柔らかく華と逝け | ナノ



永倉さんのおかず奪いますよ〜の合図でご飯が始まる。これはいつものこと。




「あの、ここって女人禁制なんじゃないですか?」

食事中に雪村さんが疑問を口にする。

「君には関係ないことだよ。」

「そんな言い方はねぇだろ。」

「だって、部外者じゃない。」

沖田と平助が睨み合う。
雪村さんはわたわたと変わってしまった空気に戸惑う。そもそも女人禁止のここに女の私がいるんだから理由があるのかな、で察してほしい。まぁ、素直なのが彼女の良いところなのかもしれないが。

「……ま、慧は新選組には必要なんだよ。」

主人がそう言って彼女を撫でその場はいつもの雰囲気に戻る。彼女もこの話題に触れては駄目だとわかったはず。

それからみんなわいわい騒いでる中、食事をもくもくと口の中に運んでいると広間の襖を開けて、井上さんが入って来た。

「ちょっといいかい、皆。」

真剣な彼の瞳に雰囲気が変わるのを肌で感じる。

「大阪に居る土方さんから手紙が届いたんだが、山南さんが隊務中に重傷を負ったらしい。」

「え!?」

雪村さんの口から驚きの声が漏れる。幹部も眉に眉間を寄せ、息を呑んだ。


内容はこう。
大阪のある呉服屋に浪士たちが無理矢理押し入る。駆け付けた彼らは何とか浪士たちを退けるものの、山南さんは怪我をしてしまった。


「それで、山南さんは……!?」

「相当の深手だと手紙に書いてあるけど、傷は左腕とのことだ。剣を握るのは難しいが、命に別状は無いらしい。」

焦る彼女に、井上さんは穏やかな声で告げる。

「良かった……!」

彼女は息をつきながら、安心したように言った。

だがそれは間違いだ。武士でない彼女には命が一番なのかもしれない。だが、今まで剣で生きてきた者にとってそれは死、同然。刀を握れない武士は必要ないのだから。

それをわかっているから誰もなにも言わない。

「数日中には屯所へ帰り着くんじゃないかな。……それじゃ、私は近藤さんと話があるから。」

彼はそう言って背を向けた。

重苦しい沈黙を破ったのは冷静な斎藤さんだった。

「刀は片腕で容易に扱えるものではない。最悪、山南さんは二度と真剣を振るえまい。」

「あ………」



雪村さんが小さく声を出す。

「片腕で扱えば、刀の威力は損なわれる。そして、つば迫り合いになれば確実に負ける。」

「………はい、」

斎藤さんの話が一段落ついたところで沖田さんがふう、とため息を吐いた。

「薬でも何でも使ってもらうしかないですね。山南さんも、納得してくれるんじゃないかあ。」

「総司。…滅多なことを言うもんじゃねぇ。幹部が"新撰組"入りしてどうするんだ。」

いつもより気落ちした沖田さんの発言に永倉さんがおさめるように言う。

「……え?」

新撰組、それは部外者である雪村さんにはなんのことかサッパリなのだろう。現に今首を傾げている。幹部の人がなかなかこの話に終止符をうたない。

私がうつべきなのか否か。

「新選組は、新選組ですよね?」

なんて素直な子なんだ。
すると平助が空中に何かを書き出す。どうやら文字を書いているらしい。

「普通の"新選組"って、こう書くだろ?」

この冒頭を聞き、私は隣の主人に目を向ける。
彼は平助のうっかりに随分と驚いた表情をしていた。

「"新撰組"はせんの字を手偏にして――」

「平助!!」

がっ、と殴る音が響く。

「!!?」


主人に殴り飛ばされた平助を後ろでそれとなく受け止める。

主人が平助を殴り飛ばしたのた。

「いってぇ……」

彼は頬を抑えながら私にもたれる。

「平助君、大丈夫……!?」

雪村さんが慌てて声をか
ける。永倉さんは息をついた後真面目に話し出す。

「やり過ぎだぞ、左之。平助も、こいつのことを考えてやってくれ。」

「……悪かったな。」

主人が悪かったと謝ると平助は苦笑しながらいつもよりか弱い声で答えた。

「いや、今のはオレも悪かったけど………ったく、左之さんはすぐ手が出るんだからなあ。」

「手ぬぐいでも濡らして来ます。」

私は彼らに言い、食事の席を離れる。平助に私にだけ聞こえるような声でごめんな、と言われた。




***



井戸から汲み上げた水で手ぬぐいを濡らす。ぎゅう、と力いっぱい絞った後にそれを持って広間に戻る。土方さんがいたらどうなっていたことやら。

「平助、」

広間に戻ると少しぎすぎすした雰囲気ではあったが皆、各自に食事をしていた。

「ん、ありがとな。」

平助に濡れた手ぬぐいを渡すと彼は自身の頬にあてる。彼の頬は赤くなっていた。だが自業自得だとしか言えない。うっかり担当の平助。過ぎたことは仕方ないとしか言いようがない。


私はまた自分の席に座り、もくもくと食事を進める。私にも主人は悪かったな、と言ったが。いつもの通り問題ありません、とだけで返しておいた。

そして雪村さんが完食し、箸を置く。私もそれを見計らい口にかき込む。

箸を置くと雪村さんに部屋まで送ります、と声をかける。彼女は一礼してから部屋を出た。

「………。」

「………。」

彼女の部屋までの道のりをもくもくと歩くが、会話はない。彼女は何かを考える癖があるらしく、さっきからうかない表情をしている。聞かなければよかったな、とか思ってるに違いない。
普通の女の子なのに大変だな、とぼんやりと思う。

部屋につくと襖を開け、彼女を中に促す。

「あ、ありがとうございます。」

彼女は中に入る。

「…………あの、」

彼女は襖を閉めない私に疑問を抱いたのか声をかけてくる。

「…………。」

私は無言で懐から出した金平糖を彼女の手にのせてやる。それは私が道中に買ったもの。詳しく言うと主人にあげようとしていたもの。だが、多分主人に渡しても彼は優しいから彼女と食べるんだろうなと思うと先程のこともあり彼女に渡そうと思った。

「あまり考えこまないほうがいいですよ。」

「え?」

「考えこんだところで答えは出ません。」

私は彼女の手に金平糖を握らせる。

「何かあったら、なんなりと。」

私は襖を閉める。最後に見たのは困惑気味の彼女の顔。



夜空を見上げると沢山の星。私は静かに暖かな空気を吸い込んだ。




20101029

千鶴ちゃんには敬語。
左之さんにも敬語。
土方さんにも敬語。
山南さん、近藤さんにも敬語。
永倉さん、平助にはタメ口。
別名上から目線。