「慧、」 そう言って私の名前を呼ぶ貴方の優しい声が好き。 それはずっと、今でも、これからも――― *** 「慧、」 「あ、主!」 ぱっ、と振り向くと頭を撫でられる。 「左之助だって……お前は、また……」 はあ、とため息を吐く彼だがそんな姿も引っくるめて好きだ。 「いいじゃないですか。先日きちんと契約したんですし。」 「血を飲むことが…?」 「はい。」 私たちの契約は互いの血を交換すること。主の血は、甘かった……気がする。なんて嘘。血は、血だった。 「害はないので。」 「害というよりは精神的なもんだろ。」 主は筆を持つ私の頭をわしゃわしゃと撫でる。私はそんな彼の広い背中にぎゅー、と手を回し抱き着く。私の背中に手が回るのを確認すると潰れないように優しく力をこめる。 「お前も…でかくなったよな。」 「人間より成長は早いですから。」 私が主と出会ったときには私の見た目はまだ十前後だった。それが今では十五くらい。背丈も体つきも変わった。主はなんていうか…そう、お父さんみたいだ。 「お父さんかよ…。」 「私の家は父がよく家を開けるので。いても遊んでくれませんでした。」 彼はまたわしゃわしゃと頭を撫でる。私は甘んじてそれを受け取る。 「あ、そうだ。主。」 「?」 「髪の毛を、切ろうと思います。」 私は腰まである色素の薄い髪の毛を掴んだ。彼は不服そうな顔をした。 「髪の毛なんてすぐ伸びますから。それに長いと仕事のときに縛らなきゃいけないから不便なんです。」 そうして私は長い髪の毛を主の手によってさよならした。短い髪の毛は新鮮だった。だが、何故か主に切って貰った髪はどこか誇らしかった。子供は素直だ。成長ばかりが早い狐の私は今では考えられないようなへらっとした笑みを浮かべた。今思えば主に人間らしさを教えてもらい、初めて会った頃に比べるとこの時のほうが断絶笑っていた。 *** 「主に夢は、ありますか?」 それから少し月日が流れた頃に私は唐突に聞いた。 「いや、まあ…あるけど。」 「…夢は、叶いますか?」 その気があればな、と彼は笑った。そんな彼の夢は叶うかどうかわからないつまらないことだと言うので私は聞いた。彼は笑うなよ、と言いながらも答えてくれた。 「普通に、好きになった女と結婚して…静かに暮らしたい。」 「…漠然としてますね。」 「そうかもな。…まあ、これくらいでいいだろ。」 主は酒を飲みながら言った。 「慧は?」 「はい?」 「慧の夢。」 「…………。」 私は少し考えた。考えて考えて考えた。 「そう、ですね。…私は」 幸せになれればいい、と言いそうになってやめた。私が、幸せになるなんて。 「そうですね。主の夢が叶うことです。」 彼は面食らった表情をして笑った。 「主に守る女性ができるまで傍にいます。」 「ああ。頼む。」 「ふふ…、はい。慧にお任せください。」 私は彼に酒を注いだ。 どうか、彼を幸せにして。こんなにも素敵な男性なんだから…。夢くらい叶ったっていいじゃないか。 私は縁側から欠けた満月を見上げた。 110118 閑話、みたいな。 過去← 昔はよく笑う子だったんだ。 最近はみんなの口調がわかんなくなってきたんで困る…。 |