心に入り込んだ海 刹の言葉はとても現実味が強く、ひとつの言葉全てに勇気付けられる。 だが、勇気付けられてどうするんだ…。 慧は人知れずため息を吐いた。彼女は私があの人に仕えることが償いだと言った。だがこんな幸せな償いがあるのだろうか。逃げ出した先での幸せな償い。ここは、甘温い場所だと改めて思った。彼女は、やはり人間以外の何者にもなれない。そして私は、いつまでたっても半端ものだ。 慶応二年九月 肌寒い季節になり始めた。だがそんな季節に浸る間もなく任務が下った。 三条大橋にて「長州藩は朝敵である」という旨を知らしめる制札が引き抜かれる事件が起き、新選組に警護の命が下ったのだ。 永倉さんたちの一日目には何もなかった。 次に回ってきたのは私たちの隊。主を筆頭に警護をしていた途中、彼らはやってきた。 「行くぞ。」 「はい。」 後ろの隊士たちが頷くのを見て、皆が建物の影から駆け出す。 「そこまでだっ!」 捕らえろー!と、誰かが叫ぶ。縄を取り出し怯んだ敵の体を縛り上げる。 「くそっ!」 「おとなしくしろ。」 体に巻き付けていくと、背中にぞくりと嫌なものが走る。後ろを振り向くと同時にけたたましい悲痛な叫び。 「……、」 クナイを投げるも、それは簡単に弾かれてしまう。 女性の、着物。女鬼…?いや、違う。あれは、男だ。 彼が指揮をとっているらしく、周りの連中は背を向けて去って行く。 「あっ!」 私が捕縛した奴にも隙をついて逃げられてしまう。 「まちやがれ!!」 刀を納め、身を翻す彼の顔の横を主の槍が貫く。顔を隠していたその布がはらり、宙に舞う。 * * * 慶応二年十月 肌寒い季節になり、町も暖かい色に変わる。 そんな中、私たちが来ていたのは遊郭。先月のあの事件で、主に報奨金が出たのだ。そしてその使い道がこの遊郭。雪村さんも来ているのだが、普通は女性が入ることのないこの地に戸惑っている様子。 「おばんどすえ。ようおいでにならはりました。お相手をさせて頂きます。君菊どす。」 遊女、の女性。 鬼。 何故、遊郭に鬼がいる必要がある…?ことは淡々と進み、主は酔っ払い始めている永倉さんに叩かれ、平助は一人酒を堪能する。 「ほら、刹ももっと食べえな。せっかくの御馳走やで。」 「いや、俺は……。それより、食べるべきは俺ではなく総司だ。」 「最近の刹に言われてもなー。」 全く、平和なものだ。 ちらり、土方さんを見た。 「新選組の土方はんって鬼のような方や聞いてましたけど役者みたいなええ男どすなぁ。」 「……よく言われる。」 永倉さん、そして平助がぶーっと嫌な音を立て、酒を吹き出す。 「………。」 「うわっ!ごめん、慧!!」 「………顔洗って来ます。」 私は席を立つ。勝手場に行き、水を借りると顔を洗わせて貰った。 「ありがとうございます。」 「いいわよ。にしても貴方綺麗な顔立ちしてるわねぇ。誰かを買いに来たの?」 「いえ、今日は仲間と飲みに来ただけですんで。ありがとう。」 私は彼女に礼を言うとその場を去った。 仲間が居る部屋を開けて私は絶句した。 「……雪村、さん?」 「あ、…。」 彼女は照れたように下を向いた。 「わー、慧ちゃんが見とれてるー。」 「……沖田さんっ!」 「…確かに、綺麗になりましたね。ですが、何故このような?」 事情を聞けば、先月の事件で我々が遭遇した指揮者。 あの人が雪村さんに似ていたから、と。そしてその雪村さんに似た人物を、以前町で見かけ、彼女と同じ姿にしてみようという考えらしい。 「ついでだから慧ちゃんや刹もやってもらったら?」 「「……は?」」 私たち二人の声が被った。 「私は町娘の格好ぐらいたまにはしてますから…。貴方たちが遭遇しないだけで。」 「俺は断固拒否させてもらう。」 刹はきっぱり、慧はやんわりと断る。 「……私っ!」 「はいっ!?」 急に千鶴に手を握られた慧は裏声で返事をしてしまう。 「私、日向さんと西条さんの女性の姿見てみたいです…。」 「……俺は、いい。やめておく。」 「……じゃあ、私が。刹の変わりに。」 ぱぁ、と雪村さんの顔が晴れる。確かにこの場に一人だけじゃ嫌だろうな。 「雪村さん、君菊さん…お手伝い願えますか?」 二人は快く頷いてくれた。 二人に別室に連れられ、私に鬘を被せたり…。私が部屋に戻るのは数十分後。 0727 たまには娯楽も。 でも刹は女装は断固拒否しそうと思いました。 雪子 - 48 -
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