慶応元年、閏五月 西本願寺に屯所を移転しておよそ三ヶ月。 *** 志乃たちの来訪からしばらくたった今日、私に手紙が届いた。手紙は志乃からで、中にはただ一言[鬼]という字がどん、と書いてあった。 「……成る程、」 雑な伝え方だな、と思いつつまあ、仕方ないな、と思う。彼女は鬼です、なんて書かれていても困る。私は直ぐさま手紙を燃やした。 私の中で簡単な答えができた。風間千景、天霧九寿、不知火匡は鬼だということ。これなら私の正体を知っているのにも納得がいくというもの。雪村さんはというと、この手紙が届くまでの間少し様子を見ていたが鬼のようなそぶりは全くない。でも結果はどうやら鬼らしい。女鬼……また厄介な。小さく思いながらため息を吐いた。 「人の子、に…近い。」 ぼそっと呟く頃には手紙は燃えかすとなっていた。 ただ、この鬼の三人はなんだ。女鬼を狙って…?いや、だが…たまたま会っただけだとしたら?何はともあれただの恩返しであることを願いたいものだ。それに………、無意識だろうけど多分雪村さんって……。 私は頭を大きく振り、その場を後にしようとした。 「慧ーー!!」 それは私を呼んだ男性にしては高い声に阻まれる。 「…平助。」 「今から巡察なんだけどさ、よかったらどう?」 私はこの後特に用事があるわけでもないため素直に頷き、用意のため一度部屋に戻った。 部屋に戻ると口の布を外し、袴に着がえると脇差しくらいの長さの刀を一本ぶら下げ、懐にいつもの武器を入れてその場を後にした。勿論新選組の羽織りも忘れずに。 *** 寄せては返す人の涙を抜けて行く。今日も至っていつも通りの賑わいだ。 「そういえば、平助君と巡察に出るのは久しぶりだね。」 「言われてみればそうだな。」 雪村さんが言った言葉に呟くように同意を示す。この格好で雪村さんに会ったときには小さく声を上げて驚かれた。 「ん?ああ、そっかもなー。オレ、長いこと江戸に行ってたし。オレが留守中、新八っつぁんとか、左之さんにいじめられたりしなかったかー?」 「されてないから大丈夫だよ。」 主はいじめたりしない…多分。あれは、からかい………意味、一緒? 平助の緩い口調に雪村さんも頬を緩めた。 「巡察の時もすごく気にかけてくれるし。父様の手がかりは、見つからないけど……」 むむむ、と悩む慧を余所に平助は少し声色を落として言う。 「江戸にあるおまえの家の場所聞いてたから、オレも立ち寄ってはみたんだけどな……。」 言葉を濁すところ成果はなかったのだろう。 「そっか……、わざわざ行ってもらっちゃってごめんね。」 「ま、元気だせって!そのうちひょっこり会えるかもしれないし?」 少し肩を落とす彼女の肩をぺしぺしと叩きながら平助は励ますように言った。あれは地味に痛い、かな…? 「慧も自分で探してるんだよな?どうなんだ?」 平助の言葉に雪村さんはえ、と声を上げた。意外だったのか知らなかったのか……両方か。 「何か証言があったからといってその場に行ってもはずればかりだ。」 「そっかー。」 「……雪村さん、元気出してください。」 「そうだよ、千鶴!」 「うん、皆も探してくれてるしね。慧さんも、ありがとうございます。」 「いえ。」 雪村さんは小さく笑った。 「……平助君はどう?久々に京に戻ってきて。」 「あー、そうだなぁ。町も……人も、結構変わった気がするな……」 「平助君…?」 平助の顔に先程までの笑顔はない。その表情は、どこか懐かしそうな、寂しそうな…そんな表情。 「…ん?」 そんなとき平助は前方の何に気付いたらしく通りの向こうへ大きく手を振った。 「お、総司ー!そっちはどうだった?」 「別に何も。普段通りだね。」 気付いた沖田さんはこちらに来ながら言った。そんな沖田さんに挨拶する雪村さん。彼女に返礼の視線を向けると面白いことを期待する子供のように沖田さんはくすりと微笑んだ。 「でも、将軍上洛の時には、忙しくなるんじゃないかな。」 「上洛……将軍様が京を訪れるんですよね?」 「そう。だから近藤さんも張り切ってるよ。」 将軍が訪れれば、普段から京の警備をしている新選組は自然と目に留まることになるだろう。近藤さんが張り切るのも無理はない。 「あー、うん、近藤さんはそうだろうな……。」 平助は気の無い相づちを打ったきり沈黙する。そういえば随分昔に言っていたな…自分は尊王攘夷派であると。 「……けほっ……こほ…」 「沖田さん……?大丈夫ですか?」 傍らで沖田さん苦しげに顔をしかめ、小さな咳を繰り返していた。雪村さんが心配するが彼女を通りこし、彼は違う場所を見る。するとその鋭い眼光はにわかに細められ急に横へと投げられた。私たち三人もそちらに目を向ける。 「おい小娘!断るとはどういう了見だ!?」 「やめてください、離してっ!」 「民草のために日々攘夷を論ずる我ら志士に、酌の一つや二つ、むしろ自分からするのが当然であろうが!」 女性が複数の男性に絡まれている。 「やれやれ。攘夷って言葉も、君たちに使われるんじゃ可哀相だよ。」 「左に同じ。」 彼女の独特のあの雰囲気のせいか。はたまた私の正義感か。私は沖田さんと顔を見合わせると前に踏み出していた。関わるまいと、避ける人たちの中を通る。その浅葱色の出で立ちを見て、浪士たたが一斉に顔を強張らせた。 「浅葱色の羽織り……新選組か!?」 「知ってるなら話は早いよね。……どうする?」 唸るように言う浪士の言葉に沖田さんは唇に三日月刻むと、刀の柄に手を伸ばす。私もさしてある刀に手を当てる。すると浪士の一人が悔しげな声で悪態を吐く。 「くそっ、幕府の犬が……!」 失敬な。幕府の犬ではなく私は主の犬だ。心の中で暢気に言い訳をする慧を余所に平助が威嚇するように言う。 「………。いいからとっとと失せろって。」 流石に三人も浅黄色の隊服を着た人間がいると流石に不利を悟らざるを得ないみたいで奴らは尻尾を巻いて早足で逃げた。 「あれ?つ、捕まえなくていいんですか?」 「どんな罪で?君は意外と過激だなあ。」 唖然としたよに言う雪村さんに沖田さんが言う。 雪村さんが背後で 私……、過激なのかな…… と呟くのには内心少し焦った。 「何しょげてるんだよ、千鶴?……それより、ほら。」 平助の目線の先には先程の女性。否、鬼だ。雪村さんで鍛えられたのかあまり衝撃と恐れを抱かない自分にびっくりだ。 「あの……。私、南雲薫と申します。助けていただいてありがとうございました。」 彼女は着物の裾を払い、髪を気にするように触ると綺麗なお辞儀をしながら言った。女の子らしい女性的な綺麗なお辞儀。だが……臭いが、多分。男性、というかは…少年…?ああ、でもここは人が多いから…。私は鼻をごしごしと擦った。が、よくわからない。 「わっ……!お、沖田さん!?」 私が鼻をごしごしと摩るのに必死になっていると平助に手を掴まれた。どうやら私の鼻は赤いらしい。すると横では沖田さんが南雲さんと雪村さんを横に並べている。そういえば…土佐に南雲家という鬼の一族があったようななかったような……。 「いいから。この子の横に立って。」 「え……?」 沖田さんは並んだ二人をまじまじと見つめる。またこの人は女性に失礼なことを…。私ははあ、とため息を吐いたが沖田さんがこうしたくなるのもわかる気がした。 「やっぱり……よく似てるね、二人とも。」 沖田さんが呟く言葉に雪村さんは漸くこうして並ばされた意味を理解したようだ。 「似て……る……?」 雪村さんと南雲さんは顔を見合わせる。南雲さんはそんな雪村さんに小さく微笑んだ。 確かに、二人はそっくりだ。………鬼、だから?いや、こんなに人がいるからよくわからないが…多分、鬼。うん、そう鬼だ。 「そっかぁ?オレは全然似てないと思うけどなぁ。」 「いや、似てるよ。きっと、この子が女装したら、そっくりになると思うなあ。」 南雲さんはじっ、と雪村さんを見つめていた。彼女も自分とそっくりな人間に興味があるのだろうか。 私はごしごしと鼻を摩る。 「あ!慧、また!」 ぱし、と掴まれた腕。平助の手を離そうと下に下ろしたり上にしたりするが離れない。どうやら私の行動が気になるらしく離す気はないらしい。その間に南雲さんは沖田さんと雪村さんに挨拶をすると私たち二人にも頭を下げ、人に紛れていく。 上に上げた手を掴まれたまま頭を小さく下げた私たち二人は酷く滑稽だっただろう。私はため息を吐いた。 「…いつか鼻潰れても知らないからな。」 「なんだ、その理由は。」 私はまたはあ、とため息を吐く。 「あ、またため息!お前今日で何回目だよ…。」 「……さあ。」 そこからは腕を離した平助が話をする雪村さんと沖田さんの間に入り沖田さんはからかうようにつつく。が、そのやり取りは軽くあしらわれ終わった。その後は平助が帰ろうと言ったので私たちは屯所に引き上げた。 110118 あー長い。 そして空を見上げたを読んでる貴方、気付きました? 向こうで沖田は慧を慧ちゃんと呼んでるんですがこっちでは慧なんです。新八さんもこっちでは慧なのに対し、あちらでは慧ちゃん。千鶴ちゃんなんて向こうでは名字呼びなのにこっちでは名前呼びだからね!! ……多分。 実は私もよくわかっていない← もし何かここ一番最初の呼び方と違ったよー、とかあったら連絡お願いします(土下座) |