柔らかく華と逝け | ナノ


あのあと、将軍上洛のため私たち新選組は二条城の警護をすることになった。雪村さんも伝令役とし、手伝っている。私も塀や木などの高い位置からキョロキョロしたり二条城を警護している人達のところをぐるぐる回ってみたり。最終的には雪村さんと共に駆け回っている。

「交代でーす!」

元気に叫ぶ彼女。欠伸が出るのを堪えている私とは大違いだ。慧は眠たい目を擦った。

「うぅ…足つってきたかも…。」

「一度休憩しましょうか。」

彼女は ごめんなさい と謝ると少し足を休めた。

「慧さん…疲れないんですか?」

同じ女性なのにここまで走って息をきらさないなんて…!千鶴は尊敬した。

「…鍛えてないとやっていけませんから。」

慧はまるで医者がするようなふわふわと風に浮いた口布の下で口に笑みを作った。

「……私も、お勤め頑張らなくちゃ。」

ふと城を見上げていた彼女が言った。健気でかわいらしい少女だ。


「や、役に立ってないわけじゃないよね……?」

あまりの私案に私の存在が隠れている。困った少女である。


「さ、行きましょう。」

「あ、私…!」

雪村さんはまた謝ったが別段謝る必要は感じなかった。が、甘んじて受け取っておこうではないか。


また走り出した彼女と私。彼女の歩幅に合わせ、私も静かに地を蹴る。沢山の隊士とすれ違うが緊張しているのは僅かな人数だけだ。将軍上洛にわざわざ押し入る輩なんて基本的にはいないのだ。いてはならないはずなのだ。


「……そうだよね。これだけ厳重な警護だし、こんなところに、敵なんているわけ――」

彼女は言葉をきった。意図的にきったわけではなさそうだ。私は口布を小さく上に上げると左右の腰についている刀に手をおいた。

彼女はじっ、と城の陰、月光の手も触れるぎりぎりの緑を見ていた。


「………雪村さん、」


これは、非常にまずい。


「あなたたちは――?」


雪村さんは声をかくる。三つの人間の影。否、鬼だ。私は冷や汗が背中を伝うのを感じた。


これは…風間千景に不知火匡。それから天霧九寿。雪村さんはなかなか動けない様子。だが彼女も当然ながら彼らを知っているのだ。鬼が彼女に一体なんの目的で………。



「な、なんで……ここにいるんですか……!?」

「あ?なんで、ってのが方法を言ってんなら、答えは簡単だ。……オレら鬼の一族には、人が作る障害なんざ意味を成さねぇんだよ。」

「そう。私たちはある目的のためにここに来た。君を探していたのです。雪村千鶴。」


搾り出すような彼女に答えたのは風間の後ろに控える不知火匡。それから天霧九寿。

「……鬼、」

この言葉を呟き、私ははっとした。


やはり狙いは女鬼……。


慧は随分前にした志乃たちとの会話を思い出した。


「……い、言ってる意味がよくわかりません。鬼とか、私を探してとか、……私をからかってるんですかっ!」

「……鬼を知らぬ?本気でそんなことを言っているのか?我が同胞ともあろう者が。」

彼女の精一杯を一蹴し、風間は一歩踏み出す。

私は姿勢を前に少し倒す。


「君は――すぐに怪我が治りませんか?」


天霧が子供をいさめるように言う。

雪村さんは図星と言った様子。…まずい。


「並の人間とは思えないぐらい――、怪我の治りが早くありませんか?」


「そ、そんなことは……。」

「聞くな。聞かなくていい。」

彼女を後ろに隠すように一歩前に出ると彼女は私の名を小さく呟いた。


私の行動と彼女の返答、どちらか、もしくはどちらも不愉快だったのか不知火が目を細める。


「あァ?なんなら、血ぃぶちまけて証明したほうが早ぇか?」

「………っ、」

私は眉間にしわを寄せる。


「……よせ不知火。否定しようが肯定しようが、どの道、俺たちの行動は変わらん。」


さて、どうするべきか。


そして気付く。風間の視線の先は彼女の小太刀。


「……多くは語らん。鬼を示す姓と、東の鬼の小太刀……それのみで、証拠としては充分過ぎる。」

彼女の顔には焦りが浮かんでいる。…彼女をここにおいていてはいけない。


「……言っておくが、お前を連れていくのに同意など必要としていない。女鬼は貴重だ。共に来い――」

彼の手が言葉と共にこちらに伸びる。私の斜め後ろで彼女が少し後ずさる。すん、と鼻を鳴らすと私は彼女を抱え上げ、後ろに下がる。それを見計らったように白刃が闇を切り裂く。


「おいおい、こんな色気の無い場所、逢引きにしちゃ趣味が悪いぜ……?」

「…またお前たちか。田舎の犬は目端だけは利くと見える。」

「……それはこちらの台詞だ。」


槍と刀を抜き放った主人と斎藤さんが私と雪村さんの前に立つ。実に珍しい二人だ。いや、しかし…私は動かなくて正確だった。


「原田さん!斎藤さん!」

雪村さんが安心したように前を見つめる。そんな膝から崩れ落ちそうな彼女を土方さんが後ろに下げる。そんな彼もまた刀を抜いた。


「ふん……将軍の首でも取りに来たかと思えば、こんなガキ一人に一体何の用だ?」

「将軍も貴様らも、今はどうでもいい。これは、我ら鬼の問題だ。」

風間千景、彼は私に目を向けると言葉を付け足した。

「その女が雪村千鶴と契約しているなら話は別だがな。」

私は唾を飲み込む。


「鬼だと?」


土方さんの目がすっと細まる。


「へっ…こいつのツラ拝むのは、禁門の変以来だな……。」


一方では主人が槍の穂先を動かせば不知火匡、あの日の人物が銃に手を伸ばす。


「再会という意味では、こちらも同じくだ。……だが、なんの感慨も湧かんな。」


斎藤さんも柄を握る手に力を込めれば天霧九寿、平助の額を割った男は爪先に力を入れる。あれは…人間が当たるとまずい。


空気はぴりぴりなんて音じゃたらないくらいに緊迫感で溢れている。誰かが間合いへ踏み込んだなら、彼ら全員か一斉に地を蹴るだろう。


私も柄を握る手に力をこめる。後ろで雪村さんも震える手で小太刀の柄を探る。


が、後ろから来る山崎くんに声をかけられ彼女は探すのをやめる。


「や、山崎さん、いつの間に……!?」


彼は彼女をお構いなしに淡々と自らの役割を口にした。

「……副長の命だ。君は、このまま俺が屯所まで連れて行く。」

「……避難しろってこと、ですか……?」


遠回しに私には戦えと。


「私は……。………私は、この場に残ります。」

彼女は一瞬思案するもそう告げた。山崎くんがわずかに眉をひそめたのが見えた。

「……。」

戦場には見合わない顔で私は思わず雪村さんを見た。

「…………。君は、状況を理解していない。君が残って何ができる?」

「……自分でも、残るのが賢い選択でないことはわかります。私がいても役に立つどころか邪魔なのも……。」


ごめんなさい、それでも私は――


「山崎くん。なんなら私が護ります。」


私が言うも副長を慕う彼は予想通り言葉を続けた。


「……君にも何か、残るに足る理由があるのだろう。自分を貫くのは悪いことではない。……だが、それは俺も同じこと。命令を遂行する……それが俺にとって、自分を貫くということだ。」

「……っ!」

強引にでも雪村さんをここから引き離そうと手を伸ばす彼。私はそんな彼の手に手を伸ばそうとする。


だがその瞬間。銃を構えた不知火から殺気が走る。私は背中にぞくぞくとした悍ましいものがはい上がり、思わず手を引っ込める。雪村さんで多少慣れたと思ったがどうやら違うらしい。


「ヘイヘイ、待てって。お姫さんが残るっつってんだろ?振られたのに邪魔してんじゃ……ねェよ!」


主が舌打ちし、言葉と同時に地を蹴る彼の進路を阻むように立ち塞がる。


「……やれやれ。時に拙速は巧遅に勝りますが、不知火の手の早さも考え物ですね。」


「そういうあんたも、止めなかったようだがな。」

やや離れた場所の斎藤さんと天霧九寿、この二人も互いの間合いを詰めていた。



「くそ、何やってんだ…!」


状況は、一対一が三つ。雪村さんが脱出する機会が失われたことに土方さんは舌打ちし正面にいる鬼を睨みつけた。

彼女はただただ、動かなかった。


「……心配すんな、千鶴ちゃん。」


主人は彼女の心情を読み取ってか前に立った。


「オイオイ、邪魔する気か?……そいつは得策じゃねえな。」


言葉でそう言いながらも何処か嬉しそうな彼に主人も不適に笑ってみせる。だが、距離と武器が……。


「ハッ!オレ様の銃とお前の槍、この距離でどっちが有利かわかんねぇほどバカなのか?」

「原田さん……。」

雪村さんが不安そうに彼を呼ぶ。だが主人は下げていた穂先を更に下へ地面をえぐるようにしてから跳ね上がる。転がっていた小石が跳ね飛ばされ、銃に襲い掛かった。


「馬鹿はお前だ……!余裕かまして油断してんじゃねえよ!」

「――面白えッ!」

わずかな動きで不知火が小石を避けたのと主人が槍を走らせたのは、ほぼ同時。

すごいとした言いようのない。滲み出る殺気も。だがお互いに凶器が額に突き付けられているにもかかわらず表情も友人がふざけあうように唇を歪めて笑っていた。
私はどうしたらいいか迷った挙げ句大人しくすることにした。


「……その銃、飾りってわけでもねぇんだろ?なんで使わない?」

「は。銃声を聞きつけたつまんねぇ奴らに、水を差されたくねぇからな。」

「…主、」

私は不安になりながもいつでも投げれるようにクナイを指に挟む。が、銃は意外にあっさりと下ろされた。


「なかなか刺激的で楽しかったぜ。今度はもっと余裕のある時に会いてえもんだ。」


「……男からの誘いなんざ、ご免だね。」

二人は構えを解くと、戦いを切り上げ、間合いを離す。私も安堵のため息を吐きクナイをしまう。


「……これ以上の戦いは無意味ですな。長引いて興が乗っても困るでしょう。」

天霧が念を押すような口調で言うと不知火は居心地が悪そうに頭を掻いた。


「……オレ様のこと言ってんのか?オイオイ、引き際は心得てるつもりだぜ?」


その二人に視線を向けてから土方さんと対峙していた彼は頷いた。


「確かに……確認は叶った以上、長居をする必要もあるまい。今日は挨拶をしに来ただけだからな。」

「……むざむざ逃がすと思うか?」

斎藤さんが刀を握る。

「下らん虚勢はやめておけ。貴様らはまだしも、騒ぎを聞き付けて集まった雑魚共は、何人死ぬか知れたものではないぞ。」

その意見には反対しない。鬼の力を侮ってはいけない。


「それに…、」

彼の赤い瞳は私を見る。


「同族殺しをしたお前が人間に仕えているとわかったのも…またいい話だ。」


私は瞬間目を見開く。どうやら彼は私のたった一言、主人である原田左之助の呼び方を聞いていたらしい。


彼らはそれを言うと闇に紛れ消えていく。


闇に紛れゆく中、雪村さんにとある言葉を残して。


「いずれまた、近いうちに迎えに行く。……待っているがいい。」




***



「っと、大丈夫か?千鶴ちゃん。」

へたりこんだ雪村さんは主人の手を借りて立ち上がる。そんな彼女へ厳しい瞳で闇を見据えたまま口を開いた。


「……おい、お前、あいつらに狙われる心当たりでもあるのか?」


彼女は一瞬迷う。私にはその光景全てが何処か他人、第三者が見ているような景色に見えた。


「いえ……私にもよく……、」

「慧は?」


次に向けられたのは私。当然だ。


「あいつはお前のことを知っているようだったが……。」

主人が、周りが私を見る。これではまるで容疑者。とんだ置き土産を残して行ったものだ…風間千景。あれが、新しい頭領。だが、私が今言えば私のことまで……。人間は、嫌だ。差別をする。主のように妖怪じみた私を受け入れるの自体が稀なのだ。話してしまうときっと、私は…ここにいられなくなる。


「……私は、彼らの存在を新選組内でしか回っている情報以外知りません。」

「…そうか。」


こういうとき自分が無表情で、嘘を平気でつける奴でよかったと思う。……嘘。本当は嘘。胸がきゅーってなって…目が熱くなった。





110207


もうやだ…長い、