色素の薄い髪。 赤い瞳。 そんなのはどうでもいい。 ただ、この感覚を表す名を…私は知らない。 *** 「慧さん…。」 「…………。」 雪村さんが安心したように私を呼ぶ。とりあえず彼女たちと彼の間に入る。 「…………慧ちゃん、いくら君でも邪魔は許さないよ。」 「…………。」 「…慧さん?」 私は目の前で見下ろす彼から目が離せないでいる。何、この感覚。これは、雪村さんと似たような感覚。どこか違和感のある、それ。でも、彼女の方がそれは柔らかくもっとふんわりとした優しいもの。目の前の男は、私にただ、恐怖しか示させない。 クナイを構える自分の手が奮える。 冷や汗が止まらない。 何、何…………。 「ふん、興ざめだ。」 どれくらいたったか、彼は言葉と共に刀をしまう。後ろの二人から困惑が伝わる。 私は手から奮えがぬけるのがわかる。 「どうして…、」 「会合が終わると共に、俺の務めも終わっている。」 雪村さんが掠れた声でぽつりと呟くと彼は落ち着いた様子で答えた。 そして私を一目見る。 私はその赤い瞳が自分を射抜くだけで尻尾を巻いてしまいたくなる。 小さく彼は笑ってから壊れかけの窓から飛び降りた。 「逃げた……?」 いつの間にか静かになった空間で雪村さんが小さく呟く。 私はクナイを下ろし、手を見つめる。クナイをどれだけ強く握っていたのか、私の手は真っ赤だった。 「…………。」 あれは、見逃してもらえた、という表現になるのかもしれない。 「くそっ…!僕は、僕はまだ戦えるのに………。」 後ろで沖田さんが小さく呟く。その声は普段の彼からは想像のつかないほど弱々しい。 「どうして、守ってくれたんですか…?」 雪村さんが彼を支えながら尋ねる。私は未だに放心状態、とでも言うべきか。あの時の余韻に動けないでいる。 あれは、恐怖。あんな感情は、知らない。知りたくない。知りたく、なかった。 あんな奴が敵にいると思うとぞっとする。クナイを握りしめる手に力を込める。 頭が、こんがらがって、よくわからない。自分が人間を恐れるなんと今まであっただろうか。 ぼんやりと男が出て行った窓を見ながら思う。 そのとき何かが倒れるような音がする。 「沖田さん………!?」 振り返って見ると沖田さんが倒れている。雪村さんは彼をゆすり、起こそうと試みる。 「…あれ、終わった、の…?」 彼女はまだ終わったことに気付いてなかったみたいだ。 「………。」 私は雪村さんを見る。さっきの彼とは違うまた別の違和感。ずっと、ずっと、私を支配するそれ。 私は耳を塞ぎ、座りこんだ。 今は、何も見たくない。 聞きたくない。 *** そうして、長い夜が明けた。実際の討ち入りは一刻ほど。私には、あの男との時間が全てに感じられた。 結局、この事件で新選組は目覚ましい成果を収めた。 だが、その新選組も沖田さんは胸部に一撃を受け、気絶。平助は額を切られ血が止まらなかったらしい。永倉さんも、左手をやられたらしい。 かく言う私も、あの場にいた誰に声をかけられても反応がなく主人が来なかったら一生このままなんじゃないかと思わせるくらいの放心状態だったらしい。 暗い闇の中、透き通った主の声だけが私に届いた。私はただただ、その体に縋り付くことしかできなかった。周りも、彼も。沢山の人が驚いていた気がする。正直、あまり覚えていない。ただ、感じたのは人の温もり。彼の羽織りに縋りながら誰も気付かないように一筋だけ、そっと涙を流した。あの違和感にのまれそうだった自分の不甲斐無さと、大好きな人の安心感に包まれた心地好さ。少し血の臭いがする中での彼の香りに私は眠りについていたらしい。 何度も言う。私はあまり覚えていない。気がつくと屯所で眠っていた。だが、周りから聞くとみんな口を揃えてあんな慧は見たことがない、と言う。まるでこの世の終わりだとでも言いたそうな顔だったと言う奴もいた。 そうして、この事件は池田屋事件という名のもと幕を閉じ、新選組は広く名を馳せたのだった、 20101101 主人公だって女の子なんだ!(ここ重要)怖がりだっていいじゃないか! |