池田屋事件での働きが評価されたのか、ただの土方さんの優しさなのか。彼女に外出許可が出た。 あの事件からしばらく、歩くたびの羞恥で外に出れなかった私だが今はほとぼりが冷め、堂々と隊務に集中できるようになった。 *** 今日は十番組が巡察のため、私も同行している。ただ、私は十番組ではないため、いつも一緒なわけではない。 暇さえあれば同行する巡察だが今日は雪村さんが一緒のためとりあえず同行することにした。 「あの、原田さん。」 彼の隣を歩く彼女は声をかける。 「新選組は京の治安を守るために、毎日、昼も夜も町を巡回しているんですよね?それで…、具体的には、どういうことをしているんですか?」 彼女の質問に私は真面目だなあ、と内心密かに思う。 「ま、ピンからキリまで大小様々だな。」 「辻斬りや追い剥ぎ、他にも食い逃げや喧嘩の仲裁。」 彼の言葉に私も続ける。 「商家を脅して金を奪おうとする奴らも、俺ら新選組が取り締まってるよ。あ、慧は一回逃げた犬を捕まえる手伝いもしてたよな。」 「…………。」 あれは、拷問だった。だが子供の頼みを聞かないと言う訳にもいかなかったのだ。しかし、猫ならまだしも犬なんて…。自分も犬のようなものだが犬は好かない。狼のような野蛮な生き物がいるから犬に恐怖心が出るんだ、まったく…。今は擬態しているが狐の姿では必ず会いたくない生き物だ。 ぶすっ、となった私の頭を主人がわさわさと撫でる。 その時前方から我々と同じ浅黄色の人物が手を振るのが見える。 「永倉さん!」 いち早く気付いた雪村さんが彼の名前を言う。 「よう、千鶴ちゃん!親父さんの情報、なんか手に入ったか?」 彼は明るい声で彼女に話しかける。雪村さんは少し寂しそうに首を振る。 「今日はまだ、何も。」 彼らが会話をする間に私は自分の足元を見つめ欠伸を噛み締める。暖かい日差しは天敵だ。どうにも眠くなって仕方がない。 「で、新八。そっちはどうだ?何か異常でもあったか?」 永倉さんはこちらとは違う道順で京を巡察していたのだ。 「いんや、何も。……けど、やっぱり町人たちの様子が忙しねぇな。」 まぁ、確かに。そわそわと落ち着かない様子。これも、長州の不可解な行動のせい。 「そういえば……、引っ越しの準備をしてる人も多かったですよね。」 雪村さんが思い出したように言う。主人は納得したように頷き言った。 「戦火に巻き込まれまいと、京から避難し始めてるってことか。」 雪村さんは驚いたような、訳のわからないような表情をした。 そういえば教えてなかったな、と永倉さんが呟き、話し出す。 「長州の奴らが京に集まってきてんだよ。その関係で、俺らも警戒強化中ってわけだ。」 「池田屋の件で長州を怒らせちまったからな。仲間から犠牲が出れば、黙ってられないだろ?」 確かに、その通り。ただ、今の自分たちには長州が何をするか不明なためただ警戒するしかできないのだ。こういうときに忍の私の出番なのに土方さんは監察がやるから、と気を使いすぎなのだ。 「そんな機会、滅多に無いだろうな。折角だからおまえも出てみるか?」 主人の話にどこかに飛んでいた思考が戻ってくる。 「えっ!?」 雪村さんが驚きの声を上げるが私は話についていけなくなっていた。髪と、口の布のせいであまり表情がわからない私。多分、私が話の内容をわかってると思ってるのか、否か。 「んー…」 彼女が悩む仕種をする。 「私は、………ちょっとだけ、参加してみたいです。」 「…………参加?」 小さく呟くと、どうやら聞こえていたらしく改めて私に説明される。 「…私は、反対です。」 「お、」 主が意外とでもいいたげな声を上げる。 「第一、雪村さんは新選組とは関係ありませんし、長州が表で動くような出来事であればただの遊びではすみません。」 関係ない、の部分に彼女は傷ついた表情をする。別に、傷つけたいわけじゃない。ただ、自分の身を守れる保障のない人間がいても迷惑なだけだ。 「慧、それは言いすぎだ。何も千鶴ちゃんだって考えなしに言ってるわけじゃない。」 「…そういうことではなく、」 「そんなに言うなら、もしものときは慧が守ってやれ。お前にはそれが出来るだろ?」 主人は私に言う。 信頼されてる故の言葉だが丸め込まれている感じがしてたまらない。 「……。」 「ま、こんな奴だけど気にすんなよ、千鶴ちゃん。」 「慧はさ、千鶴ちゃんのことが心配なんだよ。」 「…にやにやしながら言うな。斬るぞ。」 最後の永倉さんの言葉にクナイを出すそぶりを見せる。悪かったって、と謝る彼を見て主人と千鶴さんが笑う。私はそれを見て息をついた。 *** それから数日。 私と幹部は広間にいた。 お茶を持って入ってきた雪村さんに永倉さんが小姓のようだと声をかける。 彼女は複雑そうな、なんとも言えない表情をしながらお茶を配る。 私は喉が渇いていたこともあり勢いよくずず、と茶を啜る。そしてばっ、と湯呑み茶碗を口から離す。 「…あの。お茶、渋かったですか?」 雪村さんを見ると、彼女は沖田さんに声をかけていた。 口を抑える私に気付いたのか雪村さんが声をかける。 「え、慧さん…ま、まずかった、ですか?」 「…………いや、別に。ただ………。」 「ただ…?」 「熱かった…。」 「へ、」 私の答えに彼女は素っ頓狂な声を出す。 「こいつ猫舌なんだよ。」 主人が茶化すように雪村さんに言った。 「え、ごめんなさい…。よかれと思って一番温かいのを置いたんですけど…、」 「いえ、気にしてませんので。お気遣いなく…。ただ、次からは温いお茶だと助かります。」 彼女は少し驚いた表情をしてからすぐ笑顔になった。その後は慧だけ贔屓してたんだ〜、と沖田さんにからかわれていた。 少し申し訳ないな、と思った。 そして、そんな和やかな空間の中引き戸が開く。 現れた局長である近藤さんは朗々とした声で告げる。 「会津藩から正式な要請が下った。只今より、我ら新選組は総員出陣の準備を開始する!」 おお、と歓喜の声が上がった。 「ついに会津藩も、我らの働きをお認めくださったのだなあ。」 近藤さんは嬉しそうだ。 会津藩の要請、やはりそれは重要なことなのだ。嬉しいと思うのは当然のこと。 だが、隣の土方さんは厳しい顔。 「はしゃいでる暇はねえんだ。てめえらも、とっとと準備しやがれ。」 どうやら話によると長州の兵は既に布陣を終えているらしい。 「ったく……。てめえの尻に火がついてから、俺らを召喚しても後手だろうがよ。」 彼は吐き捨てるように言った。 まぁ、人間の世というのは難しそうだ。私は幕府だなんだというのに興味はない。ただ主が必要とされる場所に私も赴き、主が私を必要としたときには手駒になる。私の意思は彼のために。 20101102 長いから切ります。 |