柔らかく華と逝け | ナノ



私は、疲れ果てていた。



***



人間という生物にまじり町を徘徊する毎日。


ああ、神は何処にいるの。


そう思いながら世界を眺めた。まだ幼い私に、大きな大人はとてつもなく恐ろしく見えた。だが、私も忍なのだ。何人も、殺した。希代の殺人犯だ。

人間が、怖くなかったわけではない。ただ、面倒だった。人間と関わるのだけは。人間は、絶対に関わりを持とうとする。


ぱた、と音を立てて道端に座り込む。その場所で数日飲まず食わずで生活した。


これはお前に対する罪だ。


太陽が、私にそう伝えようとしていたみたいだった。生まれ故郷を離れ、海を渡り、足が壊れるまで沢山、沢山歩きこの地に来た。だが、終わりだ。

ひとつ、流した涙はすぐに地面に染み込んだ。

そんなときだった。ある男に声をかけられたのは。赤い髪が印象的なまだ若い男だった。彼は私に食料をくれた。私はそれにくらいついた。お腹はすいていた。だが盗っ人になるつもりはなかった。

人間は、人間は……なんて愚かなんだ。

私は涙で霞んだ視界のなか、男に頭を撫でられながら握り飯にかぶりつくばかりだった。


男とはその場で別れ、私はまた歩く元気を取り戻した。今思えば何処に行こうとしていたのかはわからない。ただ、あの頃の私には進むということだけが重要だったのだ。


男とは、また会った。一目でわかった。ただ、男は槍を構えており数名の男に囲まれていた。

敵と思われる男が大声を出しながら切り掛かると同時に私は刀を握ったままの男の首にくないをあてる。


「……しにたいんですか?」


口から出た言葉は子供が言うような言葉ではなかった。だが呂律が回らないのは子供だからではなく言葉に慣れていないからだ。男たちは勿論怒った。だが、私はそのまま男の首にくないを深く突き刺した。ぐき、とかいう音が鳴ったから多分、折れた。ことはそれで終い。たまたま誰もおらず、私は男を溝に突き落とすとこっちを驚いた様子を隠せずに見ている男の衣服を引っ張った。

「なにしてるのですか。だれかにみつかるとめんどうですよ。」


彼は私の手を握って走った。山の近くにいた私たちは山に入った。


「お前、」

「おんを、かえしただけです。」

そう、それだけ。それだけな、はずなのに。私は口走っていた。


「わたしをいっしょにつれていってください。」


彼は拒んだ。当たり前だ。人を簡単に殺してしまうまだ小さな小娘なんてつれていけるはずがない。しかもこんな急に。だが彼は言った。

「お前は女なんだから町で普通に良い男でも捕まえろよ。それに、家族もいるだろ。」

「………?わたしはひとをすきになることはありませんが。」

「?」

首を傾げる彼に私は言う。因みに家族は聞かなかったふりだ。

「きつねですから。」

「狐ですからっ…………て、」

何を言ってるんだと笑おうとした彼を遮り私は姿を変える。

「……しんじていただけます?」

また人間の姿になった少女は言う。

「……、どういう原理なんだ?」

「ただ、ぎたいをもっているだけです。」


彼は次こそほうけた。もい一回、と言うのでもう一回戻る。彼は成る程と唸った。


「親は?」

「おや、は……えぞです。」

「そりゃあまた。」


彼はここから蝦夷の距離感に驚いた様子。そして私の嘘には気付かなかった。私が、殺しましたなんて言ったらそれこそ連れて行ってもらえない。


「……、」

「だめですか?おかねならありますよ。それにほら、わたししのびですしつかえますよ。」

「……しの、び?」

「しりませんか?ああ、にんげんふうにいえば…」


にんじゃ


彼はまたほうけた。


「……ひとをころしたことをおこってるんですか?」

「いや、まあそりゃ怒るべきなんだろうけど…。」


頭がついていかないと言いたげだ。


「……じゃあいまからあやまってきます。」

「いやいやいや、まてよ。死んだ奴にあやまってどうする。」

「わるいことしたからおこるんですよね。わるいことをしたらあやまるようにしています。……そもそもにんげんころすのはわるいこと?」

「そりゃあ、生きてるんだからな。」


「…わたしたちはころされるのに?」


その瞬間彼が固まった。

「わたしがいまよりちいさなころ…おじさんがいたんですけどかえってこなかったんです。おじさんのにおいをたどったらにんげんのいえにつきました。」



彼は悲痛な顔をして私の頭を撫でた。


「一緒に来るか。」


彼がそう言うから私は家族にも見せたことがないような満面の笑みで彼に抱き着く。まだ十と少しくらいの私は妹に見えるのだろうか。


「お前、名前は?」


「慧!日向慧!」


「俺は原田左之助だ。」


彼は私と目線を合わせて言った。


「まあ、今は事情は聞かないでやるけどまた話せよ。」


「はい!」


私は彼と手を繋ぎ、帰った。そのときから彼の呼び名は主だった。本人も最初はそうとう嫌がってた。




それが、出会い。主に詳しく一族のことは話したことはなかった。まず彼から習ったのは学だった。字を書くようになった。人間とはすごい!と思った。そうしているうちに私の擬態が女性的な体の形になった。ああ、面倒だ。変化してもいいのだが…それもまたなんというか。そうするとその当時主と共に藩に通っていた私に見合いの話が沢山きた。全部断った。だって、人間とだなんて……。まあ、金稼ぎやどうしてもの任務で体を重ねたりはするが。因みに主は知らない………はず。そしてそうやって過ごすうちに狐の契約の仕方を教え、契約した。それは至って簡単。血を交換するだけ。私たちには漸く完璧な従者関係が出来上がった。私にはそれが堪らなく嬉しかった。そして彼と藩を出て、色々旅をした。そして、土方さんや近藤さんたちの元に辿り着いた。





雪村さんは終始以外そうな顔をした。因みに狐だ殺人だ、契約だということ言わず家を出た、とか色々と模造して言った。


「主人は、私の親で親友で家族で恋人で……言い出すときりがないですが、私は……彼が欲しているもの全てになりたいんです。」

雪村さんが驚いたように言う。


「慧さんって意外と積極的なんですね。」

「……言い方が嫌ですが、まあ。そうですね。私には主が神様のように見えました。全てを捨てて、何もかもを壊してきた私には…彼が救いだったんです。」

笑うと雪村さんは曖昧な表情をした。


「さ、行きましょうか。」


「はい。」



私の愛は両手で抱えきれないほど大きいのです。





110113


慧の話。
ほんとはもっとあったり…←