空を見上げた1 | ナノ
少女の深淵

その夜、慧は屯所の近所の野原にいた。

志乃だ。

慧は己の横で静かに酒を飲む彼を見た。
今日の夜はなんだか長い。
さっきまで瑠璃先さんが横で飲んでたばかりなのに、と慧は自然に息を吐いた。

「慧様もいかがです?それなりの上物ですよ?」

「結構だ。」

「じゃあ私がいただこうかな〜!」

慧はきつい香の臭いに後ろを見た。
そこにはにんまり笑う少女がいた。
町娘としては派手な真っ赤な着物に露出も多い。
晒された太股が実に寒そうだと慧は思った。

「椿、」

志乃が少女の名前を呼んだ。

「ほら、はやく!私も飲みたい!」

志乃が横に座った彼女に酒注いでやる。
椿と呼ばれた彼女もまた狐である。あの日、難を逃れた貴重な一人である。

「美味しいねー。」

「でしょう?」

志乃と椿は寒空も気にせず語り出す。
椿と会うのは随分久しぶりな慧だか相手はそれを気にした様子は全くないらしい。
彼女の上で二つに縛られた長い髪が揺れる。
惜し気なく晒された足はやはり目の毒だ。
慧は目を逸らし、視線を月にやった。

「慧様。」

名前を呼ばれると志乃が自分にも酒を出していた。やはり、飲まなくてはならないらしい。

「少し、だから。」

「はい、少しで結構ですよ。」

綺麗に微笑む志乃の横で椿は肉が食べたいと血気盛んなことを言っていた。

そういえば、椿は昔から過激だった。いつも刀を二本使い、お世辞にも綺麗とはいえない攻撃方法だった…はず。
変わらぬ証拠とばかりに彼女の腰には長い刀が二本ぶら下がっている。

慧の視線に気がついたのか志乃は苦笑いしながら言った。

「ご安心を。椿は今でも二刀流の戦闘狂です。」

「酷いんだから〜。」

ふふ、と慧は笑ってしまった。
椿はにっこり慧に笑いかけると立ち上がった。
立ち上がった時には瞳には鋭い光を宿していた。

「だれ?」

まるで子供のように首を傾げる様は可愛らしいが、辺りがピリピリと震える錯覚におちいる。

がさり、と陰から現れたのは刹だった。慧はそれに少し驚いた。

「ふん!志乃から聞いてた犬ね…。いいわ、最近退屈だったの!貴方が慧様といるべき人間か私が見てあげる!」

椿は刀を一本抜くと風に乗るように目にも止まらぬ速さで走り出した。刹は驚きながらも素早くその刀を受け止めた。

慧の横では志乃はあの馬鹿、あれほど言ったのに…と嘆き、止めに行こうと立ち上がる。

「志乃」

慧は進む志乃を引き止めた。

「あの方、椿に殺されますよ。」

「殺しはしないさ。ただ、私も椿と刹の戦闘能力には興味がある。」

「……、」

志乃はげんなりとした表情で慧を見た。
相変わらず刀がぶつかる音が響く。

椿は酒が入り興奮しているのだろう、時折楽しそうに声を上げている。

「そーらぁっ!」

椿は叫ぶと同時に鍔ぜり合いの最中、片手で刀を支えるともう一刀を抜き、刹を切り上げた。刹は顎を霞める程度ですんだが、当たっていれば死んでいたことを確信した。

こいつ、タチが悪い。

刹の感想はこうだ。
しかし、刹も食事を終え自分で狩りをした成功からか妙に気持ちが高ぶっている。
ただ慧の気配が気になり見に来ただけがこのようなことになるとは…。刹は慧をちらりと見る。

こちらを見ていた。
のせるものならやってみろ、ということだろうか。


「いいじゃないか。」

ニヤリと刹は笑い、顎の血を拭った。
椿も笑うと少し腰を屈め、刹に踏み入る体制に入る。

「慧様も許可くださったし……私刀を抜くのは久しぶりで久しぶりで!貴方みたいな猛者と戦えるなら禁欲したかいがあったわ!」

刹はそこでようやく椿が狐であることに気がついた。
確かに己の力を込めた刀を片手で支える椿は怪力だ。しかし、臭いが…。
刹は彼女のきつく甘い香の臭いに酔ったのだと思った。

月明かりの下、刀がぶつかる。



0328
お久しぶりです。
登場させる気はなかったんですが椿さん出したくて…。
慧はライバルであると同時に仲間だし、刹に純粋に力を競い合える人を用意したくなりました。芹さん勝手ごめんね。椿さんはそれなりなナイスバデイで肌露出しまくりな着物の方。
胸元全開設定いいと思う。見た目かわいらしい少女です。

長くすみません。
やりにくい続きすみません。まじすみません。すみません。



雪子


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