飴色の月が哭いている 闇が支配する刻限。ぱちぱちと跳ねる火花がそれを散らすようだった。 「刹の姉妹なぁ。」 隣で彼方がぽつりと呟く。何が言いたいのかは簡単に分かった。 「……そんな生優しいもんじゃない。…あれは。」 そこでぎゅっと腕を握り締めた。そう。そんな生優しくなんか無い。人間と山犬、どちらかを選べば必ずどちらかを無くす事になる。 「刹、ちょっといいですか?」 はっと顔を上げれば環が目の前にいた。やはり同じ顔なせいか目の前にすれば鏡を見ているような気分だ。俺は環が言うように後を着いて行く。 少し歩いて皆から離れたような場所。そこは先ほどの場所よりも幾分か暗かった。 「…呼び出した理由はなんだ。」 「………疑っているみたいなので、言っておきます。貴方と私は血の繋がった実の姉妹です。」 「…なんとなく、そうだとは思っていたよ。この世に瓜二つな人間がそうそういるとは思えない。」 「では、母様のことは?」 そこで俺は相手を睨んだ。俺にとっても禁句と言っても良い。兄弟とかそこまでは許しても親のことに対して言うことは許せなかった。 「俺には関係ない。」 「それでも貴方の母です。」 それでも俺の周りなど関係の無いことのように環は口を開きだす。 「母である沙雪様は聡明でそれでいて不思議な方。人を嫌う山犬らしくなく、逆に共存を望むような無知で純粋な人柄でした。…だけど、聡明と言われても所詮は女。沙雪様はとある男に心奪われました。その男の名は…、瑠璃崎 要。」 「……は…、」 一瞬我が耳を疑った。環の口は確実に瑠璃崎と言ったのだ。確証は無い。だが、否定を許さない。環の空気がそうなんだと俺に教えた。しかし、彼方と俺は捨て子で初めて会ったのはお互いに六つの頃だ。俺は愕然とした表情で環を見た。 「まさか、」 「そのまさかです。瑠璃崎 要にはすでに妻子がいました。沙雪様は無知ゆえに愚かです。女の嫉妬は恐ろしい。瑠璃崎の妻は沙雪様を妬みました。そして、女は村人に入らぬことを吹き込み。挙句の果てに生まれたての赤子。つまり私たち共々焼き殺そうと企みました。」 「それで…?」 「母様は深手を負っていました。逃げるにも私たちを連れては不可能。どちらかを手放すしかなかったのです。貴方は人間に、私は山犬に。それぞれが、どちらかを忘れないように。」 「……彼方はそのこと。」 「私達が人外とは知らないのでしょうが、己の母から少なからず聞いているはずです。私は私欲の塊である人間が嫌いです。空きあらばその寝首を刈り取りたいくらいに。そして、それに方なす我らの敵も。」 「敵…?」 そういって環は日向の方を見た。ただ、俺の中には疑念が確信に変わっただけ。 「あんなのが貴方の傍にいるなんて正直驚きました。あれと私達は敵同士。相容れないのにいるなんて可笑しい。」 「お前には分かるのか?あいつが何か。」 そう聞けば環の瞳が月に似た色に光った。その瞳を見れば、獣らしい欲が見え隠れしている。 「……食わせないぞ。あいつが何であろうと。」 「何故?」 「あいつは……仲間だ。」 環の瞳を見て笑った。日向の言う通り俺は少し丸くなったのかもしれない。 「……どうやら、お預けらしいですね。」 残念そうに笑う環。それが冗談で済めば、まだ笑える領域だ。 「日向を、なんだか知っているのか?」 「………蝦夷の狐です。唯一我らのように擬態できる狐の一族といいましょうか。」 「……狐…。」 俺は、日向の方を見た。相変わらず何を考えているのかは分からない。もしかしたら、耳の良い彼女ならこの話を聞いていたのかもしれない。 「……、」 ふと目があったが、それは直ぐに逸れた。そして、すぐに違う方向から大きな音が聞こえた。俺はそちらに目をやって環と彼方に声をかけ、その方向へと走った。ただ、夢中に。双孤として、西条 刹として、そして、今はまだ繋ぎとめている人間として。 考えることは沢山ある。 出さなきゃいけないことも沢山ある。 真実を得ることもまだ沢山ある。 きっと、どれを出しても辛いことからは逃げられない。だったら、自分だけ悲しめばいい。それこそ、死にたいと思える位の絶望を。誰にも迷惑は掛けられない。否、掛けたくない。死ぬならば、それ相応の死を。 俺は、それだけのことをする者だから。 0409 すべてが明らかになって着ましたね。ちょっと面倒くさいところで切ってしまいましたが、大丈夫でしょうか…。 雪子さん、無理はしないで下さいね。 芹 - 38 -
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