柔らかく華と逝け | ナノ


「お相手をさせて頂きます。君菊どす。」


ついた遊郭で相手してくれるのはそれなりの遊女であろう君菊さん。
しかし、彼女…鬼だ。

慧は一人、眉をしかめ酒を飲んだ。
まあ、害は出ないだろう。

「いや〜。左之が制札警護の報奨金で俺らにご馳走したいなんて……よっ!太っ腹!」

「やっぱ高い酒は違うなあ!喉がきゅーっとする!」


永倉さんは酒が入り少し興奮しているのだろう、主の背をばしばしと叩いた。その横では平助が酒を飲む。

「食べずに飲むと回るのがはやいぞ。」

「だって腹を酒で満たしたいじゃん!こんな機会ないし!」

その平助の隣で私も酒を飲む。

「慧もさ、金の使い道に困ってるならさー俺らに回してくれよ。」

「別に困ってなんかいない。それに貴方たちに渡せば一日で底をつく。渡さない。」

平助と少し話をした後、前にいる雪村さんが君菊さんと話す土方さんに目を向けた。

「新選組の土方はんって鬼のような方や聞いてましたけど役者みたいなええ男どすなぁ。」

「……よく言われる。」

永倉さん、そして平助がぶーっと嫌な音を立て、酒を吹き出す。

「………。」

確かに、あの発言はどうかと思わなくもない……。

「土方さん、もう酔ってるな!」

「はえ〜なぁ!相変わらず酒弱すぎ!」

けたけたと笑う永倉さんが話を制札に戻す。

「にしても、立て札を守っただけで報奨金が出るんなら全員捕まえてたらどれだけ大金貰えてたんだろうな。」

「左之さんどうして逃がしちゃったんだ?」

何故、か。
慧の予想通り原田はぴくりと反応を見せた。そしてその後、お椀を持つ雪村さんに尋ねた。

「あの晩、どこかに出かけなかったか?」

「え?いえ、出かけてませんけど。」

彼女はわけがわからないといった様子で返事をした。

「そうか……ならいいんだ。」

主は安堵のためか息を吐いた。

「千鶴がどうかしたのか?」

「……いや、実は土佐藩士を取り囲んだ時、千鶴によく似た女に邪魔されて、」

雪村さんは驚きと困惑に目を開き、その隣で沖田さんがお酒を飲みながら淡々と言う。

「前に会った子かもしれないよね…。たしか…、南雲薫って言ったかな?」

いつの間にか、周りは聞く体制だ。君菊さんまでもが真剣に話を聞いていることが、気になる。

「オレは似てないと思ったけどなぁ。向こうは娘姿だったしさ。な?慧。」

「私は、気になることがありあまり気にはしていませんでしたが…似ていましたね。雪村さんをしっかり立たせた感じ、ですかね。」

「それってどういうの?」

沖田さんが少し笑いながら私を指摘した。いや、でもそんな感じなのだ。

鬼には南雲、という性がある。土佐藩士、南雲という土佐辺りの鬼。だいたい道が見えてきた。
しかし私は鬼の世界やらはよく知らない。
やはり、志乃らに聞くしかないか…。


「ならば、女物の着物を着せてみればいいのではないか?」

斎藤さんが落ち着いたら様子で言った途端、全員の視線は雪村さんへ。一人、沖田さんだけがニヤリと微笑んだ。

「へ…?」

「そりゃ名案だ!君菊さんよ!この子に女物の着物を着せてやってくれないか?」

「千鶴を娘姿に!?」

うろたえる雪村さんを尻目に話は進む。
私は我関せずで箸を進めた。

「おまえらなぁ……。」

土方さんが止めようと言葉を発する前に君菊さんの手が言葉を止めた。

「よろしゅおす。万事心得てますえ。」

ほんと、遊郭はなんでもありらしい。

「じゃ、じゃあ慧さんも是非!」

私は芋が喉で詰まったような違和感を感じた。

雪村さんわちらりと見ると助けてくださいと言わんばかり。ああ、まるで小狐にお菓子をねだられているようだ。

「慧、いいじゃん。めかし込んじゃいなよ。」

いつの間にかいたのか沖田が私の背後からそっと肩に手をおいた。

「それに、君が着なきゃ千鶴ちゃんも動きそうにないしね。」


こいつ、いつか絞める。




***



「みなはんお待っとさんどした。」

君菊さんの合図に襖が開かれ、足を踏み入れた。
隣にいる雪村さんは恥ずかしいのか少し下を向く。
私はたいして恥ずかしくもないので真っすぐに前を見ていた。真っ赤になっている雪村さんと大違いだ。

前にいる役数名の男共がおお…!と声を上げた。

「千鶴、…それに、慧?」

「へえ…化けるもんだね。一瞬誰かわからなかったよ。」

「で、どうなんだ平助?」

変わらず酒を飲む沖田さんの横で斎藤さんが落ち着いた様子で言う。

「う〜ん…普通の着物じゃないから逆に難しいなー。それにしても…可愛いな、千鶴。」

えっ、と雪村さんがまた顔を赤くする。
そういえば、と周りを見ればいつの間にか土方さんがいなくなっていた。

「元がいいからな。綺麗だぜ?」

「おう!なかなかの別嬪さんだ!」

馬鹿二人に言われた雪村さんがまた赤くなり、震える。

「な、なら慧さんは!?」

でん、と前に出されたのは私だ。
私はと言えばどこに座ろうか、土方さんはどこに行ったのかと視線を巡らし…とばっちりだ!

「慧ちゃんもなかなかだぜ!千鶴ちゃんとはまた違った感じの愛らしさだよな!」

愛らしさって…。

はあ、と息を吐くと沖田さんとばっちり目があった。

「かわいいよ。」

「……はあ。」

「千鶴と違って慧は艶っぽいというかさ…」

「照れるな平助!」

「照れてねぇ!!」


そこからまた二人で騒ぎ出したので私は沖田さんの横に腰を下ろした。
主の横では雪村さんが酒を注ぎながら話をしている。

「この席でいいの?」

沖田さんが意地悪気に微笑んだ。

「かまいませんよ。」

「にしても、君にも驚いたなぁ…。」

「そうですか?私なんて…。」

「謙遜?」

「さあ。私は自分を美しいと思ったことはありません。ましな容姿だと思ったことはありますがね。」

沖田さんに酒を注ぐ。

「でも、今夜の君なら抱けそうだ。」

私は目を瞬かせた。

「ここは遊郭です。本職の方にお願いしてください。」

「つれないな〜。冗談だよ冗談!」

そう、冗談。今の沖田さんが誰かと情交などありえない。私の間違いでなければ彼はとある病を患っているかもしれないのだ。


目の前では三馬鹿と呼ばれる彼らが何かを始め出している。いつものことだが…。

それを見ながら笑う雪村さんを見て、少しほっとした。
私に人間の恋路も情交も、よくわからない。



0401
なんか最後生々しい。


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