空を見上げた1 | ナノ
僕たちには終わりがある

兄弟、姉弟、兄妹、表現をするとすれば何が正しいのか。分からない。俺達の関係はどれに対しても当てはまっていると思うし、それに値する絆は確かにあると思っていた。だからこそ、認めたくは無かったし。もし彼方が俺を殺そうとすれば、その時は一番辛い選択を・・・しなければならない。でも、それは杞憂だったのかもしれないと思う自分がいた。


「刹、」


ぎゅっと抱きしめられて、肩が痛い。膝立ちでも、刹と彼方の伸長差は違って抱きしめられると顔が押し付けられて苦しい。彼方の胸板を叩けど、一向に離してはくれない。


「刹、刹、刹。」


同じように何度も何度も刹の名を呼ぶ。背中に回る腕がまた強くなった。首筋に顔を埋められてくすぐったい。


「彼方、さっき話してくれたこと。本当なのか?」


「………。」


「じゃあ、俺達は本当に兄妹なんだな。」


「……。」


「俺は嬉しいよ。彼方と腹は違えど兄妹で。」


「…。」


「だから、そんなに悲しそうな声で呼ばないで欲しい。」


あやすように背中を摩る。大きい背中なのに、小さな子供みたいな彼方。きゅうっと胸が苦しくなった。だけど、兄妹という真実と、ちょっとした喪失感。嫌ではなかった。少しして緩くなった腕に、顔をあげて彼方を見る。苦虫を噛み潰したように、気まずそうな顔の兄がいた。


「刹、僕な。本当は小さいとき何回か刹を殺そうとしたときがある。でもな、そのたんびに総司が止めてくれたん。なんで止めるんやって聞いても、大事な子やからってそれしか言わんかったけど、きっと。いや、絶対。総司は――…。」


そこまで彼方が話して、がらりと襖が空いた。伸びる人影、ふわりと風に揺れて姿が見えた。


「総司。」


総司は彼方に一度目を合わせてから、刹に笑いかけた。


「松本良順先生が来たよ。」




* * *



皆は松本先生の診察へと向かった。そして、俺は一人。さわさわと落ち葉が揺れる音が心地よく感じた。だけど、そんな極在り来たりな日常を過ごしていても変わることのないことの無い真実だってある。彼方は、結局許してくれたのだろうか。分からない。だけど、上手く自分を保てていることに安息を覚えた。


「和解したのですね。瑠璃崎彼方と。」


「お前にとっては嫌なことなんだろうな。母とやらの仇。打てなかったのは残念か?」


ぎりりと拳を握り締める音が僅かに聞こえる。環は、許してはくれないのだろう。


「なぜ、なぜ、なぜ。貴方は山犬なのに人間を助け、手を貸し、愛するのですか。」


「一緒だよ。お前が山犬を助け、手を貸し、愛するのと、」


きっと、この先何年経てど俺達は分かり合えない。同じ血が流れ、似た顔。性格は間逆なれど、その意思は二人とも同じだ。


「私は、どうにも人間は好きません。鬼も、狐も。」


「だけど、山犬は鬼に膝を折り、狐がいなければまた生きていけない。人間は狩るかもしれない、自分たちの為に、自分の命の為に。」


憎らしいと環は吐き捨てる。


「それでも、私は逆襲を誓います。山犬はもっと自由に生きるべきだ。刹、貴方も。」


「こんな汚れた存在でもか?」


「だからこそ、生きるのです。貴方には生きる義務がある。犬死になどゆるしません。」


環はそっとした動作で山犬の姿に戻った。そして、俺の後ろからわき腹へ鼻先を近づける。それはまるで心臓の音を聞くような、ゆっくりとした動き。鼻先を撫でれば、小さく鳴いた。大きな山犬。人の半分の大きさを超えている。噛まれれば致命傷を受けることなのだろう。何度か撫でていると、するりとその鼻先は逃げるように抜けた。すんすんと、首筋の匂いを嗅いでまた人間に戻る。


「刹、私達は鏡です。人間として、山犬として。私達は、そうして生きていく運命なのかのしれません。」


悲しそうに目を伏せて笑う環。そして、理解する。悟るといった方が正しいのかもしれない。


「長くは生きられない命。私達の業です。」


最後に、環が笑った。





0721


勿忘草とはまた違った展開。聡い刹が何かを理解します。ではでは、次回は雪さんのターンです!よろしくお願いします。





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