どうですか、こんな飢劇

※女主人公














「あー……」

「………」

「あー―!」

「………」


誰か何やら先ほどから叫んでいるこの子をどうにかして下さい。
人がジュネスのクーラーで心地よく休憩していたところにのこのこやって来て、背中合わせて立って唸るこの子が理解できません、対処法を教えて下さい誰か。


「ね、君堂島さんとこの子だよね?どうしたのさ、こんな時間に」

「……私の名前覚えてないですよね」


不機嫌らしい口調でそう言うと今度は僕の背中にごんごんと頭を打ち付ける。このアマ。


「友達とフードコートでカバディしてたら白熱しちゃって、気付いたらこんな時間に……」

「へー。面白そうだね」

「棒読みですね。あと冗談です」


ふー、とため息を吐く彼女は実際疲れているようで、無遠慮に体重を預けられて柑橘っぽい匂いが漂ったりで気分は悪くは無い。この様子じゃあ今日はテレビの中に行っていたのだろう、そういえば雨が近い。


「若いからって無理しちゃ駄目だよ?体壊しちゃったら元も子もないんだからねぇ」


はーい+10点の好印象。頭を撫でてやるサービスでも付ければ頼れる刑事さんの出来上がり?いっそやらせてくんないかな。あ、堂島さんにバレたらやばいか。
大体そんな事を考えながら柔らかいであろう肩を抱こうと振り向くと、無表情の彼女が三歩分ほど離れた場所に立っていた。


「足立さん、そんなんばっか言っていて疲れない?私が朝帰りしようがぶっ倒れようが関係ないです」

「えー、関係あるよ?堂島さんが機嫌悪くなったら叱られる回数増えちゃうじゃない」

「結局私なんてその程度なのね!」

「あれ、修羅場?」


彼女はもそりとエコバッグを抱え直し、「行きましょうか」と何故か僕のネクタイを摘んで引っ張りながら歩き出す。涼んでいただけであって買い物は終わっていたので店から出るのは問題ない、ないのだが犬の散歩よろしくネクタイを引かれて歩きたくはなくて大股で追い付いてゆうるく手を掴んだ。彼女はちらりとこちらを窺い見て、何事もなかったように隣りに並んで歩く。


「レトルトじゃ栄養が偏ります。どうせ忘れ物取りに来るなら夕食一緒にどうですか」

「あれ、君に言ったっけ?」

「叔父さんから聞きました。今日はキャベツのおひたしと肉ジャガです」

「じゃあいただこうかなー」


お互い道端の人にへこへこ会釈して「彼氏かい?」とかからかわれながら歩くもんだから進まない。大体彼氏もなにもあったもんじゃないだろうに、というか、そろいも揃って同じ事を聞かれちゃあ最終的には「お似合いでしょー?」とかつい投げやりに返事。特に仲がいいわけでもないけどまあ悪い気はしないし、巨乳だし。


「彼氏、ねー…付き合ってみる?お試しでさ。あ、堂島さんには内緒で」

「足立さんは……ああ、もう、いいです」


諦めた口調でそう言ったかと思えば、「浮気したら金属バットで吹っ飛ばしますよー」と冗談でも笑えない発言をいたした。援交のつもりで殺される警察、わぁ、すごいマヌケ。


「もし付き合ったら、」

「うん?」

「24時間くっついて精進料理三食きっちり食わせて寝癖直して写経させて煩悩から遠ざけて愛しますよ」

「ごめんなさい」


そこまでだらけている訳でもないけど、いや、有無を言わせぬ勢いに負けてとりあえず謝る。君こそもうちょっと気ぃ抜いてこっちの世界に片足踏み込むべきだ、ちょっと怖いし。少しぐらい汚れちゃえ。そんで僕の気持ちを理解して下さい精進料理は嫌だ!ウニとトロは譲れない!だから冗談は笑って言おうね!
この一家は本っ当、僕の気持ちなんて理解してくれるやつがいない。疲れてもまっすぐ歩く小さい頭が別の生き物に見えて手を伸ばしたら、彼女は振り返ることもしないで僕の手首を掴んで捻り上げる。


「足立さん手冷たいですねー、このまま繋いで帰りましょうか」

「いやこれ繋いでないし痛い痛い痛い!折れる!それかなんか抜ける!」

「抜けるっつうか関節外れそうですね」

「ひぃっ!だからやめ…あだだだだ」


腕に胸が当たってるのは嬉しかったんですが堂島家までの住宅密集地をこんなに遠く感じたのははじめてでした。まる。



10.09.28(qufa)


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