生餌の運命 「慧さん、着付けお上手やったんどすなぁ。」 「あなたほどではありませんよ。」 最後に借りた簪で簡単に鬘の髪を纏め上げれば君菊さんに着付けられた雪村さんからほう、とため息がもれた。 「慧さん綺麗です。」 「貴方もお綺麗ですよ。」 彼女は照れたように髪に触れた。 * * * 雑談をしながら部屋へ進んで行くにつれ、彼女が落ち着かなくなる。 「大丈夫ですか?」 「へ!?は、はい。緊張しちゃって…。」 にこりと彼女に笑ってやると彼女は照れた。そりゃそうだ。雪村さんに比べ、私は化粧顔だもんな。うっすら白粉をぬった顔、唇には艶やかな紅がひかれ目元も目尻から伸びるように赤に近い桃色に彩られている。 「慧はん。雪村はん。よろしいおすか?」 「お願いします。」 「みなはん、お待っとさんどした。」 ほら、と背中を押して一緒に入ってやるとやはり称賛の声を浴びた。 「千鶴…なのか?」 「平助、お猪口から零してますよ。」 うわ、と平助は猪口の酒を飲んだ。 「…っていうか、慧!?」 ふふ、とわざと微笑むと平助は元々赤い顔をさらに赤くさせた。 「にしても化けるもんだね。一瞬わからなかったよ。」 「で、どうなんだ?平助。」 斎藤さんに言われ、平助は本来の目的を思い出し控え目に雪村さんを見た。 「う〜ん…普通の着物じゃないから逆に難しいなー。………それにしても、かわいいな千鶴。」 彼女は見る見ると顔を赤くさせた。 「元がいいからな。綺麗だぜ?」 「おう!なかなかの別嬪さんだ!」 「…お二人とも、そのあた」「もうやめてください!」 ばっ、と彼女は飛び出して行った。追いかけようかと悩んだが…まあ平気だろう。あの部屋にいるのは土方さんらしいし。鼻をすんすん鳴らし、次には酒を飲み続ける沖田さんに酒を注いであげた。 「それにしても慧ちゃんも別嬪さんになったよね。」 「ほんまに。僕も大層驚きましたんよ?」 結局二人の酒を注ぐことになった。 「ていうか、その髪は?」 沖田さんは少し出てる髪の毛を引っ張った。 「痛っ、」 「あ、ごめん。」 「…そこは自毛ですよ。」 む、と睨むと彼は笑った。 「にしても西条さんは?」 「刹ならほんまについさっき酒持ってここ出てってしまったんよ…。」 「慧ちゃん、僕らの相手はいいから刹の様子見て来てもらっていいかな?」 「…この格好で、ですか。」 「その格好だから、だよ。」 悪趣味め、とも思いながら私は酒を注ぐのをやめた。 「戻って来たらたっぷり相手してあげるから…。」 ね? と掠れた声で耳に囁かれた。するり、腰に手が回る。 「夜のお相手なら本職に頼んでくださいな、酔っ払いめ。」 手を摘むと彼はその手を摩りながら困ったように笑った。 「彼女だって一人で動ける歳ですよ。」 そう言うと沖田さんと瑠璃崎さんはきょとんとした。 「…日向ちゃん、たまにすっごい大人っぽいこと言うよなぁ。」 「年上なんですよ、実際。」 笑いながらその場を離れた。二人とも西条さんが気になるなら自分で行けばいいのに…。心にぽかぽかしたものを残しながら彼女の臭いを辿った。 * * * 彼女の居るそこが見える場所に行くと彼女は一人ではなかった。 気付かなかった…。彼女と臭いが似てるからか…?思わず未だ酒の臭いが残る鼻を摩った。 環さんと彼女は、談笑しているように見えてそうでないらしい。何やら深刻そう。聞きたくはないがこれだけ近いと聞こえるというもの。一応、遮断してはいるが…。 刹も、大変だな…。 窓にもたれるようにして彼女たちの観察を続けると、何を感じとったのか環さんが小さく声を上げながらこちらを見た。 彼女の視線の先には私。環さんに倣い刹もこちらを見た。 目があって、私はできるだけ艶やかな笑みを業と浮かべてやった。彼女は難しい顔で私を見ると前を向き直り酒を煽った。 「女は、怖いな。」 そう言った彼女はどこか笑みを讃えているような声色だった。 0810 雪子でした。 - 50 -
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