空を見上げた | ナノ
その刃が欲しい

「お前らのようなヤワな腹とは違うんだ。俺の腹は金物の味を知ってるんだぜ。」


慧はいつも主人のこの発言に頭を抱えたくなる。





ことの発端はほんの数刻前。近藤さんが美味しいお酒をいただいたから、と皆が酒を持ち寄りいつの間にか宴会になっていたのだ。ほんのり赤くした頬をしながら皆が盛り上がる中、酒飲み仲間の永倉にはやされ、いつもの台詞をはいたのだ。

周りは感心と同時に平助は馬鹿だよなあ、と笑い転げる。

「なあなあ、慧。なんで左之さんって腹切ったんだ?聞いても酔っ払って聞きやしねぇもん。」

主人や永倉さんもまだ理性が残っているらしくこちらを見る。周りもなんだか気になるらしくこちらを見ている。その中には近藤さんと一緒にいる西条さんたちの目も、遠くではあったがこちらを向いていた。まあ、確かに切腹して生きてる人間も珍しいだろう。

「腹を切る作法も知らぬ下司め。」

「へ?」

平助が素っ頓狂な声を上げた。

「主人が中間だった頃、上官に言われた言葉です。」

「それで腹切ったってか?」

永倉さんがうわ、と言いながら主人を見る。その本人は今にも寝てしまいそうな勢いだ。

土方さんも顔を赤くさせながらうつらうつらと船をこいでいた。

「…腹を切る作法なんて、切りたい奴だけが知ればいい。」

徳利に注がれている酒を飲み干し、自分でまた注ぐ。

「で、でもさ!切腹したのにどうやって生きてんだ?」

呟いた私の言葉を取り繕うように平助が言った。

「私、調度お茶を運びに入ったところだったんですが…。幸い、臓器に傷はついていなかったんで中に押し込みました。」

「うわ、」

永倉さんは声を出しながら傷を晒しながら爆睡する主人の腹に目を向ける。周りも血の気のない顔をしている。

「あとは…私ができる応急処置をし、医者に。その後は死にぞこないだなんだと言われながら藩を出ました。」

「慧も、だよな?」

「勿論。随分引き止められましたが。金は出す、いくらがいい?馬鹿馬鹿しい。私が仕えるのは主だけだと言うのに。」

私はぐびぐびと酒を煽る。徳利に酒を入れるのが怠くなり、傍にあった湯飲み茶碗に入れる。

「…慧?」

「なんですか?」

「いや、湯飲み茶碗って……、」

「大丈夫ですよ。チビチビ飲むのはお偉方の前だけでいい。」

慧は昔を思い出し苛々しているのか。酒を煽る。だが慧は悲しいことに軽く飲むだけでは酔えないたちなのである。

「……はぁ。」

「なあ、慧ちゃん。酒より俺とやらないか?」

永倉さんが自分の刀をぽんぽんと叩きながら言った。

「…いいですよ。短刀もありますし。」

沖田さんからいいなあ!と大きな声がしたが早いもん勝ちなんだよ!と永倉さんは大人気なく言い返した。主人を見ればひたすら爆睡していた。平助が顔に落書きしていたが仕方ないだろう。襖を開けるとそこはすぐ中庭だ。

「土方さんたちが酔っ払っててくれてよかったぜ。」

「そうですね。」

「でさ、真剣でやらねえか?」

「……構いませんが。」

彼は楽しそうによっしゃ、と言うと刀を抜いた。周りはひやひやとした雰囲気を出す者もいる。やはり、彼は強いのだろう。それが、西条さんに匹敵するのか否か。

「勝負はまいったを言うまでか背中をつくまでな。あ、あと刀は峰だ。」

「はい。」

そうして私も永倉さんも刀をひっくり返す。

「じゃ、平助審判!」

「僕がやるよ。」

平助の後ろから出て来たのは沖田さんだ。その顔はとても楽しそうだ。隣には西条さんたちもいる。

「さ、始め!」

その言葉と同時に永倉さんの刀が下ろされる。

「…………、」

「余裕そうだ、なっ!」

直ぐさま剣先を脇腹に移動させる。

「…、」

それを下がり避けると彼は素早く突きを出してくる。


強い


それだけだ。西条さんや平助より力もある。猪突猛進と見えるが頭をきちんと使えている。良い人材だ。

彼に向かってクナイを投げるがそれは弾かれる。

私も彼も真剣勝負ではない。ただの酒の肴だ。

「平助よりは、強い。西条さんとは、どうだろう。主人とは、良い勝負になりそうだ。」

「なんだか饒舌だなあ、慧ちゃん。」

こんな会話をするが私の短刀と彼の刀はガチガチと音をたてる。押し返すこともできるが遊びだから。勿論彼もわかっている。

「お酒が入ったからではないでしょうか。」

「そういえば、左之ともまだやったことねぇな。」

「是非どうぞ。教えてあげます。主人は種田流槍術です。」

「そりゃいいこと聞いたぁ!?」

彼の腹を弱く蹴ってやる。そのまま彼を地面に押し倒しそのままの姿勢で告げる。

「私の勝ちです。」

彼はぱくぱくと口を動かしながら赤くなった。

馬乗りになっていた彼からどき、服の汚れを払う。

「平気ですか?」

「あ、あぁ…。」

彼は差し出した私の手を掴み立ち上がる。

「はは、慧ちゃん。ほんと、面白いなあ。」

沖田さんは笑った。

「では、私はこれで。」

「え?もう行くのか?まだ酒残ってるぞ?」

草履を脱ぎ、部屋に上がると平助に言われた。

「いえ、主人には起きてもらいますが。」

私は彼を揺さぶる。別に引きずればいいのだが人目があるため避けたい。

「主、起きてください。」

「ん………、」

小さく返事をし、寝返りをうつ。幸いなのはいつもの露出の多い服装ではなく、きちんとした着物であること。周りの野次馬は先程までの話で盛り上がりを見せている。

「はあ……、」

ため息をつき、主の顔を手ぬぐいで完璧にふき、それからまた起こす。

「主、主……」

「…あぁ、」

「おはようございます。風邪をひきます故、お部屋に。」

彼はゆっくり立ち上がるとふらふらと歩いて行く。確かに今日は飲むのが早かったが、大丈夫なのだろうか。

「じゃあ、失礼します。」

「また明日な!」

「ああ。」

返事をした平助に短い言葉を返し部屋を出た主を追う。後ろから襲われんなよー!と永倉さんの声がした。主、あの者に敬語は必要でしょうか。

部屋につくと彼は布団をひき、待っていた。

私は擬態を解き、もぞもぞと彼の頭の横に座る。彼が眠るのを確認し、私も眠る。布団を出し、人間の姿でもいいのだが擬態をときたかった。狐がいる、なんて見つかっても威嚇して噛み付けばいい。そして近所の山へ逃げる。山なら他の狐に歓迎されるだろう。狼などがあの山にいるなら人間の姿で殺してしまえばいい。

私はくあ、と欠伸をした。



20101115


わあ、ながーい(棒読み)
新八さんとやりたかった。それを刹や彼方、総司に見てほしかった。むしろ総司には興味深々になってほしかった。総司とはやり合って仲良くなればいいよ←

では、お疲れ様私。頑張って、ふう。貴方に託します。


執筆者⇒雪子



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