微笑みと雑音 慧と雪村が、女物の着物に着替える為に君菊さんと部屋を出た。何故か心の中で暗いモヤのようなものが掛かる。振り払うように酒を煽った。そのうちに一瓶二瓶と空いていく。一向に酔う気配が無い。酔えない。しばらく、酒を持つ手を止め感傷に浸る。酒に広がる波紋が、静かだった。ぐいっと一気に煽ってしまい、刀を握った。 「あれ、刹。何処かにいくの?」 「……あぁ、」 外の空気が吸いたかった。皆がいるところから、遠くへ。ストンっと降りた。向かう場所はひとつ。 「環。」 遊郭を出てすぐ。見慣れた姿が待ち構えていた。いつもと違う格好。男装をしていた。 「娯楽はもういいのですか?」 「あぁ、それよりも環も一杯どうだ。」 遊郭に足を運ぶ度に酒を持たせてくれる遊女。昔に遊んでいた遊女が役に立ったと思った。たぷんっと音を立てて揺れる酒瓶。環は少しならと笑った。 * * * 新選組の皆が集う場所からほんの少し離れた場所。ぎりぎりなら、皆の姿が捉えられた。そこに酒を注ぐ。環も同じように煽っていた。 「まさか、こんな風に刹と酒を酌み交わすなんて思ってもいませんでした。」 「俺もだよ。」 苦笑を漏らしながらも嫌な気はしない。そうして、笑った。足を組んで、手を後についた。環はくすくすと笑っていた。 「男がいたについていますね。」 「そっちは女がいたについているな。」 刹と違い、男装をしていても何処か穏やかな空気を持つ環。環と違い、同じ男装でも鋭い空気を持つ刹。鏡を見ているようで、対照的ではない二人。環は刹を見て言った。 「……痩せましたね。」 「…まぁな。」 もう人間の食べ物はあまり受け付けないはずだ。ほとんど食べないせいか、以前よりも少し痩せていた。環としては新鮮なものを食べて欲しいと思っている。野生のもの。口にするには、あまりにも苦々しすぎる。 「いつまで、こんな生活を続ける気ですか。」 「………。」 「こんなことを続ければ、間違いなく貴方は餓死します。」 「……死なないさ。」 「死にます。」 きっぱりと言い放つ環に刹は目を細めた。 「死なない。死ねない。」 「刹、」 「…約束が、あるんだ。」 「約束?」 「そう、とても大事な約束。」 懐かしそうに刹は新選組がいるであろう場所に目を映す。土方さんが外を眺めていた。 「貴方は、自分から死へと挑むのですね。」 「そういう、あんたもだろう。」 「えぇ。」 視線の土方さんは中へと戻っていった。それを寂しそうに眺める刹は、どこか幼い。まるで、過去から何も変わっていないように。 「…あっ、」 環が声を出した。その視線の先、慧がこちらを見ていた。綺麗に着飾りいつもと雰囲気が違う。目が合って慧は笑った。 「女は、怖いな。」 最後の一口を飲み込んだ。 0802 娯楽は刹那、夢は少し。 芹 - 49 -
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