本当は全てが憎かった 「風間、千景…。」 私たち二人が来たときにはもう他の隊士たちが来ていた。 「何をしにきた…!」 刹が刀を抜くのを横目に見た。 「犬、か。」 ぴくり、彼女が反応する。握る刀に力が入る。 次に、彼は私を見た。 「お前達と違い、そこの女は利口だな。刀に触れもしない。」 見据えられた目、何も触れない自身の手。 わかってるのだ。私は。彼の正体も立場も、彼が望むことも。彼の強さも。 「慧…、」 主に名前を呼ばれた。 顔は、見せられなかった。 「風間様。」 私が呼べば彼の瞳か私を映す。周りの目線が、集まる。 彼の麻薬のように中毒のある、高貴な雰囲気。狐が鬼離れのできなかった理由は、これか…。従いたくなる、感情。酷く、泣きたい気分だ。 「何を、しに参ったのでしょうか。」 「ふん、お前達は物分かりがよくて助かる。」 お前達。……狐か。 「一つ、忠告しておいてやろう…。ただの人間を鬼に作り変えるのはやめておけ。」 ……薬。 「お前には関係ねえ!」 土方さんが、怒鳴る。 彼はそれをものともせず、庇われる雪村さんに目線を移す。 「…愚かな。千鶴、お前の父は幕府を見限った。お前がここにいる意味をよくよく考えることだ。」 そして彼は姿を消した。 波紋を残しながら。 * * * 「慧、どうして刀を抜かなかった。」 「……なら、何故平助たちは刀を抜いた。」 逆に聞き返された平助は驚いた様子だ。雪村さんや主までもが驚く。 「…何か、変なことを言いましたか。」 「当たり前だろ。あいつは敵だぞっ。千鶴に何かするかも知れないし…。」 「……風間様が、刀に手をかけなかった。それだけです。」 鬼は、立派な生き物だ。…一人を狙ってこそこそする、なんてないはずだ。 「……失礼します。」 私は屋根の上に飛び上がる。 下から声が聞こえた。 刹の声が、耳に響いた。 * * * かつ、かつ、と音がする。目を開くと足があった。目線を上げるとそこには揺れる三つ編みがあった。彼女が、いた。 「よく、登ってこれましたね。」 「なめるな。」 彼女は私の横に腰掛け、夕日を見た。私は眩しい空を見た。 「…何故、あいつを様付けで呼んだ。」 「無意識ですよ。」 彼女が、ため息を吐いた。 「…風間様は、凄い方なんです。あの若さで、風間家のご当主でいらっしゃる。」 「よく、知ってるな。」 「…狐も、鬼に仕える一族なんです。」 「え、」 「でも貴方たち犬とは、少し違う。狐と鬼は、信頼関係を元に結ばれる契約ですから。無理矢理、なんてことは鬼がその狐をよほど気に入ったときくらいです。」 「……よく、知ってるな。」 彼女は私を見た。対する私は、目を閉じた。瞼越しの夕日が眩しい。 「…私には、それが嫌だったんです。」 「何故、」 「信頼関係で結ばれるはずの関係が、いつしか変わっていったから。変わり始めていたから。兆しが、見えたから。」 「慧、」 立ち上がり彼女を見た。 「だから、変えようと思ったんです。私の世界を。」 木の葉が、舞った。 彼女の髪が、揺れる。 「…刹、貴方なら己の罪をどう償いますか。」 「…、」 「何故、この地に来たかと聞きましたよね。」 「…ああ。」 刹は少し前の時間を思い出した。 「逃げて来たんです。一族という枷から。罪を償うという理由で。」 少し前に立つ慧の顔は、逆光で見えない。 「…何か、あったのか。」 「いいえ。話を聞いて欲しかった。」 「…俺に?」 「ええ。………私、小さい頃は所詮箱入り娘だったんです。でも甘やかす、とは少し違っていて…。閉じ込める、というか。」 「……。」 「母は、私を好きでなかったんです。きっと。母に抱きしめられた記憶はなく、頭を撫でられる回数は年々と減っていく。」 「どうして、俺に話すんだ?」 刹は、慧を見た。 「…私が、ここに居られるのはあとどれくらいか、とか考えませんか?」 刹は、押し黙る。私は、後ろを見ない。 「…私は、考えます。あの人とあとどのくらい同じ時を過ごせるか、とか。」 「…そうか。」 相変わらず、感情の詠めないように返事をする彼女。 「人間でない自分が…。あの人と全てを共有できない自分が酷く憎い。」 涙を流したくなった。 いや、流れていたのかもしれない。でも、夕日が眩しくて自分のことすらよくわからなかったのだ。 0722 何故こうなった。 そして話がとびすぎだ。私が刹なら慧のとびすぎな話を聞いてられない。 雪子 - 46 -
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