理性はそろそろ沈没します 慧がいなくなるのを見計らって、そっとその場所から姿を消した。空腹が満たされているせいかいつものように視界が揺れることもない。満たされている。その言葉が似合うのだろう。そのくらい今は心が落ち着き、精神が安定していた。 目の前には総司の部屋。静かに襖を開けて中の主人を伺う。 「……総司…?」 そっと中を見てみる。当の本人は分かっていたかのように優しく笑っていた。 「体は大丈夫なのか?」 総司の目の前まで行き、そっと額に手を置いた。風邪だと聞かされてはいるが不調続きはさすがに心配だった。 「うん。大丈夫だよ。」 額に置かれている手をやんわりと握る。自分よりも大きな手に刹は安堵の息を吐き出した。 「…一緒に、寝てもいいか?」 体を労わって聞けば総司はふっと笑って手を引いた。一つの褥に二人は並べない。だからいつも刹は彼の胸元で埋まって眠る。 「久しぶりだね。こうして一緒に寝るの。」 「あぁ。」 その腕の中で刹は穏やかに笑う。 「刹、今日は甘えたなんだね。」 「……そうかもな。」 寂しい。心がずっと喚いて喚いて仕方がなかった。気づいていなかったの心の隙間、失ってしまったその欠片。それは小さくも意味があったことで、刹にとっては大事なことだった。 「なぁ、総司。」 「なに?」 「…ありがとう、」 「刹、どうし……」 ばぁんっと銃声が響く音が耳に届く。鬼が、来た。体が誘われるように総司の部屋を出て行く。こちらに走ってきていた山崎君と目があう。だけど、途切れた。 ***** 高い笛の音が心の臓を鷲掴みにする。体が熱くて燃えそう、だ。腕が重くて気だるくて今すぐにでも膝が折れてしまいそう。不快感が背筋をぞくぞくと駆け上がって頭へ直接響く。がんがんと鈍器で頭を殴られているような感覚に、何かが切れそうな音がどこかでぎりぎりと聞こえた。 「……こんな、ところでっ!」 懐へ手を突っ込んで隠していたものを引っ張り出した。それをきゅっと握り締めて、恨めしげに月を睨んだ。何もかも振り切るように揺れる赤を飲み込んだ。視界が彩から赤一点へ。何かが、壊れる音がした。 寝間着のまま刀を手に鬼と対峙した。ざんばらなままの髪の隙間を風が優しく通り抜ける。もう戻れない窮地にそっと一人笑った。 「貴様、笛が効かぬのか?」 「あぁ、もうただの犬じゃないからな。」 一歩一歩と皆が戦う場所へ足を踏み入れた。土方さんたち以外誰も俺のことなんて気づかない。 だから、見せ付けるのだ。 もう山犬は鬼に屈しないと。それは環への願い。 そして、先を行こう。 戦う為に走るのだ。この命絶えるまで。 「ならば用済みだ。」 刀が振り下ろされるのを鞘で受け止めた。もう、負けはしない。刀を抜いて一瞬を突いた。男の髪が一房舞う。 「………興ざめだな。」 風間は背を向けた。表情こそ伺えないが笑っているように見えたのは気のせいではないのだろう。彼らの退出と共に足から力が抜けた。…しんどい。 「っ刹!」 膝が折れたと同時に誰かに抱きすくめられた。あぁ、この温もりは彼方だ。 「ほんに、馬鹿な子や。……守りたかった、のになぁ。」 ごめんなさいの言葉が出てこない。彼方を傷つけた。約束守れなくてごめんなさい。そっと心の奥で呟く。 「ごめんなぁ。」 ずきずきと心が、痛い。 いつのまんにか、視界から赤は失せて彩が戻っていた。 月が、眩しい。 0917 なんか、悲しいな。 芹 - 57 -
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