日向慧という人物は至って単純な生き物である。それは自他共に認めるほどだ。いや、単純というのは少し違うかもしれない。だが、彼女がいくら考えてもそれに繋がる答えは結局ある人物のためになるようなことなのだ。 彼女は記憶を遡る。 *** 私が生まれたのは蝦夷の山奥。人間が見つけるのも大変な場所にある。母に身篭られ生まれた私に父と母の間に愛があったのかは今はもう確認のしようがない。 だが、父と違い母は私をきっと愛してなどいなかった。私には笑いかけない癖に違う子供には当たり前のように話しかけ笑う。父はなかなか仕事で帰らない人ではあったが遊びを知らず愛もわからない私と一緒にいてくれた。 私はただただ一族の長という証だけに生かされていた。 私は少し勉強し、沢山訓練をした。血が滲むまで短刀を持ち、クナイを打ち込む。褒めてくれる相手は侍女や父くらいなのにひたすら訓練に励んだ。何か行事があるたびに母は私にきらびやかな着物を着せ、傍に置いた。最初はこのような出来事が嬉しかったが、少し成長すれば母のお飾りであることもわかりほとほと呆れた。 子供だからわからない、なんていうのはないのだ。むしろ大人より子供のほうが他人の気持ちには敏感だ。 ある日、久しぶりに一族の人間と話をした。かわいいかわいい小さな子供。だが結局それも長く続かなく、また一人になるのだ。だがこういう展開はもうなれてしまっていたのもまた事実。だが今日は親戚の集まりでのみ顔を合わせる志乃が私のもとにいた。そういえば志乃はこの一族が嫌いだとよく言っていた気がする。何を話すでもなかったが、一人で志乃が語り続けるのを意味もわからず相槌をうちながら聞いていた。志乃はその後鬼のもとへ行き、私と顔を合わせることはなかった。 ある日には一族の一人と実戦形式の訓練をした。だが子供対大人だというのに勝敗はすぐについてしまった。へこたれる相手を見て浮かんだ文字は堕落。 こんな弱い者ばかりの一族が鬼を守る?なんて愚かで馬鹿らしい話だ。むしろ逆ではないか。慧は幼いながらも自分の環境のせいか実に大人びた子供であった。 結果、慧はある惨劇を引き起こした。 惨劇、それは同族殺し。蝦夷の一族を殺すことだ。その辺の大人より強いであろうことはわかってはいたがまだ子供の自分が決行できるとは思ってもみなかった。 母には死に際人殺しと言われた。 「人殺しは私たちの仕事だ!!」 叫びながら原形のわからなくなったそれを踏んだ。 気がつくと屋敷は静まり返っていた。ふふ、と口が歪む。だが、どこかでぽっかりと穴があいた。喪失感。 慧は思った。私が一族を作り直す。堕落し、鬼にすがることもなく身分差別などもない平和な私たちを…! 結局幻想であることを幼い私はどこかで知っていた。否、ほんとにそんなことを思っていたのかはわからない。ただ正当なこじつけがほしかっただけなのかもしれない。 今の私は知っている。私があのような行動をとったのは一族の再興を本当に望んでいたからではない。本当に望んでいたなら長の立場を使い内側から変えただろう。 本当はただただあの呪縛から逃れなかったのだ。一人は、寂しいから。一人は、とても辛いから。 そして少女は懺悔を繰り返す。 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい 何も変わらないことをわかっていながらただただ口からその言葉を繰り返していた。 今現在、一族の復興が進んでいるがあれだってなんとなくの決断でただただ自分に対する罪償いだけなのかもしれない。慧にとって重要なのは復興ではなく罪償いなのかもしれない。 慧はそこで頭を振った。 いいじゃないか罪償いでも結果幸せになる者がいるなら。一族が復興した際には全てが平等であってほしい。 慧は単純だ。誰かのためだという名にするが結果は自分のためなのかもしれない。慧は自分が酷く醜いと思う。 いつの間にか嘘をつくことに慣れてしまった。 だが嘘も仕事だ。 慧はいつまで終わらない頭の中を回り続ける過去をぎゅ、と目をつむることで追いやった。 目を開けると夜の闇が広がっていた。 110208 |