柔らかく華と逝け | ナノ


「主。」

「うおっ!び、びっくりするじゃねぇかっ!……って、慧?」

背後から声をかけたのがいけなかったのか。のんびりとお茶を飲む二人に声をかける。永倉さんにはこれでもかというほど驚かれた。

「以外と早かったな慧。」

赤い髪の主人に言葉をかけられ頭を垂れれば頭をわしゃわしゃと撫でられた。



***



「っかし、急に女の姿をしたお前が出てきたのには驚いたな。」

彼は笑った。永倉さんも首を縦にふる。


「…いえ、人目が多かったものですから。すぐに着替えます。」

「着替えちまうのか?勿体ねぇなぁ。」

主人のかわりに返事をした永倉さん。勿体ないも何もないと思う。


「………お土産を。」


す、と団子を差し出す。

「お、ありがとな。」

「いえ。」

「てか、せっかく遠いとこまで行ったのに京の団子かよ。」

「………じゃあ食べるな。」

あーんとかじろうとした永倉さんの団子を奪い取る。がち、と歯が重なる音がする。

「…ってぇ。」

どうやら地味に痛かったらしい。普段からどれだけの力で食しているんだ。だが自業自得だ。自分の言葉には責任を持ってもらわないと。


「はは、まぁ仕方ねぇよ新八。」

「左之お前なぁ…」

顎を摩りながら恨めしそうに見る。
流石にこれがいつものじゃれ合いだとは理解しているが主人にあたられるのは申し訳ないので団子を返してやる。

「…あの雪村千鶴と言う娘、」

「ん?千鶴ちゃんに会ったのか?」

小さく呟く私に主人は声をかける。

「いえ、掃除をしていたようですので、声はかけておりません。事情はあらかた土方さんからお聞きしました。」


「そうか……。まぁ、お前も今日は広間で飯を食え。千鶴ちゃんもそこにいるから。」

「了解しました。では、私は自室に戻らせていただきます。」

深く頭を垂れ、人が扱えぬ忍術で姿をくらます。次にふっと現れる場所は自室。言ってしまえば瞬間移動。実際はそんな芸当できないがそう見えるのだろう。

「………、」

するすると帯をとき、ぱさりと落とす。全て脱いだ後にいつもの忍装束に身をつつみ、口が布に隠れるように頭の後ろできつく結ぶ。


「………団子、」

私は部屋を出て歩き出す。

「………斎藤さん。」

「慧か。」

彼は一度目を開き驚いたが、いつもの表情に戻る。

「これ。」

彼に団子を差し出す。

「団子か…、いただこう。」

残り沢山の団子が入った入れ物をそのまま渡す。

「よければ沖田さんたちにも配って差し上げてください。」

「ああ、わかった。ありがとう。」

「いえ。……あと、今日は私も広間で食事をします。食事当番がわかりません故に、よろしければ伝えていただけますか?」

「珍しいな…。」

また彼は驚いた表情をする。確かに忍である私は自室で食事をとることが多い。それに人間は食事を殿方が先に頂き、女は後から食べるが普通なのだ。男性と一緒に食事をとるのは昔ほどではないが僅かながら抵抗があり、極力避けてきた。私たち狐にはない習慣だから余計に。勿論、私はその習慣には従わないが。主が望まないことなんて私はしないのだから。

「……主が、私に広間で食べろと言いましたので。」

「そうか………。」

私の僅かに読み取れる表情を見て彼は小さく笑った。


そこからは井上さんや、知り合いの隊士の方や八木低の方に挨拶をした。
時間は夕方になり、いい時間と判断したため私は広間に向かった。

「お、来たか。」

私の主人はぽんぽんと自分の左横の座布団に私を招いた。大人しくそこに落ち着くが、隣の永倉さんが飯はまだかとうるさい。

「他の方は?」


「総司が監視。斎藤が様子を見に行って平助も出てった。」

「…………。」

それから暫く。廊下からどたどたと足音が聞こえ、中にぞろぞろと入ってくる。

「おめえら遅えんだよ。この俺の腹の高鳴りどうしてくれんだ?」

同時に永倉さんがふて腐れて言う。

「新八っつぁん、それってただ腹が鳴ってるだけだろ?困るよねえ、こういう単純な人。」

「おまえらが来るまで食いはじめるのを待っててやった、オレ様の寛大な腹に感謝しやがれ!」

「新八、それ寛大な心だろ……。まあ、いつものように自分の飯は自分で守れよ。」

彼らの会話はこうやって成り立つのだ。平助や永倉さんが言い合うのを主人は纏める。年齢はばらばらだが良いコンビ。

だが私の視線は後ろの彼女にいっていた。彼女は主人に呼ばれ右隣の座布団に腰を下ろす。

「……………。」

私はなんとも言えぬ緊張感を感じていた。胸がざわつくような、なんとも表現しがたい感情。もはや感情なのかもわからない。

「千鶴ちゃん、」

「あ、はい。」

「こっちは慧。おまえと同じ女だ。」

「………ええ!?」

彼女は心底驚いたというように私を見た。

「…初めまして。日向慧と申します。何かあればなんなりどうぞ。」

「あ、よろしくお願いします!」


食事前なので口布をとり、挨拶をする。彼女は小さく頬を染める。雪村千鶴。男装をしていても、なんとも可愛らしい女の子だ。
雪村、純潔の鬼の血筋の名前。だが雪村は私が幼少のころに滅んだ。では、このざわつきはなんだ。
まだ胸のざわつきが収まらないまま永倉さんの言葉により食事は始まった。





20101011