柔らかく華と逝け | ナノ


もし、私が彼と同じ人間だったなら。そんな妄想は幾度となく繰り返した。飽きるほどそうであればいい日常を思い浮かべた。それはもう何千回、何万回と。



***



屯所に戻ってからは鬼と名乗った彼らに関する話だった。

重要なのはその三人が薩摩、長州と反幕府派の筆頭に属していると予想されること。核心はないが手を出すには危険な人物である。


そしてもう一つは、雪村さんに近付いたこと。土方さんたちは雪村さんに心当たりを聞くが彼女にはない。


「慧は?」


「何も。」


土方さんの目はどこかうたぐりを含んでいた。勿論私の主人も。

雪村さんは内緒で私に言った。小太刀の話などは内緒にしてほしいと。言われなくともそうするつもりだった。混乱している彼女を追い込む真似などはしない。

結局その話あいは何も結果を残さないまま終わった。



「慧っ!」


各自か部屋を去り、私も出ようとすると部屋に最後までいた主に手を掴まれた。


「…何が、あった。お前に。」


私は目を細めた。


「何も、ありません。今までも、これからも。」


私は、自然と解けた手を見つめ、それを最後に部屋を出た。主に自分の罪を教えるのは今までの関係を壊す行為だと思った。



***



慶応元年 潤五月



今まで通りの関係。今まで通りの屯所。
だけどその日はどこか騒々しかった。というのも今日は健康診断。

近藤さんと意気投合したお医者様ということだが。名前は松本さん。


「慧も健康診断受けるのか?」


「女である私に肌を晒せと…?」


「あ、悪ぃ。」


平助は頭をかいた。私は息をつく。


「私の健康診断は皆さんがすんだ後です。」


「慧もするんだ。」


「折角ですからね。こんな機会は。」


「ま、診てもらうにこしたことはねーよ。」


主は笑った。
順番はもうすぐだ。
私は手を見る。そこには沢山の服が積まれている。今日一日、健康診断が終わるまで私は服持ちらしい。


「……ここかな?」


呟きながらこの部屋を控え目に覗いたのは雪村さん。


「……わ、わわ!?」


だが彼女はすぐにひっこむ。

まあ、確かに見ていて気持ちの良いものではない。特に永倉さんの筋肉。本人は得意げだが楽しくない。


「よし、次の人。」


松本さんが声をかけ、永倉さんが椅子に腰掛ける。


「おう!俺の番だな!いっちょ頼んます先生!」

彼は自らの肉体美を披露していく。


「ふんッ!どうすか!?剣術一筋で、鍛えに鍛えたこの身体!」


「新八っつぁんの場合、身体は頑丈だもん。診てもらうのは頭のほうだよなー。な、慧?」


「………否定は、しませんが。」


変な振り方をしないでほしい。


「あぁん?余計なこと言ってると締めるぞ、平助。慧。」


「締め返すぞ。」


「………。」


黙った彼をいいことに松本さんは診療をすませる。


「んー永倉新八っと……よし、問題ない。次。」


「ちょ、先生!もっとちゃんと見てくれよ!」


「いやいや、申し分ない健康体だ。」


ただをこねる彼に外野が声を出す。


「新八。後ろがつかえてるんだから、さっさと終わらせろ。」


「そうじゃなくてよ!もっと他に見るところがあんだろ!」


どうやら彼は肉体美を見てほしいらしい。よくわからない。


「診察は診てもらうものであって、見せつけるものじゃない。さっさとどけ。」


「貴方はともかく、他の方が風邪をひかれたらどうするんです。」


また雪村さんがひょっこり顔を出す。どうやら用事があるらしいが…。


「……。」


今の私では相手にできない…。


「…用事ができましたので服は各自でお願いします。」


私に預けていた服を隊士に返す。


と、思ったらいつの間にか出て行った松本さんに話し掛けていた。


頭をぼりぼりとかく。服を返す必要なかったかな…。



***



夕方、全ての隊士の診察が終わった頃。私は主に席を開けてもらい自室で診察を受けていた。


「口を開けてくれるかい?」


口を開けると中を覗きこまれる。私も多少は医療の知識はあるもののやはり本物には敵わない。


「体が診たいのだが…。」


女性だから嫌なら、と言いたいのだろう。


「平気ですよ。」


性的概念はない。
体を晒すことに特別な感情はない。


「…これは、」


背中を向けた私。


「…痛くはないのかい?」


「問題ありません。基本的には昔の傷ですので…。」


私の体には至るところに傷がある。修行時代だったり、主といるときだったり。最近はない。


そういえば昔大怪我をして主にすっごく心配されながら看病されたことがある。


お腹にはそのときの傷が赤く残っている。


「もう着てくれて構わない。」


診察を終えた彼に従い、服を着ると向き合う。


「体に異常はない。随分健康体だ。ここまで健康なのも珍しい。」


「ありがとうございます。」


「だが…、」


その傷は、と彼は言葉を濁した。


「貴方も、女性は剣を握るべきではないという人らしい。」


「女性に刀を持たせたい男がいるものか。」


障子越しの夕日が眩しい。


「私は、この傷になんと思いません。」


「……そうか。」


彼は何も言わなかった。松本さんが出て行き、入れ違いで主が入って来る。


「どうだった?」


私の前で胡座をかくと彼は酒を注いだ。


「珍しいまでの健康体だそうです。」


「そうか。」


「傷のことは言われましたが……。」


「………。」


「貴方が、気にする必要はありません。私は、所詮狐ですから。」


「その前に、お前は女だろ。」


「………。」


優しい人。
だから、私は彼に罪をさらけ出せない。




***


もし、私が彼と同じ人間だったなら。そんな妄想は幾度となく繰り返した。飽きるほどそうであればいい日常を思い浮かべた。それはもう何千回、何万回と。


でも、それでも願うのです。願わずにはいられないのです。



「私が、人間なら…この傷に何かを感じることができたんでしょうね。」


歪んだ世界を生きた私。綺麗な世界を生きた彼。


人間になれたら、人間だったなら。そんな考え、罪を背負う一匹の狐には傲慢な考えだったのかもしれない。



酒を飲み、寝てしまった彼の頬に涙を落とした。




0411


短め?でもない。