に似合いそうだった。差し押さえられてもうないけど。

「本当に、あの子は特別だったんだ」

とマーリンが独白するのを、マスター他数名が聞くともなしに聞きとった。

「あの子は、いや、あの子と同じ魂をした子は違う世界の私と恋人ごっこをしていて、ちょっと覗いたそれが美味し……楽し……羨ましかったんだ。同じ顔で会っちゃったからもうこれは行くしかないかなってついつい」
「ちょっと誠意が感じられない」
「あっちの私たちはね、死人とマスターなのに生き生きしていたんだよ」

少女が礼儀正しく出て行くのに通過したドアを眺めながら、マーリンは心底楽しそうにそう囁いた。やはりマスターと数名がそれを聞いていて、一様に無言で目線を合わせてから日常に戻っていく。それぞれ後ろめたかったり楽しかったりする余韻を引きずって、余韻のただ中でドアかその向こうを見つめるマーリンを庇護するように。
コーヒーと花の匂いが交じっていた。すぐに花の匂いに上書きされた。



19.11.05


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