結論から言おう。 君の病は労咳だ。 労咳とは、人間を死に至らしめる病である。実際、その病に陥った人間を見たことはなかった。だが、彼…沖田総司がその病であることをつい数刻前に聞いてしまったのだ。こっそりその場を共にしていた山崎さんからは自分たちの秘密だと言われたが、誰かに口にできるほど軽い内容でないのもまた真実。沖田さん自身が話さないのなら私はただ口をつぐむのみである。 そして、それと同時に鬼の侵入があった。私でもほんのりとしか気配を感じられなかったのだ。あちらに好戦の意思はなく、ただ本当に訪れただけだったのだろう。だがその鬼、風間千景は雪村さんの父が幕府を見限ったという内容を告げたのだという。 これにどういう意味があるのか。ただ、彼が好戦の意図を持ってなくてよかったと思うばかりだ。 そしてその後も、松本先生はここの人間たちの面倒を見るために通ってくれるようになった。1番の目的は病を患い、しかもそれを隠す意思を持つ沖田さんのためだろう。 それから、彼は少しの変化をもたらした。羅刹という名がわかったことからあの新撰組たちの名前を、羅刹隊と呼ぶようになったのだ。それは、彼らを本当に人から除外してしまうようで私は妙な気分だった。 * * * 慶応二年九月 京を大混乱に陥れた禁門の変の後、幕府は長州藩を朝敵とし、各藩に長州討伐の命を出した。幕府は長州潘を取り潰すつもりだったが、薩摩潘藩などの調停により、藩そのものは何事もなく存続していたのだった。その後、長州藩の動きは収まっていたかのように見えていたのだが…。最近になり、幕府に対して礼を欠いた行いが目立ち始めていた。幕府から長州藩へ詰問する使者が向かうことになり、新選組からも近藤さんが同行することになった。だが長州藩はその命を徹底的に無視し続けた。そして彼らを懲らしめる為、夏には第二次長州討伐が行われた。 しかし…、徳川幕府の十四代将軍が亡くなってしまう。混乱した情勢のまま幕府は大軍を率いて長州へ攻め込んだが、兵士たちの士気は思うようには上がらず…。そんな中なので、将軍の自体を聞いた兵士らが動揺し戦線離脱する藩なんかも現れ始め…。この戦いは幕府側の大敗北で幕を下ろすことになった。 二百六十年の間、揺らぐことのなかった大樹が軋み始めた瞬間だった。 「人間とは愚かな生き物ですね。」 「やだ、志乃ってば…こんなとこで高見の見物?」 がさりと姿を現す町娘なんかより派手な少女に志乃は肩を竦める。 「見物だなんて。」 「人間の情勢を知っておくのも必要なことだ。」 「志乃はともかく、真は真面目よね。」 「当然のことをして過ごしているだけだ。」 そんなとこが真面目なのよ、と少女、椿はため息とともに少しの悪態を吐いた。 「……慧様、大丈夫かな。」 「最近、人の世も危なくなりつつあるからな…。」 「そうなのよねー。」 椿は真の言葉を受け、尚更落ち込むようなそぶりを見せるが彼はその椿の大きなリアクションを慣れた様子でかわす。 「志乃…、」 「わかってる。危なくなるようなら、慧様を人間の社会から切り離します。それが分家たるものの使命ですから。」 志乃の艶のある細い髪が風になびく。椿はその風にぶるりと体を震わせるそぶりをしながら肩を抱く。 「帰りましょ。もうすぐ日が暮れる。」 空は夕焼けに染まろうとしていた。 * * * 私はその日、のんびりと過ごしていた。特別な仕事もなく、だらだらだらだらと、怠慢な日を惜しみなく過ごす。神経を常に張っているとこんな日が堪らなく心地好く感じてしまう。 「…慧!」 「…驚いた。」 わっ!と声を出して襖を勢いよく開けたのは平助だった。 「どこが驚いたんだよ!」 「………、」 答えあぐね、私は寝転ぶ体を反対側に向けた。 「あ、こら!」 「…仕事じゃないのか?」 「仕事だ。」 「…なら行け。私は今日は休みなんだ。」 「今は休憩なんだよ。」 彼は私の横に腰掛けた。 「…主は、」 「ああ…左之さんなら俺に変わって稽古つけてる。」 「休憩じゃなかったのか。」 「俺の休憩だ。」 屁理屈じゃないかと、ふふふと笑ってしまった。 「慧も、休みの日はかわいい格好してみたらどうだ?」 「かわいさというのは取って付けるものではなく、体の内から溢れるもの。町娘のような姿をしなくとも私はかわいい。…と、信じたい。」 なんだそれ、と彼は言いながら笑った。 「……眠いなぁ。」 「ええ。そうですね。」 「寝ていいか?」 「ダメですよ。」 太陽の暖かな光が私の瞼をゆっくりゆっくりと下ろしていく。意識を失う寸前、平助は私を優しく見ていた。 「……おやすみ。」 0925 |