君が儘に 平助と斎藤さんが去って行った。斎藤さんは、密偵として。だが、これは私斎藤さん、局長、副長だけの秘密だ。きっとこれから私と斎藤さんの恋人のまねごとが始まるのだ。斎藤さんにはお気をつけて、と声をかけ、平助には元気でな、と声をかけた。平助がいなくなってから、主は少し寂しそう。だが私にはどうすることもできないのだと悶々とした気持ちを日々抱えていた時、私は刹ある作成を実行した。やはり、私にはそれ以外浮かばなかった。山で久しぶりに狩りをし、できるだけ血を抜いてから彼女の元へ持って行った。彼女は、現れた狐が私であることを知っていた。わかっていた。 そうすると、彼女は私を抱き上げてこう言った。 「俺もそろそろ、腹を括るよ。」 これでいいのだと、彼女の不思議な臭いを肺に送りこんだ。 * * * それは、三月のことだった。もう雪は溶け始めていたりそうでなかったり。だが、やはり未だ肌寒い季節である。 夜、その人たちは来た。 「……、」 千姫様に、君菊様。 見れば、わかる。君菊様に至っては半年ほど前に遊郭で会ったし…。 そうか、君菊様は千姫様に仕えているのか。 「お千ちゃん!」 部屋に彼女がいることに驚いた雪村さんは少し大きな声を上げた。 「私ね、千鶴ちゃんを迎えに来たの。」 「時間がありません、すぐにここを出る支度をしてください。」 ―――きた。 千姫様が雪村さんに接触を図ったあのときからいつかこうなるのではないかと予想はしていたのだ。 「え…いきなり、そんなこと言われても…」 「そうだせ、俺達にもわかるように説明してくんねぇか?」 空気が、困惑にわかり、ぴりりと痛いる。 「鬼と名乗る男…風間千景をご存知ですね?」 「確かに馬鹿力だったけどよ、鬼なんてそんなもんいるわけが――」「実は、私も鬼なのです。」 横にいる君菊様が千姫様と自身について説明をする。 旧き鬼の血筋で鈴鹿御前の末裔であること。君菊様が鈴鹿御前に代々仕える忍であることを。 「…なるほどな、新選組の情報を得るために近付いたわけか。」 私はちらりと刹を見たが、実につまらなさそうだ。 「……で、その鬼の姫さんとやらがこいつに何の用だ?」 「争いを好まぬ鬼の一族は力を利用しようとする時の権力者達から身を隠して暮らすうち、人との交わりが進みました。純血の鬼の一族も少なくなり、西国で最も大きいのは風間家、そして東国では“雪村”。…雪村家は滅んだと聞いていましたが…。」 雪村さんがはっとする。苗字の合致、そして…。 「思い当たる事がありそうね。」 雪村さんはゆっくりと先日斬られた部分の包帯を取っていく。見せ掛けだけの、傷。 「傷が、治ってる…!!」 「きっと私が鬼だからかもしれません…。」 「血筋の良い鬼同志が結ばれればより強い鬼が生まれる。おそらくそれが風間の狙い。薩摩の仕事で京を離れていた風間達が戻って来ています。近々彼女を奪いに来るでしょう。風間が本気で仕掛けてくれば、あなた達は無力です。ですから私達に千鶴ちゃんを任せてください。」 「無力ってのは言い過ぎなんじゃねぇか?」 「部外者の君達が新選組の事に口を出さないでくれるかな?」 沖田さんは苛立ったように声を出す。彼の傍にいる瑠璃崎さんも同じ意見らしくその目は鋭い。 「雪村くんにはここにいてもらわないと困ります。」 ちらりと君菊様と私の視線が山南さんに向く。何か、感づいたか…? 「…風間の力は十分承知しているはずです。」 「相手がどんだけ強かろうが俺達が新選組の名にかけてこいつを守るってこととは関係ねぇ。」 「あなたまで何を…!」 君菊様は過去に土方さんと話したことがあるからか予想外な言葉に口を出した。 「雪村君、君が決めるといい。」 「遠慮はいらねぇ。お前の正直な気持ちを言ってみろ。」 近藤さんは穏やかに言った。土方さんと近藤さんの意見は話さずとも同じだったと言うわけだ。きっと、雪村さんはこの場所を離れないだろう。瞳が、揺らいでいない。 「……皆さんにご迷惑をかけるかもしれません。でも私は、ここにいたいです。」 おずおずという様子で雪村さんは言った。 「そういうわけだ。こいつは俺達が責任を持って預からせてもらう。」 「……分かりました。ですが、千鶴ちゃん以外にもう一人話しておかないといけないことがあります。」 千姫様の視線が私に向く。………嗚呼。 からり。襖が開いてその姿に私は視線を送った。来ると、わかっていた。 「お久しぶりですね。新選組の皆さん。 ……刹、返事を貰いに来ました。」 刹はすっと立ち上がり、環さんがいる襖の向こうへと足を運んだ。 「……私たちも、部屋を変えましょう。」 千姫様は頷いた。 「君菊はここにいて。」 「わかりました。」 * * * 案内したのは先程の部屋より狭い客間である。 「それで、お話とは。」 「貴方と、あの山犬の彼女の話よ。」 わかっていた。私は頷き、先を促した。 「貴方、狐であることは黙っているの?」 「はい。…主と西条刹、彼女だけは知っています。」 「…そう。貴方が行方をくらましたと聞いて、散り散りになった仲間は随分探していたそうよ。」 「それはご心配には及びません。分家の者とはいつでも連絡がとれます。…なんなら今お呼びすることも可能ですが。」 「結構よ、ありがとう。…それと、貴方があのとき、何故ああしたかを聞いていい?狐の存在は鬼の間でも結構大切にされていたから…、」 あの、日……。 「罪償いなら、します。心配されずとも、一族は再興させます。」 「…そう、」 千姫様の顔が、心なしか柔らかくなった。 「…ですが、鬼に仕えることはもうないと思っていてください。」 「……、」 「今現在も、私の分家の者の計らいにより鬼に仕えている狐はおりません。……鬼にとって狐は大切。皆が、そうではないのです。我が一族をご覧ください。皆、落ちぶれ、頭を下げ従うことしかできません。…それが嫌で、ああしたのです。」 千姫様は腰を上げると私の横に座った。 「辛かった?」 目を、見開いた。 私は、心掛けて、微笑んだ。 「辛くなど、ありません。」 「そう。…それと、もう一つ。彼女、西条刹さんのことよ。」 きた、な。 「何故、彼女はここに?」 「彼女は、山犬と人間の混血児です。」 「………、」 千姫様の目が驚きに溢れる。確かに、このようなことは耳にしない。 「山犬も、鬼に仕える一族です。ですが、貴方方は山犬をよく思ってはらっしゃらないのでは?」 「…過去を探れば山犬に食べられた鬼もいるはずよ。」 「彼らは空腹に忠実です。…きっと、彼女が本物の山犬なら私がすぐに始末しますよ。」 「そっか。」 「ええ。………ああ、どうやら」 決めたようですよ。 「え?」 「彼女、人間であることを選んだのです。大丈夫、彼女は強いですから。」 ああ、そろそろ斎藤さんとの逢い引きの時間だ。 私は立ち上がる。 「千姫様、最後に約束してください。」 「?」 「我が一族の話は、主には内密に。」 「…ええ、わかったわ。」 私は微笑む。 「さあ、広間に戻りましょう。」 0821 長い。 …雪子でした。 - 54 -
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