10分間の駆け落ち


「だいたいさあ、何でもいいって言葉がずるいんだよ!」

べちん、とテーブルを叩いて、ここ一ヶ月分の鬱憤を爆発させながら美鶴を見る。斜め向かいに悠々と座してらっしゃる美鶴はいつものように「それで?」とでも言いたげな薄ら笑いだ。

「先月発売のゲームとか新しいスパイクとか、あー、ん?あ、あとは和牛とかお寿司とか、分かりやすいもの欲しいんなら言ってくれればいいし、私だって今日までに準備出来たし!」
「で?今日は何を準備したの?」
「忙しいし悩みすぎて準備が間に合いませんでした!なんだよ俺の欲しいもの当てろって!」
「へえ」
「その首の角度むかつく!」

誕生日プレゼントの希望を訊けば「なんでもいいよ」と答えたくせ、当日の夜ですらこの態度だ。要らないだとか殊勝なことは言わない分こちらも気が楽なところはあるけれども、だからといって当てろとか、しかもこちらがつらつら上げていけば「違う」「外れ」「ないな」等としっかり否定を入れてくる。何かひとつ決めているんならこのやり方も納得だ、けれども美鶴は欲しいものを確定していないようだし。当てろ、とか言っておいて本当は私が言ったものの中から選ぶつもりだと気付いたのは宣言から一週間後、気付けばこちらのものだと様々な分野から捏ねくり回すもこの現状である。なんかもう明日にでも図書カード買ってきて渡したろうか。いや、誕生日は今日だから何となく負けたようになるからそれも嫌だ。
日付が変わるまで、あと一時間もない。ケーキや家事の免除やら細々とした優遇はあれど、特別感の強いプレゼントの決め手からは程遠い。どうしても祝いたいのに私が苦しむ様を眺めるのがよっぽど嬉しそうな顔をするようなやつなので本当に何にも決まらないし悔しい。もう私の葛藤をプレゼントとかにしてやろうか。いやそんなの私の納得がいかない。なにこのジレンマ。

「物が嫌なの、チケット?楽しい時間のプレゼンなの?そして私はお留守番?」
「楽しいかは知らないけどな」
「違うことは分かったけど美鶴は前に何かあったのかな!そこ詳しく……じゃなくてプレゼント!出来れば今日中に消化できるやつ!」
「じゃあそこ立って」
「ひえ……策略にはまった……?」
「今日中に消化出来るのって言ったよな?」

うぐう、と一度唸っておいてから、さっくり諦めて美鶴が指さしたあたりへと立つ。美鶴の座る椅子の目の前だ。ええ、と引いたような声が聞こえた気がしなくもないけれども無視して両腕を広げる。

「ハグ?ハグなら日付変わるまででもいいよほれー」
「いや安くないかそれ」
「あとデコピンも甘んじて受け入れよう」
「プレゼントじゃなくて罰ゲームだろ」
「明日は焼肉に行こうか」
「まだ足りないな」
「えー……」

文句を言いつつもくっついた美鶴を抱きしめる。夏用パジャマでいることを思い出せば肌が触れ合うのが少し恥ずかしくなったけれども、冷房で冷えていた体は心地いい。まあプレゼントにしては得るものが少なそうなのには変わりないけども。
焼肉に二日連続のケーキじゃ私の体型の危機だな、ともろもろの可能性を考えていれば肩口から「ちょっといいか?」と呼ばれ、ろくに考えずにくっついていた顔を離してそちらに向ける。ちゅ、と湿った音が間近から聞こえて、唇が何か柔らかいものに引っ付いて引っぱられて離れるのを感じた。それが何かを考えることを放棄したまま、ものすごく近くにある美鶴の顔を見つめる。どこかと言えば唇を重点的に。

「………」
「これでちょうどいいんじゃないか?」
「あの、さぁ?」
「うん?」
「私さぁ、初めて、だったんだけ、ど?」
「……え、あ」
「………」
「……ごめん、貰いすぎた、かも」

恥ずかしさのあまりうつ向けた顔を上げられずにいれば、つっかえのように美鶴に触れていた額から上がる熱をダイレクトに感じてしまって、美鶴は美鶴で同じ体勢のまま固まってしまった。私の心音もそりゃあ分かるだろう位置だ。お互い合わせる顔がない。
結局、日付を跨ぐ時間になるまではそのままくっついて、お互いに顔を隠しあっていた。



18.07.07


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