柔らかく華と逝け | ナノ


赤に染まった視界


人の叫び


顔に飛ぶ赤い何か


血に染まった手で顔を覆う。罪だということはわかっていた。私が過ちを犯したのだとわかっていた。わかっていたのだ。それでも、鬼だなんだという習わしの世界が嫌だった。一族の長である私への期待に押し潰されそうだった。満足に人里にまで下りることも叶わない。年頃の女の子のようにおしとやかな遊びをすることも叶わない。嫌だ、嫌だ。


私も遊びたい。


最後にそう思ったのはいつだったか。幼い私はいつしか諦めばかりの人生を送るようになっていった。だから、最後の足掻きだった。


ごめんなさい


ごめんなさい


最後の足掻き。私は彼に全てを捧げたのだ。


ごめんなさい


幼い私は大きな罪に目を逸らして。



***



暫く任務詰めだった私を気付かい、土方さんが休暇をくれたのが始まりだった。断ろうとしたところを自分の主人である原田左之助に行くよな、と目線で言われてしまえばもう何も言えなかった。

渋々わかりましたと頷けば主人は私に、たまには実家に帰って母親に顔を見せてやれ、と言った。

元から休暇などもらったところでやることもなかったので私は素直にそれに肯定を示した。


私の実家は蝦夷の山奥にある。冬にはこれでもかという位に雪のつもる場所。小さな子たちは雪を体に纏いながらはしゃぎまくる。少しお喋りをすると母親がやって来て慌てて頭を下げる。子供は不思議な顔をする。私は子供の頭の雪を払ってやり、その場を去るのだ。いつだって長という名前は私に纏わり付く。母がはやくして私を産んだのだって、私と同じ境遇が嫌だったからだろう。子を産んだその瞬間から一族の長は母ではなくなる。産まれたその時から与えられた地位。昔は当たり前だった。だが、同じ年の子を見ると虚しくなった。虚しくなって、虚しくなって。

そして、壊した。保障された平穏はいらなかった。忍の一族でありながら、そうでなかった一族。鬼に媚びを売り、生きる。嫌だったのだ。私は。決まった道ではなく自分の道を歩きたかった。その為には必要な犠牲。そう、それでいいじゃないか。

私は目の前の実家を眺める。もう、誰もいない家。母は、いない。私が壊した。一族もろとも。

家に上がると悲しいくらいに綺麗な部屋。あの惨劇の面影は微塵もなかった。誰があの血だらけの部屋をここまで綺麗にしたのか。遺体はどこにいったのか。そんなことはどうでもよかった。

家に踏み入るのはもう何年ぶりか。あの時感じた虚しさがなかったことが嬉しかった。息をめいっぱい吸い込むと、畳に染み込んでしまった血の匂いが鼻をついた。

「……………。」

せっかくの休暇だった。だが、何日もいる気はなかった。

実家はついで。観光地が今回の旅の全てだ。行き道に沢山の観光地に行ったから随分と時間がかかって蝦夷についてしまった。

山を下山し始める。沢山歩きっぱなしで来たが、別段疲れはない。京に戻ったら団子を買ってから屯所に入ろう。

そんな計画を立てながら私は、何日もかけて来た道を戻り始めた。


「ありがとうございます。」


京に戻ってきて早々、団子をお姉さんにもらう。

口数は少ないが礼儀はある。それなりの作法は全て習ったのだから。


さすがに街中を忍装束で、しかもこんな真昼間から堂々と歩く馬鹿はいない。女の格好をしながらは歩きにくいが仕方ない。三色団子を口に含みながら思った。

屯所に近付くにつれ、足取りが軽くなる。やはり私はあの場所が好きなのかもしれない。私の味わったことのない温もりが私を包んでくれる。藤堂平助、彼とはなんだかんだで良い関係だと思う。彼は私を抱き寄せながら弟のようだと言った。私もこれが兄弟か、と思った。男に抱き寄せられたりするのに嫌な気はしない。色事の任務では不本意ながらもどこぞの初対面の輩と体を重ねることもしばしば。好きな人と初めてを。夢のある話だと思う。だが、それを叶えてしまうのだから人間は凄いと思う。言っちまえば言い方は悪いが交尾だし。人間の姿なんてしているが私だって狐だ。人間との交尾は胸糞悪いが、それがいつかは必ず主人のためになるのであればこんな体、いくらでも捧げよう。ひっかかる男の好みに体も変えてやる。だから情報をよこせ。情報を貰ったらすぐに始末してやる。

思考が変なところにきたときにようやくたどり着いた。



―――新選組屯所

団子片手に門に足を踏み入れ、たったかと進む。

「ん?うわ!慧じゃん!」

「平助か。」

女ものの着物に驚きつつ彼は私に話しかける。

「久しぶりだなぁ!今帰ったのか?」

「ああ。たった今。ほれ、土産だ。」

「おぉ、ありがとな。……って、団子?」

私が渡した包みを開け、愕然とする目の前の彼。

「……お前は、そういう奴だよな。」

「…言いたいことがあるなら言え。」

「い、いやいや!ねぇって!ん、うん。うめぇ。ありがとな。」

慌てて否定しながら団子を一本手に取り口に含む。以前私を弟だと言ったが私は平助が弟だと思う。まぁ、あえて言わないが。

「はい、ごちそうさま。とりあえず、土方さんとこ行って来いよ。土産話もまた聞かせろよ。」

「そのつもりだ。じゃあ、また後で。」

私はまた歩き出す。

「おう!…あ、慧!」

「…何。」

名前を呼ばれ、振り返る。

「まだ言ってなかったよな?おかえり!」

「…………ただいま、」

これだから私はここが好きなのだ。もくもくと進んで行く。

すると男装をしているであろう女の子がほうきを片手に掃除をしている。

同性、あと臭いでわかる区別であるが…何故私以外の女がここにいる。

「…………。」

まぁ、なんだか馴染んでいるような働きだし私の存在には気付いていない。私はそのまま静かに廊下を歩き出した。

「土方さん、慧です。」

「あぁ、入れ。」

すっ、と襖を開けると優しい顔をした彼がいた。彼には事前に文を出しておいた。なので、さして私の帰りに驚いている様子はない。

「久しぶりの休暇はどうだった。」

「……充実していた様な気がします。」

「そうか。」

私の返事がわかっていたような返しだった。

「あと、お団子買ってきたんで…。一本どうぞ。」

「ん?あぁ、ありがとな。」

「いえ、」

団子を受け取る彼に私は気になったことを言う。

「先程、屯所内に男装をしている女子を見かけたのですが…。」

「話が早くて助かる。」

彼は言った。私の休暇中にまず、失敗を見た彼女を捕らえた。だが、彼女は新選組で捜査中の雪村綱道の娘だった。保護という名の軟禁を続けている。

「あんま変なちょっかいかけるなよ。」

「それは私ではなく沖田さんに言うべきかと。」

「あぁ、そうだったな。ただ、雪村は女だ。男の俺たちができることも限られてる。」

「わかっています。彼女が困っているようであれば自分がなんとかしましょう。」

「ああ。頼むな。」

「はい。では、失礼します。」


その言葉を最後に慧は霧になったように姿を消す。最初のうちは驚いたものだが今ではもう何も言わない。彼女が忍だから。これで理由がついてしまうのだから。慧は一人、また廊下を歩み出した。




20101006