月の上のエンドロール



「イチャイチャしたい」
「美鶴が壊れた」

上記の会話、なんと二人で並んで座り映画を観ている最中という状況での言葉である。
映画の内容はなんというかSFというか分類に悩むようなやつで、どうやって見つけてくるのか美鶴はそういったのを好んで掘り返して買ってくる。同じ家に住みながら別々の部屋で過ごすほど冷めきった関係ではない私達は当然一緒に観る事になる。約束もなしに、スナック菓子だとかを間に挟んでジュースを持って肩をくっつけて映画を観る。これもれっきとしたイチャイチャと言えるだろう。画面の中の二人は洋画にありがちな突然の濡れ場に突入しているので私達よりは遥かにイチャイチャしているけれども。

「えぇ、あれくらい?」
「これはちょっと肌に合わない」
「邦画と違うよね、こういうのって。やっぱりこう、もっとしっとりとさ……いや音はしっとりとしてる……気まずい……」
「そういう所なんだよ」
「え、何」

はああ、と大きく息を吐きながら炭酸を煽り、けれども下品なゲップなんてしない美鶴がくっついたままの肩に体重を乗せてくる。重い重いと言いながら押し返してみるが彼の寄り掛かるという意志は固く、私が倒れずに踏ん張るのが精一杯だ。

「気まずいなら頬染めて恥ずかしがれよ。堂々と気まずいなんて言われても事実確認の感じしかしない」
「やだー恥ずかしいー」
「ポリポリ食いながら言うな」
「えー、手繋ごうか?」
「指のチョコ拭いてからにしろ」

文句ばかり囁かれながらも、画面の中は一夜の勢いを主人公がひとり後悔するシーンへと移っている。あんなに幸せそうだったのに、とベッドで主人公を待ち続ける彼女にか主人公にか思いながら美鶴の肩に頭を乗せれば、私への負荷が少しばかり減った。これは高評価らしい。ううん、難しい。そんなにちょっとべたつく指は嫌なのか。
後悔する主人公は頭を抱えて彼女に独白する。支離滅裂な言葉でも頭の良い彼女は状況を把握して、怒って失望して突き放した。それでも許すんだろうな、と、散々翻弄された彼女の様子を思い出しながら予想する。

「イチャイチャ……手を繋いでキスしようか」
「手を洗ってこい、そもそも映画が見えないだろそれ」
「いやいや部屋の電気暗くして並んで映画観てるのが現状だからね。それほぼベタつくためのシチュエーションだからね」
「別に今すぐじゃなくてもいいんだよ」
「なら今言うのはちょっと違くない?」

それでも無理やり手を繋いでやれば、振り払われはしなかったので嫌ではないのだろう。主人公は共犯者の待つ家に帰って揶揄られて罪悪感だとかで動揺している。自宅に帰ってからも気が休まらない主人公をほんのりと哀れんだ。

「今じゃなかったら何時イチャイチャするつもりなの。家でのんびりしてる最中よ?」

視界に入り込むほど手をぶんぶん振ってやれば、繋がったままの美鶴の手が力を込めて来たのでまたふたりの間に不本意ながら落ち着く。

「俺は、家族だってあんたは言ったろ」
「……何年前だそれ」
「ここに来てすぐ」
「あー、あぁー、いやすごい前だよね」
「それが今ではこうだけど」
「こうってなんやねん」

さりりと繋いだ指が手の甲を撫でて、握る手に力が入る。そういう触れ合うようなことでは照れないけれども、こう、と美鶴の表現するような言葉は妙にこそばゆく感じてしまって、普段使わない謎の訛りが口から飛び出したけれども気にしてくれる気配もない。私の動揺なんて流されて、画面の中の主人公は追い詰められ過ぎて何故生きているのかを見つけそうになっている。主人公の心象に合わせてか、画面が明るくて部屋まで照らされた。

「ずっと、家族だろ……だから恋人らしいことしてみたくなった」
「贅沢よのう」
「成長と言え」

共犯者に見送られた主人公が清々しく憧れの場所へと向かうのを横目に、思っていたよりも大人っぽい笑顔を浮かべる美鶴を見つめる。肩が付くほどの距離では画面に照らされる顔の半分しか見えないけれどもそれくらいは分かる。これではキスを強請る角度だ、と思っていればくぃと美鶴の顔が近付いてきた。唇の横に湿ったものが当てられるのを感じて、つい吹き出す。

「笑うな」
「外し……ぶふっ」
「うるさい」

空いていた腕で口元を覆って笑いを抑えようとしたけれども無理だ。じわじわと湧き出す笑いはどんどん抑えきれなくなり、肩を揺らしていれば遂に手が離されて小突かれた。そういえば真ん中に置いていたスナック菓子に手を付けていないな、と思ったけれどもすぐにどうでもよくなる。主人公は憧れ続けた場所に旅立って、共犯者は見送ることに尽くしていて、彼女はずっと悩んでいる。ハッピーエンドとは言い切れない終わり方だった。本当にこういう話ばかり見つけてくるのだから困る、感想とかを隣に訊きたくなってしまうじゃないか。
エンドロールはハッピーエンドとは程遠く曲の雰囲気が暗い。画面も当然暗くて、照らされるこちらの光源としては役に立っていない。けれども私達の目的にはさして問題なく、むしろ丁度いいくらいの明るさだった。
美鶴が両手で私の顔を固定する。笑いが収まらなくとも流石に唇の位置は安定して、目を開けているのにろくに見えない視界がついに間近なものに塞がれて真っ暗になった 。きちんと唇に触れる感触に笑うことはよして、息を止めつつ美鶴に身体を傾けた。エンドロールはやたらと長くて、ちょうどいい。



18.03.10


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