千夜に捧ぐこの想い 二条城の上洛、その隊務が終った次の日のことだった。急激に感じた心臓の脈と言い知れない喉の、渇き。否定したくても出来ない"化け物"と言う真実。環が来たことで悟ってしまった。自分は何者で、これから生きていくにはどうすればいいのか。この真実を彼らに伝えれば、同情するだろうか。それとも、羅刹同様に処罰されるだろうか。いずれにしても、これから先いい方には転ばないだろう。 「嘘つきですね。やっぱり、平気じゃではないじゃないですか。」 「…ッ黙れ。」 環の気配。以前、環から聞いたことがあったことをふと思い出した。山犬が契約を強制的に結ばれた場合は、その主人である鬼と接触すればするほど支配が大きくなると。次第に自我も利かなくなってくる。そうなれば、本当に犬だ。 「環、」 「なんですか。」 「契約を、止める方法は?」 幾分か楽になって顔を上げる。環は驚愕に満ちた目をしていた。 「そんなの、ありません。」 「っ、」 「……でも、変若水。あれを使えば支配なんてされないと思います。」 「お、ちみず…っだと。」 こくりと頷かれる。そして、俺は俯いた。ただでさえ化け物なのだ。それなのに、変若水を飲めば羅刹にもなってしまう。 「他には?」 「ありません。それに、今までだった私達のような例が無かったんです。変若水にしても、本当にそうなるのかは私にだって分かりません。」 刹は唇を噛んだ。どうやったて、ほとんどが賭けに等しい。あとは自分自身なのだ。実行して、まだ立ち上がるか。諦めて、死を選ぶも。 *** 「西条さん、いますか?」 浅い眠りを繰り返していた矢先。襖越しに日向の声が聞こえた。 「あぁ、いる。」 すっと入ってきた日向は俺の目の前に腰を下ろすと、真直ぐにこちらを見ていた。 「……体、辛そうですね。」 「そうみえるか?」 苦笑い気味に聞き返すと、日向は苦虫を噛み潰したような顔をした。 「…二条城で、環に色いろと言ったみたいだな。」 「聞きましたか?」 「あぁ、為を思って言ってくれているみたいだったが俺は大丈夫だよ。例え、死んでも新選組から離れるつもりはないからな。」 「では、どうするつもりですか。このまま此処にいるのも貴方にとっては苦痛のように感じます。瑠璃崎さんのことも貴方のことも。」 「やっぱり会話を聞いてたみたいだな。」 そういえば、しまったと言うように日向は目を見開いた。ほんの一瞬だったが、それでも環が言っていたように日向が人外のものだと理解した。 「狐なんだってな。」 「…環さんから、ですね。」 ずっと空高くを見るように上を仰いだ。何も変わらない自分の部屋なのに、なんだか全く知らない場所にいるような感覚だった。 「日向、お前が見てきた俺はどんな奴だった?」 刹は自分を確かめるように慧に問うた。慧は目を閉じて、昔からの彼女を思い浮かべた。 「私がしっている西条さんは、口が悪くて新しく入ってきた人たちを許さなくて、仲間思いで、誰よりも強くなろうともがく事を止めないようなひとでした。」 慧が口にしたことに、お世辞や綺麗なことは含まれていない。彼女が感じた西条刹をそのまま口にしたのだ。ははっと刹の唇からは乾いた笑い声。 「そっか。それが俺なんだな。」 刹は慧の瞳を見た。赤茶色の瞳と飴色の瞳が交わる。刹の瞳にはもうどろどろとした負の念は消えているように感じた。 「ありがとうな。慧。」 刹は立ち上がって部屋を出た。 刹は諦めることを捨てた。かと言ってそれが正しい選択なのかはわからないが、少なくとも屈したくない気持ちが勝ったのだ。刹は真直ぐに彼方の部屋に向かう。 すっと襖を開けて、こちらを向いている彼方に声をかけた。 「彼方、話がある。」 0507 書いた書いた。これでもう少し刹には彼方と向き合ってもらいたいな。慧とももっと仲良くなって欲しい。では、雪ちゃんよろしくお願いします。 芹 - 41 -
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