絵空事

「デートしましょう」
 やたらニコニコした彼に、えー?ととりあえず反論すると、僕の右手をがっしり掴んでもう一度「デートしましょう」と念を押された。
 休日の駄菓子屋。アイス入りの冷凍庫の前。刑事と男子高校生。シュールだ。店のおばちゃんをちらっと見ると明後日の方向を向いている。助けてください。贔屓にしてるんだから助けてください!
「俺たち付き合いはじめてもう通算十年ですよ、なのにデートしたことないっておかしいじゃないですか」
「こんだけ変化ない十年をよく数えてられるねぇ」
「愛です」
「あ、これ梨味とかあったんだ」
「レモンは微妙ですよ。さあ、デートしましょう」
「いや、何処に」
 だってこの町に遊ぶところなんてないじゃないか、と言外に含んで言えばじゃあ遠出しましょう、とあっさり返された。だから、何処に。
「やっぱり映画とかでしょうか、定番だと。だとするとちょっと遠出して」
「君さ、今何時か分かってる?」
「授業が早く終わったので三時ですね」
「往復の移動時間だけで一日終わっちゃうでしょ」
「泊ま」
「言わせねぇよ」
 まあ定番にしとくか、と某ガリガリするアイスを手にとっておばちゃんのもとに逃げる。おばちゃんと目を合わせずに会計を済ませて、ガチャガチャの前でがりがり食べて待つとやつは二ランクほど上のクリスピーアイスを片手に出てきた。少しイラっとすると足立さんもどうぞ、と三分の一ほど渡されたのでガリガリと交互に食べ進める。
「じゃあ川原で殴り合いましょうか」
「痛いのやだ」
「今、きゅんとしました」
「はいはい」
 遠出の線は消えたらしく、とりあえず商店街の端の自販機で危ういジュースを買った後「とりあえず川原行きましょうか」と問うてきたがどうせ彼の中では決まっていることだろうから無言で付いていく。どうせなら空調の効いた場所、ジュネスとかとりあえず店から出ないで過ごしたい。駄菓子屋はエアコンなんてあるのかまず怪しかったけど。
 子供に絡まれ猫に絡まれ犬に絡まれ、やっと鮫川に着いたと思えば今度は大量の猫に包囲され、なんかもう、
「帰りたい」
「えっ」
 猫を三匹抱えた間抜けづらは信じられない、と言いたげに振り返ったが、こっちこそ猫だけでそこまで顔を崩せる君が信じられません。
「それ、楽しいの?こんな暑いのに猫に囲まれて餌やるだけなのに」
「俺にとっては至福の時です!」
「そうよかったね。じゃあ僕は玉子買いに行かないと」
「次!次行きましょう!」
 なかば本気で猫を掻き分けながら回れ右すると、物凄く焦った声を出しながら猫を一匹にまで減らした状態で追いついてきた。それが妥協案か。
 軽く噛んでいたアイスの棒を揺らすと、そいつの肩に乗った猫の頭もふらふら揺れる。おお、これは楽しいかもしれない。また歩き出した彼の背後になるように歩調をゆるめ、猫の前足の届きそうで届かないあたりでさらに揺らすと、今にも飛びかかりそうに前のめりになって体を揺らしている。本気らしく爪まで出していて、確実に彼の肩に食い込んでいた。歩き方がどこかぎこちないから痛いんだろう、そうかそうか、いいぞもっとやれ。
「次、どこにしましょうか、デートっぽいところがいいですね」
「そうだねえ、ここから駅前とか遠くていいね。運動になるし」
「ふふふ鬼畜!」
 それでも踏ん張る猫を振り落とさない彼に呆れながら付いていくと、ばか正直に駅方面に向かっているようだ。まあ、神社ぐらいしかないけど。あと自販機とか。
「足立さんって意外と猫好きなんですか?」
「意外ってなに?ていうか嫌いだけど」
「でも構ってますよね、たまに」
「ほら、嫌われてると思うと構いたくなるじゃない」
「ああ、わかります」
「分かられても嫌だな」
 僕らってそんな理由でぐだぐだ付き合ってるんじゃないだろうか、と少しぞっとしたが深く考えたら負けな気がするからとりあえず置いておく。
 噛むのに飽きたアイスの棒を自販機横のゴミ箱に投げたら猫も追いかけて行ってしまったので、わざわざ歩き回る理由はなくなったのだが特にやることもない。 せっかくの休みに聴き込みよろしく歩き回る必要は全くないが、こいつを論破できた覚えがないので逃げ道もない。家で会ってなんやかんやしてしまうのが手っ取り早いに決まってるじゃないか、デートが趣味とか、本当理解し合える気がしない。
 まあ予想通りに駅前は静まり返っていた。高校は早く終わったらしいし、小学生は何もない駅前にわざわざ遊びに来てはいないらしい。そりゃあ家で勉強なりゲームなりしてるのが有意義に決まってる。
「あ、あんな所に喫茶店が」
「寄らないよ」
「えー!」
「野郎二人で行く場所じゃないでしょ恥ずかしい」
「恋人がたむろすべき場所のトップスリーに入りますよ!」
「君ベタなの好きだよね」
「ときめきますね」
 物欲しそうにじとじとと喫茶店の看板を睨んでるただの駄々っ子は無視して、ジュネスに向かうべく足早に今来た道を逆走すると、背広の端を掴まれたので仕方なく歩調を緩めて駄々っ子が隣に並ぶのを待った。
「コロッケ食べたくない?」
「じゃあ商店街戻りますか?ちょうど夕方になるので揚げたてですよ」
「いいよ、ジュネスのお総菜で」
「足立さんどうせ日用品買ってそのまま帰るつもりですよね。駄目です」
「チッ」
「よし商店街ですね!」
 前述した通り彼は余程のことがないと意見を変えない。僕の隣を歩いていようとも、一歩後ろを歩いていようとも、力ずくで商店街に向かうんだろう。諦めて先ほど通った道をまた通る。
「幸せですねえ」
「どこが?」
 隣に並んでわずかに揺らす腕が当たらないギリギリの距離から、どろどろに溶けたような声が掛けられる。こいつが一番面倒になる時の前触れだ。仕方がないので揚げたてコロッケに思いを馳せ、適当な相づちで対応。どこからかカレーの匂いがする、もしかしてやつのスイッチが入ったのはこれが原因か。くそ、国民食めが。
「俺の持論なんですが、幸せってうつると思うんです」
「へえ」
「苛々してる人がひとり居ればバスが気まずくなるじゃないですか、でも幸せそうな女子高生あたりが席を譲れば穏やかな空気になりますよね」
「まあ女子高生だからね」
「だからいつでも不幸せそうな足立さんの隣に俺がしつこく付きまとっているわけです。多少はうつらないかなぁと」
「君は無駄に幸せそうだからねえ」
「足立さんの隣なので」
 ふ、ふ、と老人臭く笑うと、いつの間にか着いていた総菜屋に駆け込んでいく。ついていくのも馬鹿馬鹿しいので突っ立って待つと、猫がチラ見しながら走って行った。
「クリームコロッケと謎の肉入り、どっちがいいですか?」
「そりゃあクリームで」
 差し出された紙の包みは熱くて、夕方になって下がった気温だからこそ食欲が湧いた。昼間はまだまだ暑くて揚げ物なんて触りたくもない。
 今度は何処に向かうつもりかは分からないがやつがコロッケをくわえながらふらふら歩き出したので、仕方なく包みの中身を吹きながら付いていくことにした。そろそろ家に帰りたい。だが願い虚しく、ようやっと僕の意見を聞き入れたのかジュネス方面に向かっていた。いつもよりかは歩いたが、仕事帰りに捕まった場合と変わりない内容なのだが彼は満足そうだ。こんな、何ともない日常で腹が膨れるのならなんて御目出度い頭だろうか。
 緩やかな坂を登りながらコロッケをくるんでいた紙屑を丸めていると、手が妙に赤く見えて顔を上げる。日が暮れかけて、空がみごとに真っ赤だった。
「きれいですね」
 わざわざ隣に並んで彼が言う。彼の顔も髪も真っ赤だ。うん、と適当に返して足元のアスファルトに目を落とす。隣から心底幸せそうな「幸せだなあ」が聞こえたので、また適当に相槌を打つ。本当、なんて君は安いんだろう。
 周りが暗くなるのを待って、手が触れあうほど近い隣に彼が来る。相変わらず手が熱い。
「楽しかったですねー、また行きましょうね。今度こそ喫茶店とか」
「いやいや入らないよ」
「叔父さんとは入るじゃないですか」
「そりゃあ仕事だし……って何で知ってんの」
「適当に言ってみました。私とは遊びなのね!」
「めんどくせぇー」
 店の明かりが届いたので彼から一歩距離を取る、何事もなかったように笑うやつに呆れながら空を仰いだ。すっかり黒くなったそれを、やつも仰ぐ。ああ、また無駄に笑っていやがる。


13

サイトトップ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -