舞台袖の千両役者











「冬が似合いますね」


刑務所の門を出てすぐ左、ジャケットにマフラーという寒々しい格好の彼の第一声がそれだった。寒いのと驚いたので思考が追いつかず、突っ立ったままそいつを見る。
お久し振りです、と口もとまである毛糸の塊でくぐもった声が聞こえて、うん、とだけ返事する。歩み寄った彼は僕がぶら下げていた紙袋をひとつ奪うと、行き先を尋ねてきた。あるはずもないだろう、とため息でアピールすれば、彼には当てがあるのかゆっくり歩きだす。ろくなものは入っちゃいないが荷物を盗られたままなので、仕方なく後ろからついていく。


「俺のアパートでいいですか、すき焼き食べたいんです。一人暮らしだとなかなか作れませんから」

「うん、いいよ」


どうでもいい。
食べれて飲めて寝れれば、監査にある程度説明しやすければどうでもいい。昔の知り合いの家、とか、それなりに都合が良いかもしれない。

バスから駅に、それから徒歩と刑務所生活と比べれば目まぐるしい移動を経て、彼のテリトリーらしい小綺麗なアパートに着いたのは出所から2時間後だった。先を歩いていたはずの彼はいつの間にか横に並び、適当な距離から話し掛けてきた。当たり障りのない、ニュースや雑学などといった返答の要らない独り言のようなものを滔々と僕に向ける。変わった事柄が沢山あるようだった。


「仕事決まったんですか、なんなら色々落ち着くまでここに住んだらどうです」

「うん」


数足スリッパが置けるほどに広い玄関、調理器具の充実したシステムキッチン、ソファにクッションと猫が乗っている。他人の家独特の臭いの違和感。目茶苦茶なインテリアにもまた彼らしさが染みていて居心地が悪い。このリビングに炬燵は不釣り合いだ。猫が無言で睨むのを無視して布団に足をつっこむと着替えたやつが寝室から出てきた。


「……ここ、一人暮らし用じゃないよね」

「ああ、親の拠点のひとつを借りてるんです。どうせあまり使ってなかったみたいですし。だから足立さんの為に買ったとかではないですよ」


ああ、そうと適当な相槌をうって上着を脱ぐ。ボケなのか何なのか分からない一言を聞き流す。きっと深く考えないのが正解だ。執着は疲れる。
足立さん、と呼ばれて顔を向ける。見下していた彼が唇をひんまげていた。そいつが膝を付く。まだ僕の視線より高い位置にある目が僕の目を執拗に見つめる。


「あの時は一年も一緒に居れませんでしたからね、マフラー巻いてるのなんか新鮮です」

「そう?」


その短い期間、特にこいつとの接点はなかったはずだった。同僚の自宅なら訪れても当然だが、今のように被害者家族と加害者程度の関係で連れ込まれてさらには養うつもりかのような発言までみられる。はて、嫌われる覚えはあれど好かれるようなことをした記憶はないし、するはずもない。前々から変人だとは思っていたがここまでとは。きっと考えるだけ無駄だろう。
伸ばされた腕が背中に回され、頬と頬がぶつかるほどに密着するように引き寄せられ、突然の生温かさに寒気立つ。口を開くのが肩からの振動で分かり、嫌悪で体が痙攣した。


「今の俺なら養う経済力も権力もありますからいつまでも此所にいてくださいね。何年も何年も待ってたんですよ、だから俺、」


感極まったかのように口を閉じた本田は役者ぶった身ぶりで腕の力を強くする。じわじわと体温が服を越えて伝わって余計に寒気が酷くなる。ぞわぞわするわ体は勝手に痙攣するわさんざんだ。もうやだ。いや、どうせ肉体的にも精神的にも逃げ場はないんだけど。ああ、もしかしてこいつのせいか。出所の手続きやたら早く済んだのとかこいつの根回しとかなんかあり得るな。まあいいか。数年がかりとかおぞけがするよ、まじだよ。
どけるのもめんどくさい。体から力を抜きたいんだけれども痙攣のせいでできないし。僕以上に本性隠すとか、この状況でもおそらくは演技モードとか、ちょっと凄いと思うけど自分で言うのもなんだけど褒められるもんじゃあない。寧ろ異常だし関わりたくはない。でも逃げる気力すらないので、こいつの計画通りかは知らないが諦めた。
余計に密着される。ため息が気持ち悪い。



11.03.26(qufa)


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