「…………慧、」 主人が小さく名前を呼び、男が驚いたように目を開き、次には楽しそうな笑みを浮かべた。 *** 「…うっ…、」 彼は目の前の私の顎を掴んで引き寄せた。それは一瞬の動作。彼は私の顔をまじまじと見た後に言った。 ―――お前、狐か。 「………………、」 「よそ見してんなよっ!」 次の瞬間には主の槍が後ろから飛んでき、私と彼は違う方向に飛ぶ。 狐、狐……。 何故、知って………。 「あの!」 後ろにいた雪村さんが一歩前に出て言った。 「千鶴、お前…」 主人が横で驚いた顔をした。かく言う私も驚いていた。 「不知火さんでしたよね?……そろそろ退いてくれませんか?」 不知火、今思えば何処か聞き覚えのある名字だ。 「あァ?何言ってんだ、てめえ。ふざけてんなら、ぶっ殺すぞ。」 目の前の彼はまだ銃を下ろさない。だが雪村さんもここまできたらひけないのか言葉を選びながら話し出す。 「あ、あのっ……。長州の人たち、もう全員逃げちゃってるじゃないですか。」 確かに長州の人間はもういない。つまり彼は役割を終えているのだ。 「まだ不知火さんが戦う必要、あるんですか?」 そんな雪村さんの台詞に不知火さんは驚いた顔をしていた。 「わ、私たちの仕事は御所防衛です。そ、そちらが退いてくれるなら、その…」 不知火さんは深くため息を吐き、手にしていた銃を下ろした。 「なかなか肝の座ったガキじゃねえか。面白い奴らに会えて今日のオレ様はゴキゲンだ。――だが、いい気になるなよ。お前らも原田も次があれば容赦しねえぞ。」 「俺たちも長州と馴れ合うつもりはないさ。ま、お楽しみは素直に取っておくんだな。」 主人の台詞に不知火さんは楽しそうに笑いながら言った。 「あー、お前とは相容れねえな。俺は好きなものは最初に食う派だ。」 彼は私たちから距離をとるときびすをかえして手をひらりと振った。その様子に各自構えていた武器を下ろす。 私は自分の手をにぎにぎと握ったり離したりする。 それから壁に目を向け、自分が投げたクナイを回収する。 主に目を向けると彼女となんだか申告そうな話をしていた。耳を澄ませると、長州の話や不知火さんの話。 「……不知火、匡。」 ぽつりと名前を呟く。 ぎゅ、と目をつむり瞼を上げる。 「慧、一体戻るぞ!」 「了解しました。」 主の声に私は踵をかえした。 20101214 久しぶりの更新です。 今回は短め。 |